1話:宇宙人の来訪
桜が舞い散り通学路をピンク色に染め上げる季節。入学や何やで浮かれ気分が町中に広がっているようだ。そんな中、風を切る様に清水誠一郎しみずせいいちろうは自宅に向かって息を荒げて走っている。彼の表情は何かを楽しみにしているかの様である。その気持ちを表現するかの様に彼が走った後は、地面に落ちた桜の花びらが踊るように舞い上がっている。
新しく中学2年生になったばかりの誠一郎は、授業も早く終わり今日は家で趣味の料理でもしようかと考えている。そんな彼の顔には楽しみだと言う気持ちが自然と表情に出ていて、若干気持ち悪い。元々目つきが悪く不良と誤解されがちな表情をしている誠一郎が、奇妙な笑顔を浮かべてるから仕方が無い事であろう。
もうすぐ家に着く、その気持ちを表現するかのように彼の足取りは軽くなる。パフェの材料が入ったスーパーの袋がゆらゆらと揺れながら大きな音を立てる。
そんな中、ふと違和感を感じた誠一郎は空を少しばかり見上げる。そして彼の視線の先には、土煙を上げる我が家が……
えっ、土煙?
Why? なぜ我が家から土煙が舞い上がっているのか? 先ほどまでの浮かべていた明るい表情を失った誠一郎の歩みは更に速くなる。
そして……
「メテオインパクトしとるやないかーー!」
目の前には変わり果てた誠一郎の家があった。築5年の2階建てである我が家の2階部分は完全に吹っ飛び、元々そんな物があったのだろうかと思わせるほど綺麗さっぱり消えうせている。その代わりといっては何だが1階部分に刺さる様な形で隕石がそこに存在している。
普通隕石が落ちてきたら衝撃で巨大なクレーターが出来るものだが、ピンポイントで誠一郎の家のみが破壊されている。お隣の家は庭を挟んでいるが、それほど遠く無いにも関わらず外壁には傷一つ無い。俺に何か恨みでもあるのか? と言いたげな表情を浮かべる誠一郎はある事に気付く。
「アレ? 開かないのじゃ。さっさと開くのじゃ! このポンコツ!」
隕石の中から少女の声でそう聞こえてきた。そして、まるで鉄の扉を叩くようなガンガン!と言う音が隕石の中から聞こえてくる。これあれだな、絶対中の人いるな。そう確信した誠一郎は隕石がある2階に上り、隕石の状態をよく凝視すると、一本の角材が隕石に突き刺さっている。それを見た誠一郎がドア? が開かない原因を推察するのは容易であった。
中から聞こえてくる少女の罵声はやがて涙声に変わり、「誰でも良いから助けて欲しいのじゃーー」と命乞いのセリフを言う有様である。最初は家を壊した原因であるコイツが泣いている姿を見てざまあ見ろと思っていた誠一郎であったが、涙声をしばらく聞いていると徐々に良心の呵責に苛まれ、どうにかしてやろうと考える。
対処方法は簡単。ただ突き刺さった柱を引っこ抜けば良いだけだ。実際やってみると思った以上に簡単に解決した。柱も引っかかっていただけのようであり、ちょっと力を入れるとぽろっと取れた。そしていよいよ、この宇宙人? との対面だ。徐々に開かれるドアを見て、自然と手に大量の汗が噴き足してくる。
「クハハハ! 愚かなる地球人共、我を助けた事を後悔する事になるのじゃ」
隕石の中から、頭に小さな王冠をのせた金髪美少女が現れた。小学生高学年くらいの見た目である少女は腰まで伸ばしたツインテールをゆらゆらと揺らしながら、誠一郎の方へと一歩、また一歩と近づいてくる。何かラスボスの様な事を言っているが、見た目、目の周りを涙で真っ赤にした幼女なので全く凄みが無い。
「お主、名は何と言う? 我に忠誠を誓うと申すなら特別に褒めて遣わすぞ」
「はっ、この清水誠一郎、誠心誠意尽くさして……ってなんでやねん! お前、俺の家ぶっ壊しておいてその言い草か!」
「我に逆らうと申すか! よいぞいつでもかかって、フゴッ」
その瞬間、誠一郎の右腕から繰り出されるボディーブローが少女のみぞおちに炸裂する。地面にむかってうつ伏せに倒れた少女は顔だけを上げ、目には涙を浮かべる。
「殴った! 殴ったのじゃ! よくもやってくれたな! これでも喰らうのじゃ」
少女がそう言い放つと、少女の涙で汚れた目の周りに、光が収束していく。この先の展開が読めた誠一郎は倒れ伏しているこの少女の頭部を思いっきり踏みつけて視線を地面に向けさせる。傍から見ると目つきの悪いヤンキーが小学生を足蹴にしていると言う、鬼畜の所業ではあるが誠一郎のカンが正しければ……
光の収束が急に収まり、けたたましい音と共に目からビームが発射される。そのビームは2階の床を貫き、地面を溶かす。その後2階の床からは僅かに火の手が上がる。
「熱っ! 熱いのじゃ、目がぁぁぁぁ!」
「自分の技でやられるとは愚かな奴だぜ!お前は強かったのかもしれないが、俺の方が一枚上手だったようだな」
誠一郎はカッコいい表情を浮かべながら、少女に対してそう言ったが下を向いているので全く見えていないという事をこの時、気付いて無かった。
「やばいのじゃ、火が、火が近づいてくるのじゃ。これアカン奴なのじゃ」
「おっと勝利の余韻に浸りすぎて忘れてたぜ」
頭を踏みつけていた足をそっと外すと、まるで跳ねる様に少女は飛びのいた。そして誠一郎は手早く燃え上がる床の火を消し、跳ね起きた少女の方へと視線を移動させる。
「まったく、恐ろしい奴だぜ。地面なんてえぐれてるじゃねえか」
「ひっく、ひっく、お……恐れいったか。これが我の真の力なのじゃ」
「それでまだやるのか? 俺としてはそろそろ諦めてくれればいいのだがな」
「これで我が負けると思ったか? 見くびって困るのだ」
彼女がそのセリフを吐き捨てたその時、お腹の方からグゥーと大きな音が鳴り響く。
「お腹減って力が出ないのじゃ。食い物が欲しいのじゃ」
「燃費悪っ!? ビーム一発でそのザマかよ」
「仕方ないのじゃ。そういう仕様なんじゃから……」
「俺の家を突然ぶっ壊して、俺に襲い掛かった天罰だ! それに、料理しようにも家がぶっ壊れてどうせ出来ねえからな」
「許して欲しいのじゃ! お腹減って我は耐えられないのじゃ。ここに建ってた建築物なら我がグレードアップして立て直すからこの通りなのじゃ」
「分かった、分かった。だがグレードアップはしなくていいぞ」
彼女は潤んだ瞳を輝かせながら誠一郎に向かって懇願する。ここまでしておいて何を言ってるんだと怒り心頭だった誠一郎が、小学生くらいの女の子が泣きながら謝罪する姿を見ていると、俺も甘いなと考えながらカバンに手を突っ込み昼に食べなかった焼きそばパンをこの少女に与える。
「あ……ありがとう……なのじゃ」
「勘違いすんなよ。俺は自分の家を直させる為に与えただけだ。それ食ったらさっさと家を直しやがれ」
彼女は満面の笑みを浮かべ、誠一郎に向かって「うん!」と一言言い放った。この時の笑顔は生涯忘れられないだろうと、誠一郎はそう思えるほどに見惚れてしまった。
彼女が食事を終えると、ついて来い言わんばかりに手招きをする。誠一郎は言われるがまま宇宙船へと入っていく。見た目が隕石の宇宙船であるが、中は機械の塊である。映画で見たような宇宙船の姿がそこにあった。コクピットの様な所に辿りつくと、そこにあるモニターからは誠一郎の家跡地が上空から撮影された映像が写っている。そこで誠一郎は気付く、家から土煙が上がり2階の部分が吹っ飛んでいるのなぜ近所の住人が野次馬に来ないのかと言う事を。
「なあお前、この惨状で何で誰もこないんだ?家から土煙まで上がっているんだぞ」
「お前ではないぞ! 我はアストラル星雲から来たノノ・バンピーラであるぞ!ってまあよいのじゃ。それより、何で近所の地球人どもが気付かないって事じゃったな。それはじゃな、この宇宙船からこの家に対する認識を阻害する電波を送っておったのじゃ。誠一郎が気付いたのはこの家に住むものじゃからだと思うのじゃ」
「そんな電波出してて大丈夫なのか? 体に悪そうだぞ」
「だ、大丈夫じゃ……たぶん」
「それ、絶対大丈夫じゃねえだろ。まあいいや、さっさと直して、その良く分からん電波を止めろよ」
「わかっているのじゃ、ちょっと黙っておれ」
ノノはモニターの前にあるキーボードの様な物をカチカチと操作する。するとモニターには設計図の様な物が現れる。そして作業が終わったのか、誠一郎の方に椅子ごと振り向く。
「これで誠一郎の家は修理が始まるのじゃ。これから面白いものがみられるのじゃ。モニターを見ておれ」
「面白いもの? 期待せずに待っているよ」
するとモニターに誠一郎家跡地が再び移される。宇宙船からガコンガコンと音がし、急に船全体が揺れだす。モニターの宇宙船をみると鉄の足が宇宙船から出ている。さらにアームの様な物が出てきて宇宙船から吐き出された資材をかなりの速度で組み上げていく。誠一郎がボーと眺めている間にいつのまにか家が完成していた。元の家とは似ても似つかない家が……
「ってこれ前と全然ちがうんだが! 何か3階建てになってるし!」
「まあそれは仕方無いのじゃ。誠一郎が住んでおった家のデータなんてないのじゃから」
「まあ、大きくなったんだからいいんだけどさ」
「さあ、家を直したからご飯を作るのじゃ! 我はお腹ペコペコなのじゃ」
「分かった、分かった。材料買ってくるからちょっと待っていろ」
宇宙船から出た誠一郎は、すっかり変わってしまった家を目の当りにして驚愕する。外から見たら普通の家だったが、中は宇宙人仕様と言えば良いのか、ドアは全て自動ドアで、部屋は映画で見た様な近未来の内装であった。ベットなんてボタンで壁から出てくる始末である。部屋に関しての追求は後にしてまずは買い物だと気分を切り替えて誠一郎は近くのスーパーへ向かう。
1時間ほど経った頃だろうか、誠一郎は大きな袋を2つさげて家へと戻ってきた。誠一郎は玄関のドアを開ける音に気付いて奥から現れたノノに案内されて台所へと向かう。そこには最新式と言うか、未来式と言えばいいのだろうか、なぜか音声認識システムが導入された台所だった。誠一郎が包丁と言えば、どこからともなく取りやすい場所に包丁が出てきて、皿と言えば皿を出してくる。洗う物をシンクに入れて一言「洗浄」と言えば、乾燥までやってくれる。突然のハイテク化に戸惑いながらも誠一郎はノノの為に料理を始める。
「うわー! これは何と言う料理なのじゃ!」
「これはオムライスと言う料理だ! フフフ、こう見えても料理は得意だ。おいしいぞ食ってみろ」
ノノはケチャップライスの上に乗っかったフワフワのタマゴにスプーンを入れると、中からトロッと半熟の卵が零れ出す。そしてノノは卵とケチャップライスをスプーンの上にのせ、豪快に頬張る。一口目をじっくり味わいながら食べ終わると、まだまだ食べたいと言わんばかりにガツガツと食べ始め、結構大きかったオムライスをものの5分で食べきってしまった。そして誠一郎が食べかけていたオムライスにまで平らげてしまった。
「おかわりじゃ! 持って参れ!」
「ねえよ。俺の分まで食いやがって」
「ははは、よいではないか。それほど誠一郎の料理が美味しいという事じゃ……」
「まあいいさ、じゃあノノはそろそろ故郷に帰るんだろ? 家も豪華にしてくれたんだ見送りくらいしてやるぞ」
「えっ? 何を言っておる……ここに住むのじゃ。宇宙船が壊れてるんじゃから仕方ないじゃろ。もう宇宙に飛び上がれないからしばらくやっかいになるぞ」
「あれ壊れてたのか? ってココに住むのか? まあ親父やお袋は海外に仕事に行ったっきり戻ってこないから住んでも問題は無いが……」
「じゃあ決まりじゃな! これから宜しく頼むぞ誠一郎」
「ちょっとおい勝手に……もう何でもいいや。俺からも宜しくなノノ」
こうして誠一郎は、図々しくて、泣き虫でちょっぴりカワイイ少女との生活が始まったのである。