第5話 山の老師です!
均衡状態の2人で先に動いたのは老人の方だった。
「お前さん、人間じゃないな」
老人はそう言い捨て距離を取る。それに合わせこちらも警戒態勢をとる。
「おいおい、いきなり襲って来といてお前人外だろって…もう少しましな挨拶ないのかよ、じーさん」
場に似合わない皮肉を言う。
「ふん、お前さんにじーさん呼ばわりされる覚えはないわい。わしはお前に言ったのではない、わしに反応したやつに言っとるんじゃ」
「反応したやつって俺だろ?」
「ほう?お前さんはさっきの反応を自分自身でやったと言うのか?そうは見えんかったがの…わしには気付いたら手が出てたと見えたが?」
実に的確な分析をする老人に対し鷹斗は警戒態勢を緩めない。なぜならその分析が当たっているからである。火花が散りそうなにらみ合いが続く中後ろにいたリンが口を開く。
「師匠!」
その言葉ににらみ合っていた両者がリンの方を向く。
「…あ?師匠?」
2秒程の間が空き最初に声を発したのは鷹斗だった。
「ほう?リンの知り合いか。ではこいつが解放したのか…そういうことかい」
師匠と呼ばれた老人は鷹斗を見て納得をする。どうやらリンが先に事情を説明していたらしく鷹斗の事は知っているようだ。
「リンがおるならエリルちゃんも…」
そう言い辺りを見回す老人。そしてエリルを見つけた途端に目の色が変わり、老人は空高く跳び上がる。鷹斗をも超えるとんでもない跳躍力で老人はエリルに一直線であった。しかし当の本人エリルは慣れた様子で魔法を唱える。
「ウィンド…」
ため息混じりの一言をエリルがつぶやくと、小規模な竜巻が発生する。その竜巻は老人の目の前に展開され餌食となった。老人は3メートル程吹っ飛び軽く尻もちをつく。
「過剰なスキンシップはお控えくださいと何度言えば分かりますか…」
エリルは呆れた様子で老人に言う。
「何度言われてもわからんな。それに過剰ではなかろう」
「いいえ、十分過剰です」
「そうかのぅ…」
完全に言い切ったエリルの言葉で老人は少し落ち込む。
「ちょっと私たちを忘れてないわよね?」
空気と化していた千鶴がエリルたちのやりとりを見て心配する。鷹斗も同じ心情であった。ここに来たのは修行するためだ。あくまでそれを忘れてはいけない
「そ、そうでした!師匠、もうご存知かと思われますが、この方々が国王及び女王候補の鷹斗殿下と千鶴殿下のお二方です」
リンはまず鷹斗たちから紹介していく。
「でこちらの方がこちらの道場の師範であります、ホンフー師範です」
「よろしくお願いします。師範」
千鶴はお辞儀をして挨拶をする。それにつられ俺もお辞儀をする。
「師範と呼ばれるのが苦手なんでの…師匠と呼んでくれ。で、お前さんがあのアビスを解き放った張本人か?」
見る目はとても険しい。そんなに睨まなくてもいいのではないか?
「鷹斗だ。以後よろしくな」
さっきのお辞儀が嘘のような軽い挨拶だ。それに対し隣から千鶴にチョップをお見舞いされる。
「これから教えていただくっていうのにその態度はないでしょ⁉︎」
千鶴の主張は最もだ。しかし、さっきいきなり襲われて人外発言されたことは忘れしない。
「はいはい。分かりましたよ…よろしくお願いします。じーさん」
言葉は改めるが気持ちは一切こもっていない。誰から見ても分かるようなやる気のなさである。
「ちょ、ちょっと高折くん。さっきいきなり襲われて腹が立ってるのは分かるけど、態度を改めないと教えてもらえずにこのまま死への道を歩むことになるのよ?」
小声で言う千鶴をはいはいと軽く流す。
「何か勘違いしているようじゃが、わしは教えるとは一言も言ってないぞ」
「「え?」」
言い合いにもとれる形で向き合う二人はその一言で再びホンフーを見る。
「言い方が悪かったのぉ。教えてやらんこともないが、それ相応の能力があるかを確かめないと入れてやらんぞ」
「それ相応の能力?」
「ああ、お前さんがわしの教えについてこれるか。それを見極める必要があるからのぉ」
ホンフーは男弟子を過去に1人しかとらなかった。おそらくそれは見極めた結果だったのだろう。そしてその意味とはかなり見極める基準が高いということだ。
「俺はじーさんの所で修行する必要がある。理由はじーさんも知ってるだろ?やらないで後悔はしたくない。何をすればいいんだ?」
「わしとの組手じゃよ。女の子は組手せずども入れてやるが、男はそうはいかん。魔法を使えるようになった男が今までどんな犯罪を犯してきたか」
最もな理由であった。魔法は万能が故に善にも悪にも使われる。ファンタジーなストラテジーゲームでもそういった描写はよくある。そして偏見が多いがその大半が男なのだ。
「じーさんとの組手で勝てばいいのか?てかそんなんで犯罪を犯さないかなんて断定出来んのか?」
「断定出来るぞ。なぜならなわしとの組手は勝つ為の組手ではない。耐える組手じゃからな」
「耐える?」
耐える組手とはどういったものなのかは想像がつかない。組手はお互いに力比べをするようなイメージだからだ。
「そうじゃ。お前さんにはわしと組手をして3分間耐える事ができたら、ここに入れてやろう」
「だから耐える組手なのか。もしかして男弟子がいない理由ってこれなのか?」
ホンフーには男弟子がいない。それは何度も聞いたこと。リンによれば弟子になる前に病院送りにされたという話も聞くらしい。おそらくホンフーとの組手が原因なのだろう。
「その通りじゃ。最近の男はすぐダウンするからのぉ。魔法はそこそこ出来る奴もいるが、体術がなっていない。ここ最近は魔法に頼りすぎているんじゃ。魔法だけでは乗り越えられない場面もあるとわし自身が教えてやってるのじゃよ」
魔法に頼りすぎている。その言葉通りこの世界は生活のほとんどが魔法によって管理されている。電気や水道、料理にも使われているらしい。便利な魔法に頼るのは当たり前だが、そこの部分をホンフーは危惧している。
「ってことはじーさんは魔法は使わないのか?俺も今は使えないからちょうどいいな」
「何を言っている。わしもバリバリ使うぞ」
「おい。魔法に頼りすぎてるのを教えてやっているんじゃないのか?自分で使ったら意味ないだろ」
「お主何か勘違いしておるな。わしは魔法に頼りすぎていると言っただけじゃ。魔法を使ってはいけないなど一言も言っとらんぞ」
確かにその通りであった。ホンフー自身が魔法を使わないなんて一言も言っていない。
「ですが師匠!殿下はまだ一つの魔法も覚えていません。さすがにそれで組手は無茶ではないかと…」
「ふん、分かっておる。そこは配慮してやろう。しかし魔法がない方がわしは身軽じゃぞ」
リンの提案に同意したホンフーであったが、どうも胸の高鳴りが収まらない。
「じいさん、俺を殺す気だろ?」
その言葉にホンフーの反応は早かった。
「殺す?冗談は寝て言え小僧。わしにお前を殺せると思うか?」
ホンフーが何を言いたいのか全く分からない。しかし「殺せると思うか」という言葉は意味をとれば、殺しにかかるということだ。どちらにせよ本気らしい。
「じいさんが何を言いたいかは分からないが、俺も避けるのだけは得意なんだよな」
鷹斗も元は陸上部、運動神経や反射神経は並以上。しかも今は最高に体が軽い気がしたのだ。
「それは楽しみじゃな。それよりもそちらのお嬢さんは入会希望なのかな?」
ホンフー視線を鷹斗から外し千鶴に向ける。
「そ、そうですけど」
いきなりの振りに少々戸惑う千鶴は少し引け気味になってしまう。
「そうかそうか。よし入会を認めよう」
「え?」
あっさりとしたホンフーの言葉にさらに戸惑う。この扱いの差はおそらくいまだけではなかったのだろうかリンやエリルは全く動じない。ホンフー本人が言っていた通りだった。
「で、ですが高折くんは?」
「ダメじゃ、男は信用できる奴しか教えられん」
「じゃあ、私は高折くんが入会したら一緒に入会します」
唐突に放った言葉はそこにいた誰もに疑問符が浮かんだ。
「あ、あのぉ殿下?入会していただけないとこちらが困るのですが…」
ここへの入会は将来が約束されているも同然のもので、この世界で生きていくためには確実に必要な未知のものである。そこは千鶴もよく分かっているはずだ。
「あら、なんで困るのかしら?あなたという立派な先生がいるじゃない」
「わ、私はとてもじゃないですが…」
慌てふためくリンを見て千鶴はクスクスと笑う。
「ふふ、ちょっとからかっただけ」
「そ、そうですか…」
リンはホッと肩を降ろすが、どこか残念そうにも見えた。しかし今はのんきにしている場合ではない。
「本題に戻すが、千鶴本当にいいのか?」
「ま、まあ大丈夫よ。高折くんなら勝てるでしょ?それに高折くんを置いて一人だけ入るわけにはいかないわ。この世界に二人できたのは何か意味があるからよ」
「ま、まぁそうだが…」
俺が勝てるという確証は何一つないと言っていい。どうしたら負けないかということを先に考えた方が早いだろう。
「まぁ、お前さんたちがそういうならそれで構わん。そちらのお嬢さんの決めたことじゃ。わしも弟子にならなかったからといって不利益なことはないからのぉ」
「それはそうか…じゃあ俺は千鶴の入会試験も担うということか…責任重大だな」
自分でも展開が早いことは自覚している。この世界に来てまだ2日。いきなりやばいもんを取り込んだかと思ったら、すぐに戦闘である。RPGも真っ青な戦闘チュートリアルをこれからやろうとしているのだ。しかも勝ち目がないというとんだドM仕様である。詳しく話を聞かない限り突破口も見つからないだろう。
「で、じーさん。俺はこれから何をすればいい?組手って言うくらいだから一応準備はするだろ?それにちゃんとしたルールとかも聞いてないしな」
「うむ、そうじゃな。では道着に着替えて来い。場所は裏にある庭でいいかのぉ。ルールは後でまた言おう。エリル場所は分かるな?」
「はい、師匠。マスターこちらです」
エリルは4つある建物の内一番小さい建物に手を向ける。
エリルの促されるままに鷹斗も歩きだす。
「お、そうじゃ小僧」
「なんだ?」
「一つだけアドバイスをやろう」
今回は特別じゃ、とホンフーは念を押しさらに続ける。
「自分自身で避けろ」
そう端的にホンフーは言うと自分のものを準備しに行く。
鷹斗にさっき言われた言葉の意味は分かっていなかった。避けるのは自分自身というのは当たり前の事だ。逆に言えばどうやって自分自身が避けずに勝てるというのか。
「まぁ、いいか」
鷹斗はホンフーの言葉を気にせずにエリルへついていった。
みなさんどもです。エイカです。
いきなり組み手をさせるあたり適当さを感じさせますね。あっ今言った適当の使い方間違っていますね。適するに当ると書いて適当なのでテキトーが正しいですね。いつから変わるんでしょうねこういう日本語って…
自分は文系ではないのでそう言ったことには疎いのですが…
まぁ難しい話はこれくらいにして次話もよろしくお願いします!
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