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異世界一ハードモードな国運営です!  作者: 新庄エイカ
初めての異世界生活!
3/9

第3話 宮廷で一休みです!

 押した瞬間目の前が暗転した。ここにきたときと同じような感覚に陥る。しかし前回とは違いすぐに元に戻った。周りが特に変わった様子はない。キョロキョロしている姿をみて千鶴は不思議そうな顔をしている。


「どうかしたの?そんなにキョロキョロして」


 どうやら千鶴にはこの症状が出なかったようだ。


「いや、なんでもない…ん?」


 またメールだ。スマホを見ると隣の千鶴も覗く。

「王専用端末?」

 画面に表示されている言葉を千鶴が読み上げる。スマホの画面には以前のような機能がなく、代わりに他の機能が追加されていた。上から能力、技術、貿易、情勢、イベントの五つだ。上から見ていく。かなりの多くのことが書いてある。もちろん能力と書いてあるのだから自分の能力も書いてあったのだが、ざっとしか見なかった。なぜならイベントのところの左上に赤い文字で数字の1が書かれているのがとても気になるからだ。恐る恐るイベントをタップした。が画面に映ったのは電池のマーク。


「充電切れかよ⁉︎」


あまりに突飛なことだったので大声がでた。王専用端末なんだから充電対策くらいはしてほしいものだ。てかこれ詰んでね?最悪の事態であることが直感で理解できた。恐らくこの端末は王などの総管理職をやったことがない人でも管理が簡単にできるようにするためのものだろう。しかしそれがない今は王ではなくただのポンコツになった。


「そのスマホって私のスマホと同じ機種よね?だったら充電器あるわよ」


 女神がいた。さすが現生徒会長。仕事柄夜遅くまで学校に残ることが多いからだろう。

「だけど一つ問題があるわ。私の充電器コンセント式なの。一回使ったらもう充電できないわ。この世界にコンセントなんてないわよね…」


 苦笑いを浮かべながら言う千鶴。携帯用携帯型充電式充電器そんな長い名称の充電器は一回使うと充電器自体を充電しなければ使えない。ということはその充電器の分が終われば詰みということだ。この世界にコンセントがあれば別なんだが…


「コンセントってならありますよ」

「「は?」」


 千鶴とハモる。この世界にもコンセントというものがあったとはな。ってことは…

「この世界には電気の概念があるのか?」

「何を仰るかと思えば…当たり前じゃないですか」

勝ち誇ったような笑みで答えるリン。


「この世界も根本的には私たちの世界とそう変わらないのかもしれないわね」

千鶴は何かを深く考えている。

「電気と言っても魔法回路電力組織というもので魔法の力でエネルギーを作っているイメージですね」

 魔法の力は偉大だった。魔法は無から有を作り出すことも可能。それをエネルギーに使うというのは頭がいい。ふと一つ気になる。


「俺たちの鞄ってどこだ?」

「あっそういえば…」

 自分どころか千鶴も鞄を持っていなかった。起きた時にも周りに鞄らしきものはなかった気がする。


「殿下の所有者でしたらすでに宮廷にあるかと…」

「宮廷?」

「はい。殿下の住む場所です」

 住む場所が宮廷。一気に出世した気分だ。出世もなにも王になったんだが…

「いきなりその宮廷に住むって言われても…私はともかく高折くんはそういった作法を習ってないんじゃないの?」

「なっ⁉︎失敬な。俺だって紳士のたしなみと言うものくらい持ってるぞ」

「例えば?」

「ステーキを食べるときは右手にナイフ、左手にフォークを持つとか」

「初歩じゃない…」


またしても呆れる千鶴。初歩から入るのが紳士のたしなみと言うものだ!と言ってやりたいが言い返されるのが日頃のやりとりから想像できる。ここは素直に下がっておこう。これも紳士のたしなみだな。なんとも便利な言葉だ。素晴らしい。


「まぁいいわ。そんなことよりも充電器を取りに行かないと話が進ないわ。とりあえず、宮廷に向かって充電しましょう」


 千鶴が提案する。それに反論はなかった。ほぼ全てと言っていいほどの情報が詰まっているスマホを復活させない限り先には進めないだろう。

「そうだな。リン宮廷はどこだ?」

宮廷の場所がそう遠くないといいんだが。


「どこって。殿下の後ろにあるではないですか」

後ろは確か学校である。まさかと思い鷹斗と千鶴は後ろを見る。


「学校が俺たちの家なのか⁉︎」

「宮廷の構造がその学校と言うのかは定かではないですが、この建物こそ殿下の家です」


学校で暮らすってがっこうぐら…おっとこれ以上はいけない。しかし学校で暮らすのはちょっと抵抗があるな。

「あの建物が学校だと思わなければいいのよ」

 謎の葛藤をしているのに気づき千鶴が助言をしてくれる。あれは学校じゃない。確かにいい考えだ。今日からあそこで暮らすのか…ってちょっとまてよ。千鶴もあそこで暮らすんだよな。うわぁ…うるさそう…

 思いに更けながら空を見上げる。そしてずっと疑問に思ったことを聞いてみる。


「ずっと思ってたんだが、この世界どこかおかしいような気がするんだ。空にあるのってあれ月じゃなくて太陽だよな?なんで太陽があってこんなに暗いんだ?空のことだけでもきになることだらけなのに、ここにきてお前以外の人に会っていないんだよな…どういうことだ?」


 千鶴は隣でリンに注目する。千鶴も相当気になっていたのだろう。なかなかの眼光だ。

 リンは半分諦めの表情を見せながら静かに口を開いた。


「流石殿下。洞察力が並ではありませんね」

「いや、このくらい誰でも疑問に思うだろ」

「そうですね…王になる殿下に隠し事はなしですよね。まず前者の質問ですが、あれはお察しの通り太陽です。空を覆っているのは見てわかる通り雲なのですが、前国王が亡くなってからずっとあの状態ですのでざっと200年間雲に覆われたままです。しかも雲に覆われているのはこの国のみです。それと関連して後者の質問ですが、この状態が続いてしまっていては農業も工業もできる状態ではありません。故にこの国は寂れ多くの者がこの国を離れて行きました。全盛期は人口2000万人を束ねていた超大国でしたが、今ではその1/10にまで減り200万人となってしまいました」


 ずいぶんと洒落た冗談を前国王は残していってくれたらしい。太陽の件は前国王が絡んでいるとみて間違いないだろう。一体前国王は何をしたんだ。一体前国王は何をしたんだ。その時、突然くぅ〜と動物が鳴いたような可愛い音が聞こえた。随分と近くから聞こえた...というか隣から。リンと同時に視線を横の人物に向ける。そこには顔を真っ赤にしてお腹を押さえている千鶴がいた。


 全てを理解した。


「千鶴ぅ〜腹が減ってるならそうと…ぐはぁっ!」


 千鶴の拳が俺の腹に直撃する。

 出る!出るものないけど出ちゃう!腹を押さえる俺を尻目に千鶴は

「腹が減っては戦はできぬ!」


 指を宮廷に向けて言う。リンは苦笑いを浮かべながらも千鶴を案内し始める。どこの戦に行く気だよと突っ込めずに鷹斗はすごすごと後をついていくことにした。

 来た道を引き返す。なんとなく見たことがあるような光景。本当に学校そっくりである。校庭があり、体育館があり、校舎がありと学校として機能できそうだ。世間一般に宮廷のイメージで有名なのはベルサイユとかそこらへんだ。あのようなちゃんとした宮廷には従者がいるんだろうな。


「そういえば、宮廷って言ったよな?執事とかメイドとかいるのか?」

「はい!もちろんいますよ。メイドが一人だけ」

「この広い宮廷に一人だけ…」

 いくら何でも無茶すぎだろ…魔法が使えるこの世界と言っても限度ってものがあるだろ。


「ご安心ください。仕事も料理もこの国ではピカイチ!おまけにとても美人さんなんです!きっと気に入っていただけると思います」


完璧なメイドさんがいてくれるなら安心だ。


そんなこんなで宮廷の入り口に到着する。結局昇降口じゃねえかとツッコミをしたくなるが今は黙っておこう。リンが入り口を開ける。そこに広がっていたのへさっきとは打って変わって豪華な場所になっていた学校もとい宮廷だった。さっきは薄暗くて分からなかったが、天井や壁にはしっかり模様が入っていた。宮廷と言われても納得できそうなそんな仕上がりだった。


「すごいわね。この模様はアラベスクね」

「アラベスク?」


聞いたことのない模様を千鶴が言うので少々興味が湧く。


「アラベスクとは蔦が絡み合ったような連続模様の名称ですね。前国王曰く唐草模様とも言うらしいですが」

なんでも知っているリン(マニュアル)が横から説明を入れてくる。なるほど唐草模様か。確かに見えなくもない。鷹斗が頭上のアラベスクに見入っていると、


「お帰りなさいませ。マイマスター」


 突然かけられる声に少々驚きながらもすぐに言葉を理解する。そこに立っていたのは、明らかにメイドさんだった。清楚さを醸し出している白色を基調に少しだけ垣間見える黒色の下地。頭には波打っているようなカチューシャ。腰の後ろにあるリボンがなんとも良いアクセントになっている。一瞬みただけでもメイドと分かる格好をしていた。そして何よりかなりの美人であった。


「こちらの方がこの街全体を管理し、この宮廷のメイドのエリルさんです」

「この街…?」


 頭の上にハテナが並ぶ。この宮廷ならまだしもこの街となると規模が違いすぎる。ましてや一人でそれをこなすのは不可能ではなかろうか。


「私はマスターのメイド。それ相応の実力を持ってなければいけません」

 笑みを浮かべながら答えるエリル。その笑みが逆に恐怖心を煽ってくるんだが…

「この世界はどうかしてるわね…」


 一つの街を一人が管理する世界。魔法がある時点でこの世界はどうかしている。だがそれは俺たちの感性であって、ここに元から居る人はなんの違和感も持たないだろう。逆に俺たちの世界の文化を知ったら驚くことも多いはずだ。ここにあって向こうに無く。向こうにあってここにはない。そう言ったものに人々は憧れる。故にここに来た異世界人を王として迎える風習に繋がったのではないかと思う。

 なんか哲学に近づいてきた。難しいことを考えるのは性に合わない。この話は後にしよう。


「とりあえず!」

「は、はい!」


 いきなり大声を出す千鶴とそれに反応するリン。新喜劇にありそうなワンシーンだ。


「ご飯よ!ご は ん〜」

「どれだけお腹減ってたんですか…」

 さすがのリンも呆れている。大声を出すからもっと重要なことだと思ったのだろう。それにしても意外すぎる一面だ。なんでそんなに腹が減っているのか…


「お前ってそんなに食い意地張ってたか?」

「いつもは居残り用に売店でパンを買っているのよ。だけど今日は偶然売り切れてて買えなかったの…」


 偶然というのは恐ろしい。一つの偶然でここまで意外な一面を観れたのだ。偶然の神に感謝しなくては…


「食事の準備はすでに出来ております。冷めないうちにどうぞお召し上がり下さい。食堂はこちらです」

「やった♪」

 アホなことを考えているうちに口元に優しい笑みを浮かべ案内し始めるエリル。スキップでもしそうな勢いで歩き出す千鶴。それを見ながら苦笑するリン。これから非日常が始まると思うと少々ワクワクする。AEの目論見やら元の世界に戻る方法やらを考えなければいけないのはわかっているが、今はこれでいいかもしれない。ここはゲームの世界であり、現実でもある。まずはこの世界に慣れよう。

 と思った矢先にエリルが止まる。


「食堂に到着しました」


 歩き始めて3分。目的地に到着したようだ。エリルの後ろには高さが通常の2倍はありそうな巨大な扉だった。


「さぁ早く食事しましょ!」

 

 若干キャラが定まってない千鶴は早速巨大な扉に手をかける。しかし扉は動かない。


「ねぇ?エリルさん?」

「エリルとお呼び下さい。どうなされましたマスター?」

「じゃあエリル。なんでこの扉開かないの?」

「お言葉ですがマスター。そこは扉ではなく壁の模様です」


 瞬間千鶴の顔がお腹の鳴った時よりも赤くなる。


「なんでそれを先に言わないのよ!」

「勝手にはしゃいだのはマスターです」

 ごもっともである。笑い声を外に出さないように必死に堪える鷹斗。どうやらリンも同じようだ。

「扉はこちらです」


 エリルが向いた方向には通常の物と同じようなデザインの扉があった。今度こそ本当の扉のようだ。赤くなっている顔を隠そうと必死になっている千鶴をよそに、先陣を切って扉を開け食堂に入る鷹斗。


「ほら、早く食べたいんじゃないのかな?千鶴」

「う、うるさいわね!」



 未だに恥ずかしさは癒えず、後ろを向いて応答する。普段はしっかりしている千鶴のイメージが少しずつ崩れつつあった。

 テーブルにはかなり豪勢な料理の数々が置いてある。イタリアン風の物やフレンチ風の物、日本風な物まで多種多様だ。


「す、すげぇな」


 思わず感嘆の声が漏れる。これほどの料理を作るエリルは本当にすごい。

「すごいわね…もう食べていいかしら?」

 いつの間にか席に座っていた千鶴はすでに準備万端で食べようとしていた。動きの早さはいつも通りであった。


「どうぞ冷めないうちに」

「私は飲み物を入れてきますね」


 エリルの許しと同時に千鶴が食べ始める。リンは飲み物を取りに厨房らしき場所へと消えていく。今までのやりとりが嘘のように、千鶴は落ち着いて食べていた。自分も食べようとした時だった。


『やっぱり無理だよ』


不意に声が聞こえた気がした。


「誰か何か言ったか?」

「ん?私は何も言ってないわよ」

「私もです」


 順に千鶴、エリルが首を横に振りながら言う。気のせいだったのだろうか?

そう思い鷹斗は食事を続ける。リンは飲み物を取ってきて千鶴そして鷹斗の前に置いていく。


「今のうちに色々と説明いたしましょう」

 飲み物を配り終わったリンは席に座りながら口を開く。

「説明ってなんのだ?」

「この世界についてざっとです。この世界が殿下の世界とは違う次元にあると言う話はしましたね?」

「ああ、聞いた」


 未だに半信半疑状態だが、色々説明がつかない以上信じることしか出来ない。疑うことも大切だが…


「この世界は魔法や魔術が主体になって動いています。殿下の言う電気もここでは魔法の力ですし、戦争が起きたら魔法や魔術同士のぶつかり合いが基本です。故にこの世界の人々は個人差がありますが、魔法を使えます。その魔法というのは精霊の呼ばれる存在により全てが決まります。基本的に人は一人一精霊でその人物に宿った精霊の属性が主属性になります」


 食事をしながら軽く聞く、千鶴はもう食べ終わったらしく匙を置いて話を聞いている。エリルは食べ終わった皿を下げるのに忙しそうだ。

リンは話を続けた。


「つまり殿下方にもこの世界に来た瞬間精霊が宿っているはずなんです」

「ってことは俺にも魔法が使えるのか⁉︎」

「はしゃぎ過ぎよ。うるさいわね」


 さっきまでご飯って騒いでいたのは誰だっただろうか。そんなことを言ったら再び拳が飛んでくるのは目に見えている。今度こそ出るものが出てしまう可能性が高い。今は自重しよう。


「しかし先ほども言いましたが、魔法の能力には個人差があります。個人の能力を調べるためにある儀式を行います」

「儀式?」


 少しワクワクする単語だ。しかし儀式というとマイナスと言うか悪のイメージが強い。あまり過激ではないといいが…


「その儀式で王の移冠も行われます」

「え?それってすごく重要じゃん」

「はいその通りです」


 まだ王になった実感が湧かない。いや正確には王にはまだなっていないのだが…

その後もリンの説明は続いた。

 その儀式では、個人の魔力の量や主属性が決まる。個人の能力面では魔力抵抗値のみを調べるだけで、主な調査対象は精霊の能力だそうだ。精霊にも強さがあり、順にキングと呼ばれる精霊王、クイーンと呼ばれる精霊女王、最上級精霊、上級精霊、中級精霊、下級精霊の6段階である。王になるには最上級精霊以上の精霊の保持が必要で、報告されている限りではキングは3人、クイーンは0人、最上級精霊は100人にも満たないと言う。鷹斗はそんなのが宿っているとは思わないと考えていたが、ここに呼ばれたということはそれ相応の能力があるからとリンは助言をしてくれた。下級精霊は誰にでも宿っているらしく全属性の精霊が宿る。しかし魔力が極小のため普段の生活に使う事くらいしか使い道がないそうだ。

 基本的にキングやクイーンの精霊を持っている人はその国の王になるのだとか。中級や上級精霊保持者は戦闘を主な職業とし、下級精霊保持者は非戦闘員になる。あらかた精霊や儀式について話終わったリンは少し疲れていた。エリルが食後のデザートを持ってくる。


「あ、俺コーヒーお願い。なるべく早く儀式終わらせて後は休むか…」


 エリルにコーヒーを頼む。エリルは「かしこまりました」といい厨房へ向かう。この世界にもコーヒーがあるのか。正直にいうと自分もいきなり飛ばされたり、王になってくれと言われたりと驚き疲れている。面倒なことは早めに終わらせたい。


「まぁ堅苦しいことは後でいいんじゃない?その前にお風呂入りたいし」

「女王殿下はどこまでフリーダムなんですか…」

「お風呂は大切よ。心も体も洗い流して、人を冷静にしてくれるんだから。それにここのナンバー2は私よ。高折くんは男の子だからお風呂の決定権はナンバー2である私にあるわ」


 この世界に来て早々職権を乱用する。これから王になるというのに男だからって決定権が移るのはなかなか遺憾である。だからといって俺が決定権を持つのはやめた方がいいだろう。色々と厄介なことになりかねない。鷹斗はエリルが持ってきたコーヒーを一気に飲み干すと


「そうだな。俺もこの宮廷を一回りしておきたいし入ってこいよ」

 リンの方を見ながら促す。リンはかなり動揺しているようだ。

「し、しかし…」

「早く儀式をして王を誕生させたいのは分かるが、俺にも心の準備ってもんが必要だ。考えたいことも山ほどあるしな」

「わ、分かりました…」


 渋々頷くリン。千鶴はしてやったりの顔している。千鶴にアイコンタクトであまり駄々をこねるなと忠告をすると向こうもアイコンタクトで返事をする。長い時間一緒にいないとなかなか難しいやりとり。この世界に来てから立場が逆転している。

 食事を済ましそれぞれに分かれる。俺は考え事もしたいからと一人で宮廷を回ることにした。エリルは皿を洗うそうだ。千鶴とリンはお風呂へと向かう。別れ際に


「覗かないでね?」

 と笑顔で言われたのが、とても印象に残る。特に行く先もなくひたすら広い宮廷(廊下)を歩いていた俺は気になる部屋を見つけた。


「王専用寝室?」

 何気なく扉の横に書いてある文字を読む。そういえば鞄がすでにこの宮廷の中にあるとリンが言っていた。

「入ってみるか」

 特に意味があった訳ではない。単なるきまぐれで両開きのドアに手を掛けゆっくりと開けた。中は暗く外の灯りだけが中を照らしていた。外の灯りもそこまで明るくなく、月明かりと同じくらいだ。灯りを灯すべく壁際をごそごそとまさぐってみるが灯りを点けるスイッチらしきものは見当たらない。こういった闇はとても不安になる。ふと周りを見ると外の灯りに照らされ、妙に目立っている物を見つける。見るからに王冠である。


「どうしてこんなところに…?」


 王冠というのはかなり重要なものであるはずだ。王の象徴である王冠がこんな無防備に置いてあっていいものなのだろうか。

これから自分が被るかもしれない王冠が気になるのは人間の本能だろう。恐る恐る近づく。王冠は妙な白色の光沢を帯びている。目の前まできた俺は王冠に触ろうとするが同時に頭で警告がでていた。何かが起こる。そんな予感が脳裏をよぎる。しかし好奇心がそれに勝っていた。王冠に触れる。

 その瞬間、轟音と共に部屋全体が明るくなる程の光に包まれる。

 目の前は見えない。しかし何かの存在がそこにはあった。暖かく、しかし冷たい。鷹斗は見えない何かがとてつもない力をもつ存在だとすぐ理解する。すると

『ね?できたでしょ?』

 また声が聞こえた。鷹斗はその場に立ち尽くすことしか出来なかった


◇◇◇


 食事が終わり千鶴と鷹斗は別行動になる。風呂は食堂から離れているようでかれこれ5分近く歩いている。千鶴とリンとの間に会話は一切ない。と思っていた矢先リンが口を開く。


「着きましたよ」


 千鶴はリンの案内された方を見る。そこには風呂場特有のガラスの引き戸があった。千鶴は早速中に入るがリンが入ってこようとしない。


「入らないの?」

「殿下と一緒に入るなんて恐れ多いですよ!」

 どうやら地位という壁が邪魔しているらしい。

「あらいいじゃない。これから一緒に住むのでしょう?そういった態度取られちゃうと私が生活しにくいわ」

「なんで私が一緒に住むことになってるんですか⁉︎」

「あら、違った?」

 この宮廷に詳しいからここに住んでいるものだと思っていた。

「違いますよぉ」


 力なく応えるリン。どうやらかなり疲れているみたい。


「ほら疲れているなら風呂が一番よ。それに貴女とは色々お話ししたいし」

 笑みを浮かべながらリンに言う。しかしその笑みを見てリンは少し怯える。

「わ、分かりました」

 根負けしたリンも脱衣所に入ってくる。服を脱ぎ元々置いてある籠の中に畳んで服を入れる。

 リンは少しゆったりめに脱いでいる。そんなことはお構いなしに風呂への扉を開ける。

 風呂はかなりの広さがあり、温泉施設が一つできそうであった。


「ちょっと広すぎじゃないかしら?」

「前国王がお造りなさったようです。なんでもこれで丁度いいくらいの人数がここに住んでいたとかで」


 これで丁度いいということは何百人もの人が住んでいたことになる。それだけで前国王の時代は相当この国が栄えていたとわかる。

「とりあえず身体を洗いましょう」

日本の流儀に則って風呂に入る前には身体を洗う。

どうやらリンもこの流儀は知っているようで、自分から身体を洗う場所へと向かう。シャワーらしきものはない。それどころか蛇口らしきものもない。

リンは右手をあげてそっと翳す。


するとあたかもそこにシャワーがあるかのようにお湯がでてくる。


「まさかシャワーまで魔法なの…」

「はい。その通りですよ」

「もしかしてだけど、他のも全部魔法?」

「全部といったら嘘になりますけど、魔法回路電力組織も魔法をエネルギーとしてますし、料理などの家事も魔法を使っていることが多いですね」


 魔法に頼っている世界。普段は考えもしない。大体のことに魔法が使われるなら全員が精霊を宿していることを納得できる十分条件だ。

リンは身体を洗い始めるが、千鶴は使い方が分からないためその場でやり方を探ろうする。


「リン、どうやって使えばいいの?」


 リンに助けを求める。魔法というくらいだから魔力が必要なのは分かる。しかし魔力の扱い方についてなんの説明を受けていない以上使えなくて当たり前である。


「えっと…なんて言うんですかね…お湯をイメージしてそこに永続的に魔力を送る感じですかね?消費魔力は極小なのでご心配なさらず」


 心配なさらずと言われても。千鶴はただでさえ今の現状に驚いているというのに、やらないとシャワーが浴びられないなんて。

まぁ試してみないと分からないことが多いのは事実。千鶴はひとまずやってみることにする。


「お湯だと思って…それに魔力を送るイメージ」


 自分の中でイメージを膨らませる。自分の中で何かが湧き出してくるのを感じる。魔力…いやお湯だ。あったかいお湯。

 そのイメージを具現化するように念じる。すると自分の頭から身体の下へと水が伝っていく感覚を得る。成功だ。


「ま、まさかこんな早くに…」


 リンはこんなに早く魔法が使えるとは思っていなかったらしい。魔法の使い方を説明したのも聞かれたからであって実際に使うとは思っていなかったのだろう。このくらい出来なきゃこの先ここで暮らすのは難しい。そう考えたからこそやろうと思った。しばらく固まっているリンを尻目に千鶴は身体を洗い始める。石鹸やタオルはすでに用意していた。自分で生み出したシャワーはどのシャワーよりも気持ちのよいもので、疲れを一気に吹き飛ばしてくれる。

 ふと固まっているリンの胸に目線が言ってしまう。千鶴は胸が大きいと自覚したことはないが、周りからは大きいと見られるらしい。固まっていたリンは目線に気づき

「ま、まだ発展途上です!」

と動揺していた。


「別に気にする必要ないわよ。それより早くお風呂に入りましょ?」


 千鶴的には慰めたつもり。しかしリンにとってはかなりグサッとくる言葉だった。別に胸が大きい小さいではない。それよりという一言で片付けられてしまったからだ。

「はい…」

 力なくリンは応える。リンの心配事は積もっていくばかりだった。

 本当にこの人達に国を任せていいのか…

 その心配事を解決するために今日まで準備はしてきた。例え殿下方がダメでもこの国か再建できるくらいの準備はした。それを成功させるのは自分次第なのだ。そうリンは自分に言い聞かせる。


「ねぇ、入らないの?」

 

 かけられる言葉にハッとしたリンは千鶴を見て驚く。

「そ、そこ水風呂ですよ?」

 サウナの後に入るような風呂にそのまま千鶴は入っている。

かなり冷たいはずだから気づいているはずだ。しかし千鶴は水風呂から出ようとしない。


「あなたのせいでこうして水風呂に入ってるんじゃない」


 いきなり自分のせいと言われ狼狽するリン。


「な、なんで私のせいなんですか?」


 はっきりと反論できない。なぜなら心当たりがリンにはあった。

「とぼけないで欲しいわね。あなた睡眠薬仕込んだでしょ?」

 的確且つ冷静な分析。

「な、なぜ私が睡眠薬なんかを仕込むのですか?」

 あくまでしらばっくれるリン。しかし声は震えている。これでは誰が見ても隠しきれてないというのがわかる。


「なんでってそれはリン、あなたが一番わかっているでしょう?さしづめ王の能力偽装とかそこら辺じゃないの?敵国が見ているかもしれない儀式でとても才にあふれた王が誕生したらこの国が立て直せるくらいの時間は稼げるものね。しかも強い王に就きたいというのは一般的に考えて妥当よ。そうなれば兵も整いこの国は安全になる。そう考えたのでしょうね。あなたの愛国心は本物。それが故にこの国を守れるなら手段を問わない。こう考えればあなたが資質を持って呼ばれたと言った根本的理由にも繋がるわ。そういえば高折くんも気づいてたようね。ああ見えてコーヒーは嫌いなのよ高折くん」


 恐るべき洞察力と思考力。計算をした時にその思考力の良さは目に見えていた。しかしここまでくるともはや探偵だ。


「どこで分かったんですか?」

「どこというか、直感ね。自分でしようとしてない睡眠をとろうとしたから体が反応して睡眠に対抗できる物を欲したって感じかしら」


 確かにリンは睡眠薬を仕込んでいたがそれは普通の人が感知できないほどの微量だ。人間の意識が朦朧とするにも満たないほどに。千鶴が言っていた事はほぼ正解で殿下の儀式に細工をして偽装しようとした。しかしそれを受けている張本人は実際の能力値が自分で見えてしまう。その能力値を誤認させるために仕込んだのだ。

 なぜこれほどの微量の睡眠薬を検知することが出来たのか。考えられるのは2つだった。

 一つは本当の直感。

 二つ目は最上級精霊以上の存在。

 前者で検知出来たとしたらそれは本当の人外である。だからといって後者も人外に近い。リンの頭はこんがらがり今にもパンクしそうであった。


「それにそんな小細工しなくても大丈夫。どうやら高折くんと私…強いみたいだから」

 リンにはその言葉の意味がよく分からなかった。自分の能力値が分かっているとでもいうのか…

「ど、どうしてそう言い切れるのですか?」


 率直な疑問である。


「やっぱり分からないのね…端末よ」


「端末?」

「そう端末。あなたは能力という項目について知らないみたいね」

 素直に首を縦に振るリン。能力という項目があるなんて聞いたことがない。恐らく前国王の時にはなかった機能なのだろう。


「その能力という項目に私たちの能力値も書いてあったのよ」


 とんだ見落としであった。マニュアルに縛られていたリンだからこそ見落とした項目。すでに能力値が分かっているなら儀式の必要はあるのだろうかとリンは落胆する。


「と言っても能力が分かったのは私だけなのだけれど。高折くんの能力値は非公開になっていたわ。王専用端末なのに王の能力値が書いてないなんてとんだ欠陥品ね」

 千鶴は悪態を吐く。

 千鶴は考え込むリンの思考を遮るように話を続ける。


「で私の能力はヘキサエレメンタリストだそうよ。能力値は魔力が600万で抵抗値が400万らしいわ。詳しい数値は分からないけどね。まぁ私よりも高折くんの方が強いみたいだけどね。抵抗値がインフィニティですって」


 リンの思考は本当に遮られた。リンは風、水の上級精霊を保持するデュアルエレメンタリスト。魔力は40万で抵抗値が30万、これでも強い部類にはいる。しかし千鶴の言ったことが本当ならば、強いというレベルではない。抵抗値はその人物が魔力をどこまで引き出せるかという限界を示した数値だ。魔力は精霊の階級によって大きく異なる。キングは約1000万、クイーンは約500万、最上級は100万、上級は20万、中級は10万、下級1万に達することがあれば珍しい。そして魔力の値と言うのはその精霊の能力を掛け合わせた数字になる。

 

 例えばリンだと、上級精霊が2体なので20万の魔力が2つという計算で40万だ。抵抗値はその40万をどこまで引き出せるかといった数値だ。リンの場合30万なので40万中の30万まで引き出すことができるのでリンの全力は魔力30万ということになる。


 その抵抗値がインフィニティつまり無限を意味する値ならば全力と言うのは測り知れなくなる。それだけでも身の毛のよだつ話である。

 だが千鶴も負けてはいなかった。上の計算でいくと千鶴には少なくとも最上級精霊以上の存在があるということになる。さらにヘキサエレメンタリストは全属性精霊保持ということだ。なぜなら下級精霊以外の精霊の属性が重なることはありえないとされているからだ。まだ16年しか生きていないリンだが、それなりにすごいと呼べる人物には会ってきた。しかしここまで規格外なのは初めてであり、恐怖にも感じられるほどだった。リンは自分が小細工をしようとしていたのが急に馬鹿らしく思えてくる。


「ま、そういうことだから安心して儀式をしても大丈夫よ」


 千鶴の声がさっきと違い優しさを帯びていることがリンには分かった。この人たちならこの国を救ってくれるかもしれない。そうリンが胸を撫で下ろした時だった。

 突然上の階から耳を塞ぎたくなるような轟音が聞こえた。


「な、何⁉︎」


 千鶴は水風呂から勢いよく出て、リンに説明を求めるような目を向ける。しかしリンもこの音の正体が全く掴めない。千鶴とリンはお互いに頷くとすぐ更衣室に向かい、着替えを始める。音の正体は何なのか検討もつかないなか千鶴は嫌な予感に満ちていた。

皆さんこんにちは!エイカです!

今回の話はかなり長めとなっています。初っ端から入浴シーン入れようか迷った末入れてしまいました。といっても皆さんが期待していたような描写はなかったですね。申し訳ありません。

次回は12月15日に間に合えばいいなと思っています。ではまたその時までシーユー(=゜ω゜)ノ

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