イズミ・かかあ天下?
「これが模擬戦での怪我ですか……?」
イズミは呆れ顔でカズホの治療にあたっている。
イズミはいつも通りローブに身を包み、右手には先端に花を模ったクリスタルがついた小さなロッド・ローゼンロートで治癒魔術を行使している。
「今こんな有様で無事旅は行えるんでしょうかね……? わたしのヒールにも限度がありますよ」
「じ、実力を計るためだ……。多少の怪我はやむを得ない」
「こうなった一因は勇者様にもあると、他の方からは聞きましたが……」
「オレハゼンゼンシリマセン」
「わたしの目を見て言ってください勇者様。まさかわたしのローゼンロートが、もう役に立ってしまうとは思いませんでしたよ」
確かに俺が戦いに割り込んだ形になってしまったのは問題があった。だが、直接殴ったのは俺じゃなくてミナトだ。模擬戦でもあいつは全然容赦がなかった。
「やりすぎ、た……?」
「なんで疑問形なんだよ!? 明らかにやり過ぎだ。打ちどころ悪かったら死んでたぞ……」
「すみま、せん……」
「あ、ああ、もう……」
俺もコウダイも、ミナトがあんな調子だから怒るに怒れなかった。あの様子だとやはり、あの子は仲間という意識が薄いのだろうな。まあ、カズホを仲間だと認識できる人間がどれほどいるかは俺もよく分からないが。
「それよりもイズミ、どうして君はここにいるんだ?」
分かっていることだが、念のために一応聞いておく。できれば昨日のことは夢であってほしいくらいなのだから。
「あなたの妻として、旅に同行するからに決まっているじゃないですか? 確かに急な話でしたのでまだ婚礼の儀は挙げてはいませんが、市長が要請し、あの場であなたはそれを受理されました。よってわたしたちは正式な夫婦になったと言っても何ら差し支えない状態なのですから」
そう言えばそうでした……。あの場を収めるためとはいえ、随分と面倒なことを引き受けてしまったな、俺……。
イズミは確かに可愛らしい外見をしているが、やはり子供には変わりがない。俺がこの子に手を出すのは、なんというか犯罪的でいけない。
俺の身長がなまじ180近くあるせいか、150センチに満たないイズミとでは本当に親子ほどの差があるのだ。どっかの芸能人カップルじゃないが、これほどの格差婚はあまり例がないんじゃないだろうか。
「お前を妻にするのは……約束だからな、それは守るよ。身の回りのことも色々とやってもらいたいしな。だが俺は、お前と恋人同士になるつもりはないからな。お前が何を望もうが、お前はまだ子供だ。俺は子供に手を出す真似はしない」
「わ、わたしはもう充分立派な女です! 戦国時代なら世継ぎを産んでもおかしくない年齢です!」
「今は戦国時代じゃない! ってかなんでお前は日本の戦国時代を知ってんだよ!?」
「え? ……い、いや、異世界のことは学校でもそれなりに学ぶものですからね。だからわたしだって、それくらいは知ってますよ!」
この世界じゃ世界史で俺たちの世界のことを学ぶのか。なんだか変な感覚だな。って、そんな話はどうでもいい。
「お前さ、そもそもどうして俺の妻になりたいんだよ……?」
昨日は聞きそびれたことを改めて尋ねてみる。俺とこの子が出会ったのが昨日。たった一度、あの子を助け、一緒にセオグラード観光をしただけだ。なのに、なんでいきなり妻だのなんだのと言い寄られなければならないのか?
「一目ぼれ、という理由では駄目でしょうか……?」
「そんなこと上目遣いで聞かれても俺は困るのだが……」
「勇者様はどうやら照れていらっしゃいますね」
「照れてねえ! ってかさっきから勇者様勇者様って堅苦しいな。お前は俺の妻なんだろ? だったら俺のことは堂々と名前で呼べばいいだろ」
俺がそう言うと、彼女は心底驚いたような表情を浮かべる。
「な、なんだよ? 俺変なこと言ったか?」
「い、いえ、まさかあなたからそう言っていただけるとは、思ってもいなかったものですから……」
「そうか? でも俺はコウダイには名前で呼ばせてるぞ。だから別に気にすることはないんじゃないか?」
「……わたしが、初めてではないんですね……」
「だから! なんで泣きそうな顔になってんだよ! いいだろ! お前が女では初なんだから!」
本当にテンションの起伏が激しい子だ。らしくもないツッコミを連発してしまう……。いやなんかもうツッコミ気質の俺も珍しくない気がしてきた……。
「そ、そうですね! 分かりました、プラスに考えることにします、ユーリ様!」
「お、おう……」
イズミは満面の笑みを俺に向ける。それは一切の曇りのない、眩しすぎる笑顔だった。
「それで、ユーリ様、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「な、なんだ?」
どんな突飛な発言が飛び出すか分からないので思わず身構える俺(一応これでも勇者)。
「あちらに、わたしの姉がいるようなのですが、姉もこの旅に同行することになったのでしょうか?」
「は? 俺はそんな許可出した覚えはないぞ」
見ると、確かにあのバカ乳女の姿が向こうにあった。しかもあの師団長・コウダイと仲睦まじく話をしているようだった。
俺は睨みを利かせながらあの女の元へと向かう。俺が近づくと、あの女はあからさまに嫌そうな表情を顔に浮かべた。
「おい、お前」
「お前じゃなくて、アイカよ!」
「煩いやつだ。アイカ“さん”よ、どうしてこんなところにいやがるんですか?」
俺は嫌みたっぷりに「さん」付けしてやる。
「ああ、申し訳ないユーリ」
すると隣にいたコウダイが、予想外の返答を寄越した。
「実は彼女、私の許嫁なんだ。心配して旅の見送りに来てくれた所でね」
「だからってこんなところまで…………ん? ちょ、ちょっと申し訳ない。今、なんと言ったのか、もう一度聞いてもいいだろうか?」
聞き間違いだろうか。いやむしろ聞き間違いであってほしい。なんで、どうして、よりにもよって、そんなことがあるのだろうか? いやある訳ない!
思わず反語を使うくらい動揺している俺はコウダイではなく、アイカの返答を待つ。
俺の動揺を悟ってか、アイカは憎らしげな笑顔を浮かべて、あらためてこう宣言した。
「あたし、アイカは、アルカディア騎士団第二師団師団長コウダイ様の許婚であり、永遠の愛を誓い合った仲なのよ!」
まるでハンマーで殴られたかのような衝撃が俺の中を走り抜けた。
「冗談はその破廉恥な恰好だけにしろよ」
「冗談じゃないわよ! 本当にあたしはこの方の許婚なのよ!」
「コウダイ、これは何かの間違いでは……?」
俺は藁をもつかむ思いで尋ねる。
「いや、確かに彼女は私の許婚だ。私は彼女を愛している。だから、彼女が言っていることは全て合っているよ」
コウダイは実に爽やかな笑顔でサラッとそんなことを言いやがった。
だが俺にはやはり理解出来なかった。コウダイの様に将来有望なイケメン将校が、どうしてこんな破廉恥女を愛したりするのだろうか? 誰がどう見たって釣り合わないだろこれは……。いや、美男美女なのは認めるけどさ、人って顔じゃないじゃない? うん、俺は一体誰に語りかけているんだろうか……。
「あたしたち、ラブラブなんだからね!」
ラブラブなんて言葉をこいつが言うと心の底から殺意が湧いてくる。
「いやぁ、ははは」
満更でもなさそうなコウダイにも腹が立つ。
「アイカ“さん”のどこに惚れたんですか?」
俺は嫌そうな顔を全く隠すことなく尋ねる。
「優しくて、明るいところかな。彼女と一緒にいると、元気が湧いてくるんだ」
即答じゃねえか。おい、そこイチャつくんじゃない。ああ、なんなんだよこいつら……。
「ま、童貞には分からないと思うけどね」
「黙れ殴るぞ」
「こらアイカ、失礼なことを言うもんじゃない!」
いいぞコウダイ。そのまま許婚を叱ってやれ。
「ユーリもまだ年若いんだ、そういう経験はこれからいくらでも積んでいけるさ」
「やっぱりてめえも腹立つ!」