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たくさんの方に読んで頂けて嬉しい反面ドッキドキです!笑

王妃の気ままな隠居生活をお楽しみください。

 

 もちろん、王妃にすぐさま恋人または愛人ができたわけではない。



 王妃が住むことになった場所は王宮の最奥に隠れるように建つこじんまりとした石造りの建物で、何世代か前の王から寵愛を受けた魔女が住んでいたという。

 かつては立派に見えただろう石壁には一面に黒っぽい色の蔦が無秩序に絡みつき、今にも年老いた魔女が飛び出してきそうな外観である。


 まずは掃除をしなければならないわね、と意気込んで中に入った王妃は拍子抜けした。


 おどろおどろしい外見とは程遠く中は小綺麗に整えられていた。

 これまで王妃が暮らしていた部屋には劣るものの一目で丁寧な作りだと分かる家具たちは王妃の趣味に合うものばかりだった。

 ここまで案内をしてくれた者の説明によると、王が掃除を命じ、家具も王が自らひとつひとつ選んだものだと言う。


 愛していないけれど嫌われてはいないということかしら、それとも餞別かしら、と王妃は首を傾げた。



 王妃が最初に取り掛かることになったのは、建物の前に広がる庭園の整備である。

 かつての主人である魔女はこの広大な庭園で薬草や色とりどりの薔薇を育てていたという。


 育てる者の居なくなった庭園は荒れ放題で、伸び切って密林のようになった雑草と、色付く前に萎れてしまったような薔薇たちが棘で身を守り寄せ合って生き残るだけの状態だった。

 とりあえず薔薇は放置することにし、様々な薬草が植えられていたと思われる場所の雑草を引っこ抜いて土を掘り起こした。



 土いじりはまだ王妃が嫁いで来る前のこと、母国にいた頃好んで行っていた趣味のひとつだった。


 妹姫に眉を顰められても母に窘められてもやめることは出来ず、ドレスの裾を泥だらけにしながら庭師の爺に教えを乞うた。

 ついには母も諦めて、庭仕事用のズボンや長靴をくれたのだった。

 幼い少女だった日を懐かしく思い出しながら、王妃はせっせと草を毟っていく。


 1日では終わらず何日もかけて、雑草の生えていない、掘り起こした真新しい柔らかな土で覆われた地面をやっとの思いで作りあげた時、王妃の青い目に熱いものが込み上げてきた。


 その空間は決して広くはない。広すぎる庭園のほんの一部分だった。けれども今の王妃には十分な広さだった。

 ここは自分の力だけで作り出した、自分だけの庭なのだと。

 王妃はやっと、この国に嫁いで来た10代の頃から錆びついていた時がゆっくりと動き始めたのを感じたのだった。




 王妃の新たな生活は始まった。


 たった1人で生活することになったので、庭園ばかりに構っているわけにはいかない。

 料理や洗濯、掃除。

 料理に関しては、お菓子作りが嫁いでからの王妃の趣味の一つとなっていたので、教本を見ながら慣れない手つきながらも朝昼晩の食事を作ることが出来た。

 掃除も掃き掃除と雑巾で床を拭くくらいならやれた。

 一番戸惑ったのが洗濯だった。

 生まれながらの王族である王妃は当然の事ながらこれまで自分の着物を洗濯したことは無く、クローゼットに入っていた着るものが1着になってからやっと、洗濯するということを思い出したほどである。

 こんもりと溜まった服の山を前にさてどうしたものかしらと悩んだ王妃だったが、園芸用の道具が仕舞われていた倉庫に大きな木桶が置いてあったのを思い出し、なんとか洗濯もこなすことができた。といっても加減が分からず、2、3枚ほど薄い下着をボロボロにしたり、普段着のドレスをごわつかせてしまったりしたのだが。



 最初の日はたった1人で眠ることに違和感を覚えた王妃だが、それも日々の疲れでぐっすり眠れるようになって、いつしか気にしなくなっていた。


 何年かぶりに見た朝日に感動して、1人でも案外生きていける自分に驚くと同時に、少女の頃に戻ったかのような、根拠はないけれど満ち溢れてくる気持ちの良い自信に口元を緩ませた。




 充実した日々を送っていた王妃の元に初めての客人が訪れた。


 柔らかそうな亜麻色の髪はあの日よりも少し伸び、大人びた風に見える青年の思いがけない来訪に、王妃はとても驚いて持っていた如雨露を落っことしてしまった。


 『お久しぶりでございます、王妃様。といっても私のことは覚えていらっしゃらないかもしれませんが……』


 『いいえ…いいえ!覚えているわ!なんでまた、こんなところに?』

 『昨年まで留学生としてこの国に滞在していたのですが、先月から正式にこの国の王立薬学研究所で勤務することになりまして。王妃様の現在のお住まいにかの有名な【薔薇の魔女】が作った庭園があると聞いたので、よろしければ見学させて頂けないかと思った次第です』

 『まあ!もちろんよくってよ!

 あぁでも…わたくしが少し弄ってしまったし、それに残っているものも見ての通り荒れ果ててしまっているから、あなたのご期待には添えないかもしれませんけれど…』

 『構いませんよ。魔女が貴重な薬草も育てていたと文献で読んだので、種子などが残っていないか確認したいのです。それにしても、王妃様がおひとりでこの庭園の管理をなされるとは……驚きました』

 『昔からの趣味なの。でもまだまだ手間取ることが多いのよ。……さて、お客様ならきちんともてなさなくてはね!あっ、ごめんなさい、貴方のお名前を伺ってもよろしくて?』


 『フェルナンと申します』



********************



 ふふふ、と突然堪えきれずといった調子で小さく笑い声を零した王妃にフェルナンは首を傾げた。


 今、2人は手と手を取り合っている。


 側に人が居れば、秘密の恋人同士の甘い交流だと噂ばなしを囁かれそうなものだが、フェルナンが王妃の手を取っているのは、切り傷や乾燥で痛々しい王妃の手に丁寧に薬を塗り込んでいるからだった。

 くすぐったかったのだろうかと青年が手の動きを止めると、急にごめんなさいね、と王妃がくすくす笑った。


 「あなたとの馴れ初めを思い出していたの」


 フェルナンは思わず憮然とした表情になってしまった。

 それを見てさらに王妃は楽しそうに笑う。


 「ひどい人だ!それで思い出し笑いをされたというのですか?」

 「だって……あなたの、母国に送った筈だった報告書を手にしたわたくしを見た時の、『やっちまった!』って青褪めた顔!」

 「『やっちまった』なんて言葉はどこで覚えてくるんです?!

 それと、出来れば、今すぐに!忘れて頂きたいです!」

 「申し訳ないけれど、しわしわのお婆さんになってもきっと忘れられないわ!」


 ますます青年の眉間に皺が寄ったが王妃の手をさする手は優しい。

 目元に薄っすらと朱がさしたのをみとめて、この可愛い恋人を愛おしく思う王妃だった。


 「わたくしは、あなたが報告書を送り間違えてくれて本当に良かったわ。

 だってあなたのような将来有望で『イケメン』な若者に恋人になって、なんて脅しでも言わなきゃなってもらえないものね」

 「……それは、そんな、私だってあなたが私を恋人にしてくださったことは身に余る程の幸運だったと思っていますよ。

 それにあなたは脅してなんかいない。棒のように立ち尽くしていた私を無罪放免にしようとなさったではありませんか。それでは申し訳が立たないからと詰め寄った私に交換条件として提案してくださっただけで」


 言い募るフェルナンを見て王妃は微笑む。この若者は一見すると軟派と言われてしまいそうなほど耳に優しく甘い言葉を流暢に言葉にするが、根はとても真面目なのだ。


 「恐らく陛下は、あなたが隣国の諜報員であることを知ってらっしゃると思うし、とんでもない機密情報が漏れない限りは見逃して下さると思うわよ。

 ここ百数十年ほどは平和なご時世ですもの、諜報員の皆さんのお仕事って噂話や流行りもの集めのようなものでしょう?この国からもあなたの国に諜報員は出向いているでしょうし。

 あなたの書いた報告書は、とある伯爵家の次男坊が6股疑惑だとか王宮ではりんご酢が再ブームになってるだとか、社交界で少し話題になったくらいのことしか書かれていなかったから驚いたくらいよ」


 王妃はここで言葉を切り、紅茶を一口含んでから、まだ何か言いたげなフェルナンを見てふふっと笑った。


 「わたくしの悪口か何かが書かれていたら、近衛に引き渡したかもしれないけれど。『誰それが王妃の愛人になりたがっている』って数名ほど挙げてくれていたからナシよ。こんなわたくしでも相手をしてくださるかもしれない方がいらっしゃるのね、ってちょっと嬉しかったもの。

 あの時は、わたくしがあなたの秘密を誰にも言わない代わりに恋人になってくれる、って言うからすっかり忘れていたけれど、詳しく聞いておけばよかったわ。名前までは覚えていませんの」


 王妃がいかにも残念そうな口ぶりで笑うと、フェルナンの過去の失敗と醜態を思い出したことによる落ち込んだ空気は緩んだが、たおやかな王妃の手を包んでいたままだった彼の手がわずかに強まった。


 「それでも私は、あなたに情けない姿を見せてしまったことをずっと恥じて生きていくことになると思います。それにあなたの恋人になるきっかけがあのような形だったことも。

 その恋人立候補者の中に、私も入っていたのです。あなたともっと親しくなって、機会を伺ってあなたに乞うつもりだった」


 王妃を見つめるフェルナンの視線が徐々に熱を帯びたものへと変わっていく。


 「私をあなたの恋人にしてください、と」


 細い手首にそっと滑らせてきた青年の指は火傷してしまいそうなほどにしっとりと熱い。

 王妃はもう何度思うか分からないが、この人の顔はなんて美しいの、と感嘆の吐息を洩らした。


 甘く、しかし張りつめた空気が漂っていたはずの空間は、王妃のおっとりとした声で霧散した。



 「あら、そうだったの?」


 フェルナンの王妃を掴む手が緩む。


 「あなたにばかりおばさんの相手をしてもらうのは申し訳ないから、もう2~3人恋人になって頂ける方を募集しようかと思っていたけれど、あなたがそう言うのなら、必要はないかしらね?」


 王妃が実際の年齢を感じさせない若々しさで心底楽しそうに笑うものだから、フェルナンは苦笑を返した。

 この高貴な恋人の心を幾度となく望んでも、青年の元へ降りてきたことは今までに一度もないのだ。



 「それにしても、あなたの国の上司は驚いたでしょうね!裏のお仕事の報告書ではなく、ミートパイのレシピが届いて!」 

 「ははは、後で上司からこってり絞られましたよ。『細心の注意を払って情報は扱うように』それと、『ミートパイは母親か恋人にでも作ってもらいなさい』ってね」

 「ふふふ。では、今度わたくしがあなたに作ってさしあげるわ。今ではすっかりわたくしの得意料理の1つになっているの。リジーなんておいしいおいしい、って言って、三切れも食べてくれて」


 目をキラキラさせていた末娘と、頬にパイ生地の欠片をくっつけておいしそうに頬張っていた次男の様子を思い出した王妃は嬉しそうに笑った。


 王妃がここでの生活を始めてから変化したことの一つが、子供たちとの交流が増えたことだった。

 一人暮らしに慣れた頃に長男や長女が不自由はないかと訪れるようになり、少しの間だがお茶の時間を共に楽しむようになった。

 やがて剣の稽古から逃げてきたのだと気まずそうに次男が、恥ずかしがり屋の末娘は姉王女に連れられてやって来た。贈り物だという王妃の似顔絵を持って。



 フェルナンに向けているのとは違う表情を見せる王妃に、彼は微笑みを返した。


 そっと王妃の手を離し、

 開けていた塗り薬の瓶に蓋をする。



 「末の王女殿下がそんなにお好きだとは、本当に得意料理なのですね、楽しみです」

 「あら?言い方に含みがなくって?わたくしが苦手だったのは紅茶を淹れることくらいよ!」

 「いやぁ、あの紅茶の味は一度飲んだら忘れられない味だったものですから。でも、王妃様の作られるお菓子はおいしいですからね。期待しています」

 「まだ疑ってらっしゃるわね?もう、きっと『ぎゃふんと言わせてやる』んだから!」

 「……だから、そのような市井の言葉はどちらで覚えてこられるんです?」




長くなったので切ります…!

次話はこの場面の続きからです。


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