第9話 修行です!
快適に眠れた後というのはとても気持ちがいい。
朝の日差しが差し込んで来ないのは少々残念だが、それでも気持ちがいいものはいいのだ。
布団の心地よい肌触りが二度寝へと誘う。
後5分と言って寝てしまい、15分くらい経ったというのは誰もがやったことがあるのではなかろうか?
俺も今それをやろうとしている。
しかし何故だろうか、出来ない。
言葉の通り出来ないのだ。体が起きたがっている感覚だ。
これを機に生活リズムを改めろっていう神のお告げか…
神様もこんなのにお告げを出してないで、他の仕事をしてください。
という冗談はさておき、
現在の時間は元の世界でいうと5時頃。
普段登校時間ギリギリの生活を過ごしてきた俺は、朝早く起きたからといって特にすることはない。
唯一することといえば歯磨きくらいだ。
この世界には歯磨きという文化はあるようだが、見慣れた歯ブラシはない。マリンというケバケバした植物で磨いていた。
これが結構ケバケバしている。
それ自体はどうということはないが、磨き終わると少し植物の残骸が残ってしまうのだ。
あぁ、歯ブラシが恋しい。
◇◇◇
歯も磨き終わり、食堂へと足を運ぶ。
食堂に入ると千鶴とリン、ホンフーがコーヒーを飲みながら楽しげに話していた。
俺早起きしたよね?そう思わせられる。
「あ、殿下お目覚めになりましたか」
いち早くこちらに気づいたリンが座って下さいと言わんばかりにイスを引く。
促されるがままにイスにすわる。
「高折くんも意外と早起きなのね。いつも学校にギリギリの時間で登校するから、もっとお寝坊さんだと思ってたわ」
千鶴から皮肉が飛ぶ。
仕方のないことなのだ。三大欲求である睡眠欲には逆らえない。
「昨日早めに寝たからな。てか千鶴たちは早すぎじゃないか?俺寝坊してないはずだぞ」
早起きは3人の徳ではないんだぞ。
「このくらいは当然よ」
「朝の鍛錬は気持ちが良いからのぉ」
「色々準備しなくてはいけないので」
それぞれの習慣なのか。神のお告げなしでよくやってけるよ。
そんな会話をしているうちにエリルによる朝食が運ばれてくる。パンに目玉焼き、サラダ、ヨーグルトと見方によって豪華な食事だ。
朝食はバナナだけの俺にとって重い朝食である。まぁ全部食べますけど。
食事中はというと情報交換の場になっていた。日本での生活、この世界の生活、国の情勢や財政、これから解決していかねばならない案件なども話し合う。
話し合ってもこの目で見ないと解決するのは難しい。結局修行が終わってからということになった。
さて食事も終わりいよいよ修行に入るわけだが、昨日みたい修行ではないらしい。
さすがに昨日のはスパルタ過ぎる。死ぬかと思ったからな。「そんなんで死ぬくらいじゃこの世界では生きていけないぞ」とホンフーに言われる。確かにその通りだ。
魔法が使えるこの世界で魔力をコントロール出来ないのは致命的だ。
絶対魔法を使えるようになってやると心に決め修行に挑む。しかしそう簡単にことは運ばない。
「魔法が使えない…?」
「うむ、お前さんに6属性魔法は使えない」
魔法が使えない。それが突きつけられた現実だった。端末には全属性精霊保持者って書いてあったのに?
「今のお前さんには使えない。確かに全属性の精霊をお前さんは持っている。しかし今は奥底に眠っているようだ。いつ覚醒するかは見当もつかん」
ようはあれか。覚醒フラグを回収し忘れたか。使えるという期待が覚醒失敗フラグを乱立していたか。物欲センサーって恐ろしい。
だからといって諦めるわけにはいかない。
「どうにか出来ないのか?」
「わしを誰だと思っておる」
不安という投げかけにホンフーは自信を持って答える。
「わしの弟子になった以上、最低限の身の守り方は教えてやる。だが、それを使えるようになるかはお前さん次第じゃ」
「そんなことは分かってるよ」
魔法が使えない以上自分の身を守れるのは、自分の体しかないわけだ。体術を習得すればそれなりに生きていける。
ホンフーの体術には目に余るものがある。そんな人に教えてもらうんだ。強くならなきゃならんよな。硬い考えはあとだ。時間がないからひとまず始めよう。
こうして修行が始まった
まず最初にやったのは、昨日に引き続き魔力の制御だった。少しでも魔力が漏れていたら立ち上がれないほどの結界が張られ、制御できるまで飯が食えないと言われたら何が何でも制御ができるようになるというものだ。
結果オーライではあるが、絶対にこの辛さは忘れない。
その次は魔力による人体強化だ。簡単に言えば筋肉を魔力で固めてる状態。とてつもないパワーも出せるし、とてつもないスピードで走れるらしい。なんだかんだで楽しかった修行はここまでだった。
後はただじーさんと殴り合って、目で盗めと言われ、あーでもないこーでもない。ひたすらにダメ出しを食らう日々。スパルタと言うレッテルの貼られた軍事訓練。はさすがに言い過ぎかもしれないが…
エリルが常時側にいてくれなかったら死んでたぞ…
まぁそれほどに辛かったということだ。
千鶴はというと、リンと2人で練習をしていた。
練習内容は日々変わっていて、遠距離魔法、近接魔法、結界に広範囲魔法まで、幅広い分野に手を出していた。
なんでも、書斎にあった魔法本に書かれていた魔法を片っ端から試していたらしい。よくやる気になるなと思える。
ちなみに最上級近接魔法では、風属性魔法の「風刃」が最高威力になるらしい。
イメージ的に遠距離な気がしなくもない。
てか、もう最上級魔法覚えたのかよ。
まぁ既に1ヶ月が経過しているから、魔法すら使えない俺の方が特殊なのかもな。
そんなこんなで現在。本当にほぼ全ての訓練が終了し、最終フェイズに移行していた。
実践的訓練。つまりは組手だ。それも俺と千鶴と一対一で。
「では、これから組手を行う。一応衝撃を和らげる結界は張っておいたが、お前さんたちが本気で戦ったら意味がないじゃろうな。相手が死なない程度にするんじゃぞ」
「はい。気をつけます」
千鶴はしっかりと注意を受け取った。俺も頷く。
第1回組手訓練はヒートアップしすぎて、訓練場が一個吹っ飛んだ。
あの時は力の加減が分かってなかったから仕方ないことなのだが、引きつったリンの顔が今でも忘れられない。
もちろん面白い方で。
そして今から昨日の組手の続きをするわけだが、また吹っ飛ぶといけないので十分な広さの草原に来ている。なかなか見通しが良く、風が気持ちいい。
それをゆっくりと感じてる暇はなく。じーさんは手を挙げ合図をする。
それと同時に俺と千鶴は、戦闘態勢へと移行する。
「では…始め!」
じーさんの右手が勢いよく振り下ろされる。
最初に動いたのは千鶴だった。
「あまねく炎の精よ。汝、我に従い竜巻の如く舞う炎となれ。竜巻炎舞」
普通なら一本の竜巻が発生するだけだが、今目の前では4本の炎の竜巻が発生している。千鶴のように魔力が有り余るほど持っている者にしか出来ない芸当だ。それどころかかなりの練習を積まないとできないと聞いた。
千鶴がどれだけ努力したかが分かるな。
「おっと、そんなこと考えてる場合じゃないか」
竜巻があと数秒で届きそうだったので、後ろに軽く跳び回避行動を行う。
そのまま、手と足に限定して強化する。限定することによって、より強力な強化が得られる。その分かなり制御が難しい。
「せいや!」
拳を一閃すると、竜巻の一本が消え去った。続けて2、3、4本目も同じく消し去る。
「渾身の魔法を素手で無効化されるとなんか腹立つわね」
「俺には素手しかないんだ。許してくれ」
「なら、これでどう?」
そう言って千鶴は新たな詠唱を始める。
「あまねく炎、木の精。汝、我に従い舞い上がり巨大な炎の雲となれ。粉塵暴炎」
粉塵爆発を応用した複合魔法。しかも千鶴のオリジナルだそうだ。
てか名前しっかりつけてるんだな。
まぁ、呼び方あった方が楽だもんな。
今さらだから驚かないが、複合魔法は難しいらしい。さらにオリジナルとなるとイメージが頭に思い描くものだけになるので、魔女と呼ばれる存在しか作れないらしい。
ってことは、千鶴は晴れて魔女になったわけだ。
そんなことよりこの状態をどうするか。
爆発系魔法は正直素手じゃどうにも出来ない。
考えてる間にも爆発が連鎖的に続きこちらに近づいている。
とここで思いついた。直接じゃなくても無効化できると。
すぐに手と足に強化行い、その場で高く跳び上がる。そのまま落下の速度を上乗せして拳を地面に叩きつける。
地面はえぐれ、周りを漂っていた木の粉塵はその部分だけ晴れる。
クレーターの部分を除き次々と爆発して行く様はまるで俺だけを避けてるようだ。
実際に避けさせてるんだが。
周りから見たら俺がやられているように見えるだろう。
爆発で舞い上がっていた土埃が晴れていく。
もちろん無傷だ。それに対して千鶴は驚いた表情を見せない。予想通りということか。
「そろそろ遊びは終わりにしようか」
一回言ってみたかったんだよねこの言葉。
「やっばりまだ本気じゃなかったのね」
何かを確信したように千鶴がつぶやく。
そしておもむろに詠唱を始める。
「あまねく水、土、雷の精。汝、我に従い周囲を囲み海を迸る雷撃となれ。包囲海雷」
三属性魔法まで覚えているのか…
関心している間にどうやら土の壁に四方を囲まれてしまったようだ。脱出を試みるが壊してもすぐに修復されてしまう。術者の魔力が切れない限り鉄壁なわけだ。
その中に水が湧き出てくる。
「海を迸る雷撃か…」
冷静に物を考える。ストラテジーゲームではごく当たり前のこと。それが体を動かすスポーツで出来たら苦労しないです。
やるしかない。
拳を強化する。度合いは100パーセント。魔力を最大限使った強化だ。もちろん負担や難度は大きい。しかしこれをやらなければ恐らく勝負が着く。
渾身の右ストレートが土の壁にヒットする。その瞬間土の壁は最初からなかったように消え去る。
「本当、なんでもありなのね…」
土の壁を破った先に千鶴が呆れた顔で立っていた。もう守りは懲り懲りだ。そろそろ攻めに回りたいところだ。
それを察したのか千鶴は咄嗟に防御体制に入り距離を取る。ざっと50メートルといったところだ。
脚に強化を加え始める。20パーセントの強化だ。これ以上を出してしまうと自分の身体が追いつけなくなる。そのうちに出来るようになるだろう。
姿勢を低くして脚に力を入れる。
それと同時に千鶴は詠唱を開始。
「あまねく土の精よ。汝、我に従い地のそ…っ!」
千鶴の詠唱が途切れる。なぜならこの詠唱の間、たった4秒の間に千鶴との差を詰めたからだ。3歩。それが踏み出した歩数だ。我ながら凄まじいと実感する。
この組手の勝敗はどちらかが詰む、つまり抵抗出来なくなったら決着だ。
こちらの場合は千鶴の後ろに回り込み肩に触れること、向こうは魔法でこちらよ動きを止めることだ。正直なところ勝敗は何の関係もないのだが、どうも争いや勝負になると本気になってしまう。まぁゲーマーとはそんなものだ。
一気に距離を詰めたのは、そうでもしないと近づけないからだ。
「っな⁉︎」
そのまま後ろに回り込もうとした瞬間、足をとられる。何事かと思い足を見ると、地面が泥池のようにドロドロしている。
「私が一番警戒しなきゃいけないところに何もないと思った?」
ちょっとドヤ顔気味に隣で呟く千鶴。さらに詠唱を始める。
これじゃあ動けない…というわけでもない。もちろん想定済みだ。そのために…
靴の紐を解いといたんだから。
靴を犠牲にしてその場から跳び、上手く千鶴の後ろへと着地する。そのまま手を伸ばしチェックメイト。
俺の手は千鶴の肩にしっかりと触れていた。
「そこまで!」
威勢のいいじーさんの声でストップがかかる。かくて組手第2回戦は終了した。
「次は負けないから」
そう千鶴ににっこりと笑顔を見せられた。なぜだろうか。悪寒がする。
この後に行われた組手は察しのいい人なら分かるだろう。
俺の圧勝だって?
そんな訳がない。千鶴は確実に学んだのだから。
じゃあどうしたのかって?
もちろんヒートアップし過ぎて中止になりました。
どうもみなさんエイカです!
最近街中で小説という言葉に過剰に反応してしまいます。なぜでしょうか?
職業病かな?
まぁ職業ではないのですが…
さて今回の話ですが、戦闘のシーン初めて書きました。とても難しいですね。戦闘描写って頭ではさらさらと思いつくのにいざ言葉にしようとすると手が止まります。10日ほど悩んだ挙句のこのクオリティ。笑えません。
まぁ楽しんで見ていただけたら幸いです。
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では次の時まで…( ´ ▽ ` )ノ