2話:新たな生活
「ノノ! お前には来週から学校へ行ってもらう。拒否は認めない」
「なん……じゃと……」
ノノ・バンピーラはソファーに寝転びながら、食べていたポテトチップスを思わず、手から落としてしまう。ソファーの周りをポテチのカスだらけにしているノノを見ながら誠一郎は決意した。
ノノが誠一郎の家にやっかいになり始めて1週間が経つ。誠一郎は宇宙人として何か地球で活動する事があるのか? と疑問に思いながら様子を見ていたが、リビングに置いてあるゲームをするか、寝ているか、メシ食ってるかしかしていない。
そう完全に堕落しているのである。このまま引きこもりへの道を歩ませないようにする為の措置として考えたのが学校に通わせると言う事である。
「いやじゃ! 我はこの楽な……快適な環境を手放したくないのじゃ。我はこのまま誠一郎に養って貰うのじゃ」
「ダメ人間か! これは決めた事だからワガママ言うな! 文句ばっかり言ってると毎日お前の嫌いなピーマンをおかずに混ぜ込むぞ」
「それはもっと嫌なのじゃ! わかったのじゃ、行けばよいのじゃろ」
「ところでノノは何歳なんだ? 見た感じ10歳くらいだから小学校かな」
「バカにするでない。我は13歳じゃ。」
「えっ? 何だって」
「13歳じゃ!レディに何度も年齢を聞いてはだめなのじゃ」
「おない年なの?」
誠一郎は今までに見たことないほど優しい顔でそっとノノの肩を叩いた。その姿を見たノノは自分をバカにされた事に気付いて、誠一郎の腹をポカポカと殴り始めた。
「ばかにするでない! アストラル星雲に暮らす我々は寿命がお主らより長いから成長が遅いだけなのじゃ」
「はいはい、じゃあ俺と同じ公立の学校で良さそうだな。手続きは俺の方でやっておくから、明日買い物にいくぞ」
買い物と聞いてノノの機嫌が突然直ってしまう。やはり引きこもり生活は飽きているのであろう。
「お出かけなのか! 楽しみなのじゃ」
「まぁ、そうだな」
「では今日は早く寝るのじゃ」
「おい、散らかしたとこは片付けていけよ……ったく」
誠一郎はソファーの周りにばら撒かれたポテチを見て、呆れた表情で片付け始める。家に閉じこもってばかりだから嬉しくて仕方ないのだろう、そう思うと少しはノノのずさんな態度も許せる気がする誠一郎であった。
「誠一郎! 早く起きろ買い物に行くのじゃ」
ノノは誠一郎のマウントを取り、顔面に向かって弱いパンチを連打する。非力なのか手加減しているのか分からないが、蚊が止まったくらいの痛みにしか感じられないが誠一郎は目を覚ます。もしかしたら夜の男性達が羨む状況なのだろうか? でも何か勝った気しないのはなぜだろうか。そうか、分かったノノがほじった鼻くそを顔に飛ばそうとしてくるからだ……
「っておいやめろ! それ以上はダメだ。女の子として失ってはならない物を失うぞ」
「やっと起きたのじゃ」
誠一郎は重いまぶたをゆっくりと開き、ノノの姿をよく確認すると、全身タイツの宇宙人っぽい服装をしていた。誠一郎は心の中でだせえと罵りながら、起き上がる。
「どうじゃ、我のかわいさに驚いただろう。フフフ、我を褒めてもよいのじゃぞ」
「あほかー! さっさとそんな目立つ服着替えて来い」
「えー、折角オメカシして来たのにのぉ。ブーブー」
「うっせえ、今日お前の服も買うから、とりあえず地球人っぽい服を探して来い! 無いなら俺の貸してやるから」
「わかったのじゃ。ではホレ」
「なんだその手は?」
「さっさと誠一郎の服をよこすのじゃ」
「探す気なしかよ! まあいいやそこの棚にあるから女子が来てもおかしくない奴を選べよ……ってムリか、ちょっと待ってろ」
誠一郎は、自分のタンスからGパンとTシャツと靴下とセーターを出す。誠一郎が持っていた服をノノは強引に剥ぎ取り自分の部屋へトコトコと帰っていった。誠一郎は目が冴えてしまいもう寝る事は出来なかった事から、ちょっと早い朝食の準備へと向かう。
「おお!良い匂いなのじゃ」
「今日は早起きしたからちょっと手の込んだ朝ごはんを作ってみたぞ」
ノノの眼前にはホテルで出てくる様なふわっふわのスクランブルエッグとほっくほくホットケーキが並んでいる。ホットケーツを包む甘いシロップを見て思わずノノの口から涎が零れ落ちる。ノノは見たこと無い速さで椅子へと座り、その手にはフォークとナイフをしっかりと握り締めている。
「なんじゃこれは! 我を誘惑する魅惑の食べ物なのじゃ」
「ホットケーキだよ。そういえば作ったこと無かったな。焼きたてだからゆっくり食えよ」
「熱っ!熱いのじゃ。水、水が欲しいのじゃ……」
「だから言ったんだよ……ほれ」
ノノは誠一郎から出された水を一気に飲み干し息を整える。そして今度は二度と同じ過ちは繰り返すまいとゆっくりと食べ進めるノノであった。あらかた食事を終えた頃には朝の8時くらいになっていた。誠一郎が食器を片付けていると後ろからノノが声を掛けてくる
「はやく買い物にいくのじゃ! そんなの置いておいてもよかろう」
「ちょっとは落ち着けよ。どうせ行っても店なんて開いてないわ!」
「せっかく早起きしたのに、意味無かったのじゃ! ブー」
「不貞腐れんなよ。じゃあそうだな公園でもよっていくか」
「公園ってあれじゃろ子供の遊ぶ遊具が置いてある所じゃろ。我はそんなとこで遊んだりはせんぞ! 我をバカにするでない!」
「別に遊具で遊ばなくてもいいだろ……公園に桜とか咲いてるから花見がてらいけばいいじゃないか」
「そうか、花を嗜むのも高貴な我にとっては重要なのじゃ。仕方ない、ついてってやるのじゃ」
そして二人はショッピングセンターが開店するまでの時間つぶしに、近くの少し大きめの公園へと向かうのであった。
「あはははは!なんじゃこれは楽しいではないか。あはははは」
「子供の遊具ではなかったのか……」
ノノは公園に設置された100mを超える滑り台を目撃すると突然走り出し、迷わず滑り出した。見た目小学生だから何ら問題無いとは言え、年齢を聞いてしまっている誠一郎は何とも言えない気持ちになりながら虚空を見つめている。滑り台を降りたノノはシーソーを見つけて、誠一郎を座らせ遊具を満喫している。シーソーをあらかた楽しんだら別の遊具へ行くと、そんな事を繰り返していたらいい時間になったので、ノノに行くぞと伝えて、ショッピングセンターへと二人は向かった。
しかしノノの瞳は公園の敷地内を出るまでブランコに向けられ続けていた。どんだけ未練あんだよと毒づきながらも誠一郎はノノを引きずっていく。
ショッピングセンターにつき、早速服を買いに向かう二人である。男物の服を着ているノノはやはり違和感がある。あまり目立ちたく無い誠一郎にとっては早急に解決しなければならない問題だ。誠一郎はノノを男女両方ともの服を売っている店へと連れて行った。服を全く選べなかったノノを見て誠一郎は店員を呼び、適当に選んで貰った。
「どうじゃ、我は何を着ても美しいじゃろ、ほれほれ」
大きな青いリボンをつけた真っ白なブラウスと真っ青なスカートを着たノノはセクシーポーズを取りながら誠一郎を挑発する。
「フッ、お前は分かっていない。ロリ体型のお前がそんなポーズをした所で変なだけだ!」
「ロリ体型言うでない!」
「ほら、まだまだ試着するものあるんだからアホな事してないでさっさと着替えろ」
誠一郎は強引にカーテンを閉めてしまう。中から、「こら、ムシするでない!」と言う抗議の声が聞こえてくるが誠一郎は気にしない。そしてノノファッションショーは2時間にもおよびやっと一通り服を買い揃えた。ちなみに今は最初に来ていたブラウスとスカートである。
「腹が減ったのじゃ」
「もうそんな時間か……」
「我はハンバーガーなるものを所望なのじゃ」
「ここまで来てハンバーガーで良いのか? お前がそれでいいなら別にいいが」
「テレビの番組と番組の間に見ておいしそうだったのじゃ」
「じゃあ、そこにあるから中入るぞ」
誠一郎はハンバガーショップを指差し、ノノに入るよう誘導する。店内の匂いを敏感に感じ取り、ノノは鼻をピクピク動かし、ポテトが揚がった時に流れるBGMを聞いてそちらへと視線を移す。ここまで喜んでくれるなら連れて来て正解だったなとそう考える誠一郎である。
「誠一郎が作った料理の方が美味しいのじゃ」
「どんなのを想像してたんだ。ジャンクフードなんてこんなものだろ」
「不味い訳じゃないから許してやるのじゃ」
「ワガママな奴だな」
「ワガママとはなんじゃ!」
ムキーと悔しがりながら、ノノはハンカチを咥える。お前はどこからその情報を引っ張って来たんだと考えながら誠一郎はノノを見ていた。
「昼は買うもの少ないから、買い物済んだら遊びにいくか」
「おお!遊びに行くのじゃ、行くのじゃ」
「そうだな……ボーリングでも行くか」
「ボーリングとはなんじゃ?我はしらんぞ!」
「ついたら説明すっから、それまで楽しみにしてろ」
「わかったのじゃ」
そして二人は、学校に必要な文房具、カバンなどを買い揃えてボーリング場へと向かう。買い物の間ずっとノノがソワソワしていたのは、言うまでも無い。まだか、まだか? とうるさいノノを嗜める。
ボーリングシューズを借りて、レーンへと向かう。ノノは一番重いボールを両手で必死に持ってくる。プルプルする両手が誠一郎の心を不安にさせる。
「そんなボール投げられるのか?」
「フフフ、我の力を見て恐れ慄くがよいぞ」
「おい、何するつもりだ」
「始まってからのお楽しみなのじゃ」
「周りの目もあるんだから変な事するんじゃ……」
知り合いがいないかと誠一郎はあたりを見回すと、視線の先には同じクラスの坂東敏文ばんどうとしふみ、飯田俊いいだしゅん、猿飛涼香さるとびすずか、加藤愛華かとうあいかが4人で楽しそうに遊んでいる。
あいつら! 俺に黙って女の子と遊んでやがる。俺には声一つ掛けられなかったのに……
普段から女の子と遊びたいなど言っていない誠一郎の理不尽で自分勝手な怒りが燃え上がる。今度学校であったら徹底追求してやると固く決意する。
「なにをしておる! 早くプレイするのじゃ」
「お、おぅ。じゃあやるか……」
「まずは誠一郎からやってみせるのじゃ」
誠一郎は先ほど取ってきたボールに指をはめ、レーンの前に立つとなめらかなフォームでレーンへボールを転がす。そして吸い込まれるようにボールはピンへと転がっていき大きな音を鳴らし次々ピンをなぎ倒していく。誠一郎は自慢の白い歯を輝かせるように、わずかに口を開け優越感に浸るような視線をノノに向ける。そして小さく「どやぁ」と呟く。
「ふむ、そうやればよいのか。では我の実力をみせてしんぜよう」
ドヤ顔むなしくノノにスルーされた誠一郎は肩を落としながら返事をする。
「そ……そうか、がんばれ」
ボールを持った瞬間、ノノの顔つきが変わる。握る力が突然増幅したのか僅かにボールにヒビが入る。ノノの体がわずかに膨れ上がり、左足を踏み込んだ瞬間ズシンとボーリング場全体を揺らすほどの衝撃が走る。ノノはボールを大きく振りかぶると
「バンピーラ流格闘術一式!!」
ノノがそう叫ぶと手から重いボールが離されピンに向かって飛んでいく……とんでいく!? ノノの投げたボールは地面に着地する事なく、地面と平行にピンを狙える高さで目にも止まらない速さで飛行する。ボールはピンと更に奥にある機械をズドンと大きな音を鳴らし容赦なく破壊する。
「フッ我どうじゃ我の実力は……」
粉々に粉砕したピンを指差しやり切った顔を誠一郎に向けてくるが、誠一郎にそんな余裕など無かった。もくもくと機械からあがり続ける黒煙、現れる大量の店員達。誠一郎の額に溢れ出る汗がさーっと流れおちる。店員達が誠一郎につめより、どうしたんですか? と声を掛ける。完全にノノのせいであるがそんな事言える訳も無く、苦しい言い訳だがいきなり機械から煙が上がって……何が起こったのか分からないと心にも無い事を伝える。
ボーリング場の店員達は、焦りながら機械の故障申し訳御座いませんと謝罪してくる。完全に勘違いではあるが、助かった。畳み掛けるように、誠一郎はその話に乗っかり、なんとかその場を切り抜け逃げる様にボーリング場を後にした。
「全然ボーリングしてないのじゃ。もっとやりたかったのじゃ」
「あほかー! 機械ぶっ壊しておいて。弁償しなくて良かっただけマシだぞ。緊急事態以外はお前の変な技は禁止だ」
「変な技とはなんじゃ! バンピーラ家で伝えられる由緒正しい技術じゃぞ」
「しるかー!禁止って言えば禁止だ!」
「ブー! ブー!」
「ブーブー言うな!」
家に帰るまで不満を言い続けるノノ。しかし、家につくほんの少し前不意に誠一郎が持つ自分が買った服がノノの視線に入る。朝のファッションショーを思い出す。初めて誠一郎と作った楽しい思い出だ。そんな事を考えていると思わずノノ顔ににへらと笑みが浮かぶ。
怒ったり、笑ったり気紛れな奴だ。ノノの笑顔を見た誠一郎は急に今日起こった事件はどうでも良くなってきた。もしかしたら自分はノノの笑顔を見たくてココまで色々気を利かせているじゃないのか? そう自問自答してしまう。はっ!何を考えているんだ自分は!自らを戒めるように気持ちを切り替える。
そして街を覆うピンク色の花々は二人の新たな門出を祝福するかのように、風にのり舞い散っていく。