第6話 入会試験です!
エリルに案内された部屋で鷹斗を道着に着替え、指定された裏庭へと行く。
裏庭は狭くはないが広くもない。庭と言うよりかは訓練所のような感じだ。
すでにホンフーは準備が完了しており、待ちわびたと言わんばかりのオーラを放っている。千鶴はというと隅でリンと佇んでいた。リンは一生懸命メモらしきものを取っているが、千鶴は何かぼーっとしている。
「おーい。大丈夫ですかー?千鶴さーん」
千鶴はその呼びかけにハッとし、正気を取り戻す。
「た、高折くん。本当に大丈夫なの?今から話合えばなんとか分かってくれるんじゃないかしら?」
「うーん、それは厳しいな。だってあのじーさん完全にやる気だもん」
目線の先では念入りに準備体操をするホンフーの姿があった。まるでこれから体育が始まるような雰囲気だ。
「まぁ、さすがに殺されはしないだろうから大丈夫だろ。それでリン、あのじーさんはどんな魔法使えるんだ?」
「え?あ、はい。師匠使う魔法は元素魔法がほとんどです。しかし師匠は魔法ではなく、体術の達人であり魔力制御のスペシャリストです。故に魔法が使えなくてもかなり強いです。素人の魔術師が束になっても勝てないと聞きます」
「だから魔法がない方が身軽なのか」
ファタジーゲームにおける設定で、保有魔力量により攻撃や防御力が増減するシステムというのがある。
体術と魔力の制御はその組み合わせだけでも脅威だけでしかない。今回はどちらにおいてもスペシャリストときた。体術は中学に空手をかじっただけ、魔力の制御などたかが知れてる鷹斗に勝ち目はほとんどないと言っていいだろう。
「とりあえずルールを聞かないとな」
千鶴とリンに手を振りその場を後にする。エリルはというと、
「マスターが怪我をされたときのために、準備をしてまいります」
と建物の奥へと消えた。怪我すること前提で話さないでほしい。なぜなら恐怖心が煽られるからだ。生まれてこのかた本気の喧嘩などしたことがないし、まだこれが現実だと思えてない部分がある限り魔法という能力も完全には理解できていない。
そんなことを考えながらホンフーの元へといく。
「じーさん。まだルールについて聞いてなかったんだが」
「おお、それか。ルールは簡単じゃ。3分間わしの攻撃を耐えろ。それだけじゃ」
「本当にそれだけ?」
「本当にそれだけじゃ」
なんだそりゃ。心の中でツッコミをいれつつ自分なりに考える。
3分間耐える組み手なら完全に守りに徹しも大丈夫だろう。しかし体術の達人であるホンフーが相手となると少々不安が残る。
「もう一度確認で聞くが魔法は使わないんだよな?」
「何を言っておるか、最後の1分は本気で行くぞ」
「つまり使うんだな」
「当たり前じゃろ」
確かに最初から使ってないだけ考慮ではあるのだろうが、確実に最後で落としてくる。所謂無理ゲーというやつか。クリア不可能なゲームは糞ゲーだったりするが、あういうゲームはたまにやると面白い。今回がそうだとは思わないが…
「まぁいいや。時間もったいないしやろうか?」
「そうじゃな、早くやるに越したことはないな」
そう言いホンフーが空に手をかざす。
すると、空が赤色に光り庭を包み込む。
「じーさん。なんだこれは?」
「結界じゃよ。周りに被害が及ばないように、その場限りの簡単なやつじゃが」
「俺の不利にはならないよな?」
「当たり前じゃ。わしはイカサマなどしない。断言しよう」
「まぁ、魔法というチートがある世界でちょっとしたイカサマなんて意味ないもんな」
はぁ、と小さくため息をつくと、ホンフーがそこがスタートだと白い線の書かれた地面を指差す。手を挙げそれに応える。場所につきもう一度手を挙げる。
「ではいいかな。もう一度確認しておくが、わしの攻撃を耐えるとこが出来たらお前さんの入会を認めてやろう。お前さんがダウンすなわち行動不能に陥ったらわしの勝ちじゃ」
「オーケーオーケー。ルールは理解した。まぁ耐えるだけだったら大丈夫だと思うがな」
「そう言っていられるのも今のうちだな」
ホンフーは一呼吸入れ「3秒前から行くぞ」とカウントダウンを始める。
「3…2…1…」
ゼ…と言った瞬間に後ろへ跳ぶ。跳んだ体は予想以上に跳ね、5メートルほど後ろへ下がることが出来た。
その跳躍力に千鶴やリンは驚いていたが、一番驚いていたのは当の本人だった。
(これで少しは距離を離したはず)
そう考えた瞬間だった。
「遅いぞ!」
「…っ⁉︎」
急に目の前に現れたホンフーに鷹斗驚きを隠せない。それは観覧席でも同じだ。ホンフーの回し蹴りをギリギリ腕でガードする。
「ね、ねぇ、リン。今何が起きたの?」
千鶴の言葉に一瞬反応が遅れる。
「分かりません。私もあの様な動きは見たことがありません」
ホンフーに教えられた身として驚いていた。なぜなら未だにホンフーは技を磨いているからである。無駄な動きをなくし相手の不意を突く攻撃はホンフーの得意としていた技であるが、リンがホンフーに教わった時より格段に違う。
1分が経過し、ホンフーが素早い動きからの蹴りやパンチを繰り出し、それを鷹斗が捌くワンパターンな組み手になっている。武術の世界ではこういったワンパターンな組み手は嫌われる。それは鷹斗もなんとなく分かっていた。
(そろそろ、別のがくるか?)
その予想は的中した。先ほどまで一回一回が一呼吸入れてから来ていた攻撃が連続攻撃へと変わり、さらにスピードが増す。
蹴りを基本とした技の構成だが、たまに繰り出すパンチのパワーは凄まじい。ほぼ直感で避けていた鷹斗は緩急のついた攻撃にひるむ。
(ま、まずいっ⁉︎)
上段にきたパンチを捌ききれずにバランスを崩す。それをホンフーが見逃す訳がない。放たれた蹴りは腹に食い込み、鷹斗を後方へ飛ばす。なんとかダウンはせずに済んだが、ダメージは計り知れない。
「うっ…⁉︎」
痛みから自然と声が漏れる。
「ほう。今の蹴りを受けてまだ立つか。内臓を潰す気でいったんじゃがのお」
「大分…効くな…」
息も絶え絶えにつぶやく。しかし数秒すると息も整い、痛みも引いていった。
(痛みがしない?)
驚く鷹斗を見てホンフーは納得したように頷き口を開く。
「やはりそうか…お前さん、コンディションアビリティーを持っているな?」
「コンディションアビリティーって?」
観覧していた千鶴が首を傾げる。それにすぐ応えたのはリンだった。
「アビリティーとはポーションや魔法によって付与される特殊効果のことで、今回のコンディションアビリティーは魔力がきれない限り効果が持続するといった特別なアビリティーです。主にキング所有者が保有していると聞きます」
千鶴はほとんど理解出来なかった。しかしそれを密かに聞いていた鷹斗には分かっていた。
(あの精霊にそんな効果があったなんてな…どんな効果なんだろうか。体験した限りだと回復?)
経過時間は体感で2分。ホンフーが本気を出すと言っていた時間になろうとしているだろう。
「そろそろ本気を出さなくていいのか?」
先手を打つ。話題を作り無駄な時間を作る為だ。時間が延びれば延びるほどこちらが有利なことには変わりない。しかしそう簡単にはいかない。
「では本気を出すかのお」
ホンフーがそういった瞬間空間が揺れた。比喩ではない。文字通り空間が揺れたのだ。衝撃波とともにホンフーの姿が消え、コンマ一秒で目の前に現れる。
「なっ⁉︎」
目の前で起きたことだが理解できない。人間の目にも限界がある。
「遅いんじゃ」
開幕にも言われた言葉。しかし今の言葉は本気で遅いと言ってきている。おそらく行動ではない、目の動きだ。常人と同じような捉え方をしてはダメなのだと実感する。
瞬間蹴られた場所と同じ付近を激痛が走る。今度こそ内臓が破裂した。
「…がはっ!」
10メートルほど吹っ飛びその場に倒れる。膝をつき立ち上がろうと試みが、手をついた瞬間吐血する。
「高折くん⁉︎」
外野から心配の声がこだまする。
リンは目の前の光景が見るのが辛いようで目を隠している。組み手とはいうがこれはほぼ実践である。実践のやったことのないリンには辛いことだ。軽く手を挙げ大丈夫なことをアピールする。コンディションアビリティーのおかげなのか腹の痛みは一切なくなった。しかし気だるさが残る。
「まだ立つとはな…やるな小僧。しかしこれ以上やるとお前さん…死ぬぞ?」
重い忠告。それを受け取り、受け入れるには十分なダメージ。しかしここで死ぬのと後で死ぬならリスクは同じだ。かなりの暴論だということは自分自身が一番理解している。だからこそかっこよく死にたい。これがかっこいいかは分からないが。
「まだ諦められねぇな。死ぬならやってみてから死にたいからな…」
今度は鷹斗から仕掛ける。予想外の行動にホンフーの動きも鈍くなる。攻撃こそ最大の防御とはよくいったものである。体感残り30秒もう引き返せない。型になど収まっていない体術。力任せで隙の多いものではあるが、相手に手を出させないためには十分なものだった。かっこつけて攻撃に転じたみたものの、腹に違和感を覚える。
(さっき蹴られた場所か…?)
うすうす感づいてはいた。鷹斗のもつコンディションアビリティーは決して治癒能力などではない。確かに多少の治癒能力はあるものの、根本的な面では全く違う。本来の正体は『ファイナルスタンド』つまり火事場の馬鹿力というやつだ。傷を魔力で無理やり覆いアドレナリンなどの物質と似た魔力を流すことで痛みを感じさせなくする。魔力を大量に使いさらに気付かないところで症状は悪化していく。しかし利の面もある。『ファイナルスタンド』発動中は魔力の限界点がなくなるため、とてつもない力を発揮することが出来る。
攻撃は更に激しさを増す。体感時間で残り10秒。ホンフーはガードすることしか出来ない。その時だった。ホンフーがバランスを崩し右に寄った。その瞬間を鷹斗が見逃すはずがない。後一撃でも入れば鷹斗の耐え勝利となることはほぼ間違いないだろう。最後の一撃を入れるべく近づいたとき、
『行ってはダメ!』
聞き覚えのある声が外からではなく自身の中から聞こえた。その声に体が反応する。動こうとしても体が動かない。
コンマ数秒後、鷹斗の顔の目の前をホンフーの脚が通る。食らっていたら確実にダウンしていた。直感がそう告げる。
鷹斗はバランスを崩し後ろに倒れ、そのまま気を失った。