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7話:宇宙人とお菓子と波乱

「さあ我はケーキを所望するぞ!」


 彼女の第一声は店中に響き渡った。その大きな言葉に店中が静まり返り、同行していた服部、渡辺は慌てふためき大声を出すノノの口を塞ごうとする。二人とも羞恥心で顔が真っ赤である。そして静まり返った店内はまた再び動き出す。


「こんな場所初めてなのじゃ! 時折誠一郎が買って来るケーキなるものがあれほど沢山あるとは……」

「落ち着いてノノちゃん、ケーキは逃げないから」

「そないに楽しみなんかいな? ほなそんなに焦らんでもゆっくりと吟味したらええで」

「ふむ!」


 ノノは目を輝かせながら食い入る様にメニューを眺める。2000円と限られた資金でより良いおやつを手に入れようとノノは必死だ。ファンシーに飾り付けられた内装も、フリフリのメイド服も彼女にとっては興味の対象ではない。『食欲』それのみが彼女を支配しているのだ。


 10分ほど悩みぬいた結果、彼女が出した答えは「イチゴのショートケーキ」であった。結局シンプルが一番なのだと言う事がノノには分かっているのだろう。更に紅茶のセットを付けて何と600円!

 

 それほど長く考え続けていたからであろう、服部、渡辺は既に注文を決めていた。渡辺が手を上げて声を出す。


「すみませ~ん」


 その声に反応した猫耳店員がノノ達の机に向かってスタスタと歩いてくる。そう他の店員が来ようとしているのを押しのけて……


 彼女に弾き飛ばされた他の店員さんは驚きを隠せない様子である。どうやら普段そのような事はしないのであろう。当の本人は鼻息を荒くして声の元へと歩いているのだ。


「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」

「は……はい。えーとノノちゃんは何を頼むの?」

「ノノ!? 」


 渡辺のその言葉に猫耳店員は突然過剰反応を示した。余りのリアクションに渡辺は少したじろいだ。何かを察したのか猫耳店員はすぐに言葉を続ける。


「失礼致しました。少し知り合いに似ておられましたので……」

「そんな事より注文なのじゃ! 我はショートケーキのセットを所望するぞ!」

「私はチョコレートケーキでお願いしますね」


 ノノと渡辺は互いに欲しい物を注文した。


「服部さん? 何にする?」  

「あ……あぁ、そやな。ウチはこのフルーツケーキにしとくわ」

「かしこまりました。それでは少々お待ち下さい」


 メニューを刺しながら注文を伝える服部は何処か上の空である。心ここに非ずと言うのが伝わって来るようである。服部の様子がおかしくなったのは店に入ってからだ。渡辺は服部が常に何処かに視線を向けている事に気付いていたが、余り深くは考える事はやめにした。


 何故ならばノノを見て鼻息を荒くして興奮している怪しい猫耳メイドが目の前にいたからだ。よくよく考えると変な所は沢山ある。何故一人だけ空気を読まずに猫耳メイドなのかと言う事だ。渡辺は他の店員さんは私服にエプロン姿なのにも関わらず、我が道を行く彼女が気になって仕方がない様子だ。


 年齢は大学生くらいに見えて、この場所で働いていても何らおかしくは無い。だが、全てがおかしいのである。そしてそれを許しているこの店も何処まで寛容なのだろうかと渡辺は一人考えている。


 そんな渡辺の心境を他所に、ノノは次は何を頼むかを必死で考えている。何せまだ1400円も残ってるのだ。比較的リーズナブルな設定のこの喫茶店でまだまだこの甘い魅惑の菓子を食べれるのである。他の事には全く目が行ってない様子だ。


 そんな事をしているうちに、ケーキはテーブルへと持ってこられた。綺麗に盛り付けられたその食べ物を前にノノの瞳は輝きを増した。すぐにフォークを手に取り、バグバグと食べ始めた。急いで食べるものであるから、ほっぺたには生クリームが沢山こびりついている。


「もぅ、ノノちゃん。ほっぺたにクリーム付いてるよ」

「ふむ!」


 すかさず渡辺は手にしたハンカチでノノについた生クリームを拭き取る。渡辺の女子力の高さが垣間見えた瞬間である。


 瞬く間に平らげられたケーキの皿をジッと眺め続けるノノは、まるで物足りないと言う表情を見せている。次に何を頼むのか……


「次はホットケーキじゃ!」

「はいはい……私も頼むから少し待ってね」


 焦り気味のノノを渡辺は制止する。勢いを削がれたノノは視線を服部の皿へと移すと、全く手を付けられていないフルーツケーキがそこにあった。少しばかり冷や汗を流す服部の様子は少しおかしい。それは比較的鈍感なノノでも分かったのである。それを和らげる為かノノは声を出す。


「服部、それ食べぬのか?」

「あぁ、やっぱり飲み物だけでええわ。あんた食べてええで」

「やったのじゃ!」

 

 貰える物はどんな状況でも貰う。生来の意地汚さを見せるノノに渡辺は「もぅ……」と小言を言うが、見事な食べっぷりを見ているとどうでも良くなったようである。


 ノノがフルーツケーキを半分ほど食べ終わった頃だろうか? 服部は何処か神妙な顔で


「少し用事を思い出したわ。金はここに置いとくから払っといて」


 そう言うと、服部はそのまま店を後にしたのであった。


「どうしたのじゃろうか?」

「この店に入ってから様子がおかしかったけど何かあったのかな?」

「我が考えても仕方なかろう。だが……」


 こうして三人での初喫茶店は幕を閉じるのであった……



_____________【服部side】_______________________________



「おるんやろ? はよー出てきいな」


 人気の少ない路地裏にいる服部は何処かに向かって声を荒げる。右手には手裏剣をしっかりと握り絞めて最大限の警戒態勢だ。


「ハハハ、気付かれてましたか?」


 まるで始めからそこに居たのかの様に一人の男が現れる。常にニヤニヤと不気味な笑顔を見せるその男を見て服部の手に力が入る。周囲には思い空気が広がり彼女の額には一筋の汗が流れる。


「風魔小太郎……」


 その言葉に男のほとんど開いていない瞼が少し動く。


「私の事をご存知でしたか? 有名人は辛いですねぇ」

「風魔の頭領自らお出ましとはどういうことや」

「いやね、風魔の里も今や財政難でしてね。薬物の販売を始めたんですよ。つい最近までは上手く言ってたんですけどね。どうやら何処かに我々の商売を邪魔する者がおりましてね。服部の家の方でしたっけ? 何かご存知ないですかね?」


 その言葉と共に彼女に向かって強い殺気が飛ばされる。これでも数々の修羅場をくぐり抜けて来た服部ではあったが、恐らく格上であろう目の前の男に少し怯んでしまい、一歩引いてしまった。


「おや? 心辺りがある様子ですね?」

「抜かせ! あんたが現れるぐらいや。分かってて来とるんやろ」

「あはは、ばれました? では死んで貰いますかね」


 その言葉と同時に男は何処から出したのか、10枚もの手裏剣が服部に飛来する。鍛え上げた技術なのだろうか? 銃弾よりも早い鉄の塊は服部の体を正確に貫く。


 服部は衝撃で後方に倒れ込んでしまう。


「変わり身の術ですか? そこそこ、やれるみたいですね」


 彼女がいた場所には一個の服部をデフォルメした人形が転がっていた。悲しい事に手裏剣で切り裂かれているのではあるが……


「火遁!」


 小太郎の頭上から声が聞こえる。その言葉と同時に壁に張り付いている服部は、その無い胸から一本の巻物を出すと、巻物の紐は自然に解ける。中にはまるで魔法書の様に文字が羅列されている。忍術を発動させる為に必要な言霊を記入した物だ。


 巻物が最後まで開くと、まるで地面を覆うほどの炎を発生し小太郎を襲う。炎を炎が共鳴しあい徐々に火力が上がっていく。


 それを見届けた服部は巻き込まれる前に建物の上を目指して走り始めようとしたその時、正面に人影が見える。


「いやー、ダメですね。頭上を取ったのは及第点ですが、声を出してしまうのは良くないですね。そういう派手な忍術はこの場合は適さないと私は思いますよ」

「嫌な奴やで、あんたは……」

「よく言われますね。さて、私もやられっぱなしと言うのも癪なので……」


 小太郎はいつの間にか小太刀を2本両手に持っていた。それに続き服部も僅かに遅れて小太刀を構えるが、その頃には小太郎は服部に向かい疾走している。


 2本の小太刀から放たれる連撃を危なげなく服部は捌いて行く。一般人から見ると達人かと勘違いするほどの斬撃だ。小太刀が触れ合う度に火花を散らし顔を掠めていく。


「剣術はまあまあの様ですか、まだまだ経験が浅い」

「まだまだ修行中の身やからな」

「ほら、後ろ危ないですよ?」

「そんな子供騙しに……!?」


 突如彼女の背中に違和感を感じる。何かが刺さった感覚だ。視線を少し腹の方に向けると釣り糸の様な物が目に入った。手裏剣を投げ糸を引っ張り服部の背中に当てたのだろう。斬り合いをしている最中にこれをするのは流石風魔の頭領と言った所か……


「クッ……油断したわ」

「油断ですか? 何か勘違いされておられる様ですが、私と対等に戦えると思っておられたのですか? 風魔の頭領であるこの私にですか……私も舐められた物ですね」


 小太郎の振る小太刀を受けた。先程までとは桁違いの力だ。まるで先程までは手を抜いていたと言わんばかりだ。突然の動きに対応出来なかった。服部は思わず、後方にある地面に向かって吹き飛ばされるのである。


 地上5メートルを背中から落ちた服部は衝撃で体の動きが完全に停止する。体中の痺れ、傷を負っている背中から血が流れ出る感覚のみが伝わっていく。視界が少しずつ霞んでいくなか、目の前に一人の男が立ちはだかる。


 圧倒的力の差、戦う前から勝負は決まっていた……


「まあまあの実力ですね。今回は相手が悪かったと言う事でね。まぁ次はありませんがね……」

「……」


 服部には最早言い返す気力も無くなっていた。彼女の視界には小太刀を振り上げている小太郎の姿をはっきりと捕らえている。忍者として活動していた彼女はこの瞬間がいつか来ると分かっていた。故に覚悟は既に出来ている筈だった。しかし……


「あー、まだあいつらとバカやりたかったで……」


 彼女の瞳から一筋の涙が流れ落ちる。


「覚悟は出来ているみたいですね。それでは、さようならで……」


 小太郎がその言葉を言い終わる事は無かった。


「バンピーラ流奥義、アイビーーーーーーーム!」


 ノノの瞳から放たれるレーザーが、小太郎を襲う。圧倒的速さで迫り来る熱量、完全な不意打ち二つの要因が重なり、いかに風魔の頭領と言えど、回避をする事は不可能。


「クッ……やりますね」


 コンクリートの壁に叩きつけられ、体中を黒こげにされた小太郎は生まれたての小鹿の様に足を震わせながら遠くから狙撃したノノを睨み付ける。


「今日はこの程度にしておいてあげましょう。次会った時はあなたの首は繋がって……」


 その言葉を放った瞬間、ノノの姿は掻き消えた。そう完全に消えたのだ。道路を一つ跨いだ通り場所なのにも関わらず、小太郎は軌道すら見る事は出来ない。危険をすぐさま感じ取り、小太郎は地面を蹴り壁伝いにビルの上層へと逃げ始める。

 

「我が逃がすわけがなかろう?」


 その言葉と同時に正面から来る体当たりを貰い、小太郎は先程まで立っていた場所に叩き落とされてしまう。今まで経験した事もないような衝撃。コンクリートの地面にはクレーターが出来上がり衝撃の強さを証明している様だ。何故こんな小娘如きに私が良い様にされねばならないのか? 彼の中で怒りが込み上げてくる。何十年と修行してきたプライドがこの状況に追い込まれたと言う事実に大きな傷を付けてしまっている。


「パンピーラ式格闘術 スリーミニッツパワー!!」

 

 ノノはまるで物を見る様に小太郎を見下ろすと、右足で右腕を踏みつけた。骨が軋む音……いや砕け散る音が周囲に広がる。彼の腕はもうしばらくは動く事は無いだろう。そう感じさせる程の衝撃である。その後もまるで作業の様に左腕、右足、左足を一本一本破壊される。


「何が起きたかと言った顔じゃの?」

「……」

「我の様な王族のみが習得する事の出来る技術なのじゃ。まぁこの星の者に言っても分からんだろうと思うのじゃ」


 ノノは腕を組んで、むすんと鼻息を荒くしている。本人は威厳のある姿だと思っているのだろうか? どこかドヤ顔である。


 突然現れた乱入者に服部は驚愕の表情である。完全なる不意打ちとはいえ、今まで苦戦していた相手が完膚なきまでに叩きのめされたのであるから当然である。今まで見た事の無い未知の力。戦いにすらならない一方的な状況。全て受け入れがたい状況である。


「ノノ、あんたは一体……」

「フフフ、よくぞ聞いてくれた。我はバンピーラ星雲から来た宇宙人なのじゃ。キャトルミューティレーションしてやるのじゃ。フハハハハ」


 服部は力なく笑う。突然自分の事を宇宙人と言う友人にいささか不安を感じながらも、自分のピンチに助けに来てくれたノノを少し好きになったのかもと内心思っている。


「さて、お主のケガはちと致命傷じゃの。少し待っておれ、パンピーラ式治癒術キュアオーラ!」


 ノノが服部の体に触れると、ズキリと傷口が響く。まるで逆再生される様に血液は体内に戻っていき、傷口は塞がる。宇宙人の奇跡を見せつけられた彼女は、自分の体を見て驚く。小太郎と戦う直前の様に綺麗な体である。まるで今までの惨劇など無かったと思えるような状態だ。


 ただし、目の前の男さえいなければだ……


「さて服部よ。此奴をどうするのじゃ? お主に危害を加えたものじゃが……」

「どうしらええやろな? 取りあえずうちの上司に聞いてみるわ」


 そう言うとポケットから携帯電話を取り出すと何処かへ電話し始める。


「すぐ来るやて? 分かったわ。はよしてや」


 すぐに話はついたようで、電話を切った服部はノノに声を掛ける。


「ちゃんと言っておらんかったな。助けてくれて、ありがとな」

「ふむ、我とお主は友達だから当然なのじゃ」

「ほんまに持つべきものは友達やで」

「それでは我はこれで行くのじゃ。お主の同胞がくるのじゃろう?」

「すまんな、今度ケーキ屋でうちが奢ったるさかい楽しみしときや」

「ふむ! それではかなが、待っておるからの。置き去りにしておいたので寂しがっておるのじゃ。服部の事は我が上手く言っておくのじゃ」

 

 親指を立てて、任せろと言わんばかりの顔を彼女に向けている。そして何事も無かったかの様にノノは元来た場所へと戻っていったのであった。


「ほんとに返しきれへんほど借りが出来てもうたな……」


 彼女の後ろ姿を見ながら服部はぼそりと一言発するのであった。



 

 

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