アイカの戸惑い
編集版です。
「それで、アイカ“さん”はわざわざコウダイのお見送りですか?」
「一々嫌味なやつね……。違うわよ、あたしもこの旅に同行するのよ」
「はあ!? なんでお前まで連れてかないといかんのだ!?」
冗談じゃない。ただでさえ疲れる旅だって言うのに、こんなやつがいたんじゃ疲労が何倍にも膨れ上がるじゃないか。妹一人だけでも面倒なことになってるんだぞこっちは。
「それはもちろん、コウダイに変な虫がつかない様に監視するためよ」
「個人的な事情じゃねえか! 駄目だ駄目だ。命の危険だってあるんだ。一般人を入れる訳にはいかないんだよ」
「そうだよアイカ。それに、君は私を信用できないのか? 私がその辺の女になびくと思われているのなら、それは大変心外だよ……」
しょんぼりするコウダイ。なに本気で落ち込んでんだよ……。
「ウソウソ! 冗談よコウダイ! 本当は、こいつのことを見張ろうと思ったのよ」
アイカはなぜか俺のことを指さしている。意味が分からなかった。俺がこのバカ女に監視される理由が見当たらないのだが。
「なぜ俺を監視する必要がある?」
「あんたがイズミを酷い目に合わせていないかチェックするために決まってるじゃない! イズミはまだ年端もいかない女の子なの。口では大層なこと言ってるけど、本当はまだ何も分かっていないのよ。そんな純粋な女の子を汚す様な真似をあんたがしでかさないか、見張らないといけないと思ってね」
こいつは全然懲りてないな……。俺がロリコンに見えるのか? それならば非常に心外だ。むしろ襲われそうなのは俺の方なのだが……。
その後も付いてくると言い張るアイカをコウダイが必死に説得していたが、決意は固いのか、彼女は全く折れる気配がなかった。
時間も迫ってるし、いい加減にして欲しいんだがな……。
「ユーリ様」
「なんだよ?」
「姉はあれでもかなりの腕を持つ魔導師です。確かに冷静さを欠いて無鉄砲な戦い方をすることもありますが、基本的には優秀な人なんです。きっとこの旅でも活躍してくれると思いますよ」
イズミにそんなことを言われてしまったら、もう結論は一つしかない。
俺は思わず大きく溜息をついた。別に女の尻に敷かれるタイプじゃなかったと思うんだがな……。
「おい、アイカ“さん”」
「わざとらしく『さん』付けないでよ!」
「うるせえな。おい、特別に旅の同行を認めてやる」
「え、ホント?」
アイカは子供の様に嬉しそうな顔をする。
「ああ。だが俺が使えないと判断したら即刻セオグラードに送り返すからな。戦力であること。それがこの旅にお前が同行できる条件だ。あとこの前みたいな騒動を起こしても即刻サヨナラだからな」
「わ、分かってるわよ! あたしだって、あれは、申し訳なかったと思ってるし……」
あれ? もしかして反省してたのか。まああれだけ泣きべそかいて反省していないならそれこそ救いようがない訳だが。
「それにしても、お前そんなに妹のことが心配なのか? 正直なところ、あいつはお前よりもよっぽどしっかりしていると思うのだが」
俺はアイカと並んで歩きながら尋ねた。
「ホント失礼ねあんた」
お互い様だろ。
「確かにあの子はしっかりしている。でも心配なのよ。あの子って、時々頑張りすぎちゃうことがあるから、誰かが肩の力を抜いてあげないといけないのよ」
そう言うアイカの顔を、俺は初めて姉貴らしいと思った。
「そうか」
思わず声のトーンが柔らかくなった気がした。
「あいつは、昔からあんな感じなのか?」
「そうね。あの子は今も強いけど、昔だって今にも負けないくらい……」
突然、アイカの言葉が途切れ、足も止まった。
数歩先に進んだ俺が振り返る。
アイカは、なんとも表現しにくい、不思議な表情を浮かべていた。まるで本人ですら、自分を理解できないとでも言いたげな顔だ。
「どうした? 牧草でも食いたくなったのか? この牛女が」
「………………え? な、なに?」
「? ボウッとしている場合じゃないぞ。そろそろ出発の時間だ。ついてくるならさっさと支度しろ。遅れたら置いてくからな」
「ええ!? ちょ、ちょっとくらい待ってよね! ちょっと、お手洗いに行きたいから……」
「そうか。じゃあな」
「あんたってホント意地悪ね!」
「冗談だっての……」
旅の行く末がとにかく不安な俺(勇者)なのであった。