ヒルデブラントの変わり種
編集版です。
騎士団員の紹介があらかた終わり、今度は精鋭部隊・ヒルデブラントのメンバーとの顔合わせとなった。
広場には例の騎士団第二師団長コウダイと、俺が選んだ10名のヒルデブラントのメンバーがおり、各々が俺に向かって敬礼をしている。
俺は彼らの顔を一人一人吟味するように見定めながら、広場の中央へと歩いていく。
色黒で体格の良い者、体力はなさそうだが頭脳は期待できそうな者、女性ながらもその辺の野郎に負けないという勇ましい表情を浮かべている者など様々な人間がそこにはいた。写真で見た通り、どうやら少数ながらもキャストに富んだ布陣となっているようだったので俺はひとまず安堵した。
だが、そんな中でも俺が気になっているのは、そういったやる気に満ち溢れているメンバーの方ではなかった。
俺は彼らの内、左の端に立っている2人の人物に視線を移す。1人は男。名前をカズホという。彼の容姿は中性的であり、一見すると女性に間違ってしまうほど華奢な体格の持ち主でもある。また、彼はなぜかさっきからずっと不機嫌そうに俺のことを見つめていて、俺が目を合わせてもその視線は全くブレることがなかった。なぜか敵意を向けられているが、その理由は検討もつかなかった。
そして変わり種はもう1人。
水に濡れた様に煌めく黒くて長い髪の毛。精巧に作られた人形の様に美しいかんばせ。そしてあまり度の強くなさそうな眼鏡。
イズミやアイカとはまた少し違う、慎ましやかな印象を受ける美少女の名前はミナトという。だが姿はとても美しいのに、その表情は哀しみや寂しさといった感情を孕んでいる、俺にはそう思えてならなかった。
写真を一目見た時から、俺はこの少女に何かを感じていた。直感的に琴線に触れるものがあったのだ。
互いに自己紹介を手短に済ますと、コウダイが言った。
「早速だが、今日は君たちに模擬戦を行ってもらう。勇者様に君たちの実力を知っていただく絶好の機会だ。存分に自分の実力を発揮してもらいたい!」
「「はいッッ!」」
威勢の良い返答。だが、やはり左端の2人は反応が薄い。というか男の方は相変わらずずっと俺のことを無言で睨んでいる。
おいおい、確かに変わり種を選んだつもりだが、まさか「そっち」ってことはないよな……?
コウダイも恐らく俺と同じ2人を見ていたのだろう。彼は2人に向かって、 「そこの2人! 声が小さい! もっと気合を入れていけ!」と、一喝した。
「はい」「は、はい……」
そんなどうにも気合の載りきらない2人の返答に、コウダイが頭を抱えたのは言うまでもない。
さっきも言った通りヒルデブラントのメンバーは全部で10人。総当たり形式にする必要はないということで、全部で5回試合が行われる事となった。
剣士や、魔術師、狙撃主など様々なスキルの人間が高い技術を披露し、模擬戦といえども見応えのある試合が続いた。コウダイは彼らの活躍に僅かながらに笑みを漏らした。彼らを見るコウダイの目は、何と言うか、子供の成長を喜ぶ父親の様なそんな雰囲気があった。噂通りの男だ。このメンバーを使いこなすにはやはり彼の力が不可欠だ。
4戦目が終わり、次が最終試合となった。対戦カードはなんとあの変わり種2人であった。
「ユーリ、君はどうやらあの2人に随分とご執心の様だな」
「ああ。あの2人は面白い。あの2人がどこまで化けるかで、ヒルデブラントの戦力も大きく変わってくるだろうな」
「随分と評価しているんだな。だが、あの2人は本当に協調性がないぞ。私は今年で騎士団は5年目だが、ああいう手合いは見たことがない……」
「そこを何とかするのがあなたの役割だ。コウダイなら、あれぐらい操縦するのは容易いだろ?」
「随分と買って頂いているようで恐縮だ。まあ、それはいい。今はとにかく彼らの力を存分に見てやってくれ」
レフェリーの合図で試合が始まる。試合の勝ち負けはレフェリーの判断に一任される。片方がギブアップするか、レフェリーが危険だと判断した場合試合は終了する。
「ハインリッヒ!」
まず仕掛けたのはカズホだった。彼は魔術で銃を手に出現させると、連続で魔力弾をミナトに撃ちこんでいく。それに対しミナトは、同じく手の中に巨大なハンマー・シャリオヴァルトを出現させ、カズホの放った魔力弾を軽々と弾き返していく!
――シュッッ!
弾き返された弾丸がカズホの頬をかすめる。さながらピッチャー返しだ。撃ちこんだ時よりも打ち返された時の方がスピードが上のような気がしたのは間違いではあるまい。恐ろしいパワーだ。
カズホも弾丸は様子見で放ったのだろうが、まさかいきなりプロ野球選手もビックリのライナーを打ち込まれるとは思っていなかっただろうから、随分と面喰っている様だった。
「チッ!」
それでようやくスイッチが入ったのか、彼はフィールド内を縦横無尽に走りだした。ハンマーを持つ相手に近づかれでもしたら狙撃手はとてもではないが対応できない。
「グレイズ・クーゲル!」
彼がそう叫ぶと、彼はハインリッヒを発砲する。だが、その時彼の持つハンドガンの銃口はミナトには向いていなかった。彼はそれを、空中に向かって撃ち出したのだった。
光弾が撃ちあげられる。そして20メートルくらい上がった所で、それは炸裂した!
花火の様に弾丸が弾け、そこから四散した小さな光弾が雨の様にミナトに降り注いでいく。そのスピードは先程の比ではない。光速の弾丸が容赦なく彼女を襲う。
地面で迎え撃つミナト。彼女はそれらをキッと睨みつけ、ハンマーを振った。だが、シャリオヴァルトの軌道に入る直前、光弾は軌道を変えハンマーは空を切ってしまう。
「まさか、あれを全部操作しているのか? あいつ、なかなかやるな」
あれほど大量の弾丸を操作するとなると、とんでもない集中力と魔力が必要だ。実際カズホの息は少しずつ上がってきているが、彼は躊躇うことなく攻撃を続ける。これで一気に決めるつもりか。彼のそんな意図が見えてくる。
振っては避けられ、そう思うとまた次の光弾がやってくる。空振ればそれだけ体力は消費する。しかも打ち返せないという事実だけでもイライラは相当なもののはずだ。
それでも、ミナトの表情にはあまり変化がない。疲労の色が見えても、構わずハンマーを振り続ける。
しかし、次の瞬間、
「あっ!」
光弾の動きが一瞬鈍り、それを逃さずミナトが打ち返す。しかしその弾丸はシャリオヴァルトの縁に当たり、なんと俺を目がけて飛んできたのだ!
膠着状態の中で起きた突然の出来事に隣のコウダイも一瞬動きが遅れ、俺の元へは間に合わない。
ならば俺が取る選択は1つだ。俺は素早くテオドゥルフを抜き、そして、
「はあッッ!」
思いきり光弾を弾き返した!
弾丸は真っすぐカズホへと向かう。予想外のできごとに彼は弾丸を避けることしかできない。まさか彼も俺が弾丸を打ち返してくるとは夢にも思っていなかっただろう。だが、実戦においては予想外の出来事など当たり前のようにやってくる。むしろ、予想外こそが本当の戦いというものだ。それに対応出来ないと言うのなら、その時はその程度でしかなかったと諦めるしかあるまい。
「チェックだ」
ミナトがシャリオヴァルトを振りかぶったままカズホの元へと走り寄り、そして、
「ぶへええええ!」
彼を思いきり殴り飛ばしたのだった。
……いや、そんなんで殴ったらヤバくない!?