異世界のハローワーク
今日はシュタールモントアインス、十六日。日本で言えばだいたい七月の中頃くらいだ。なぜかこの世界は月が十四もあって、一カ月がだいたい二十五日くらいある。
今日、俺は勇者としてこのセオグラードを旅立つことになっている。旅に同行するのは、アルカディア騎士団第二師団と俺と市長が選んだ民間の精鋭部隊だ。
ちなみに第一師団はここセオグラードの守りを任されていて、ここを留守にすることはできない。第三師団は、先の作戦で魔物の襲撃を受け壊滅状態となっており、現在も立て直しには至っていない。残る第四から第七までの師団は、全て城壁の守りを任されており、やはり旅に同行することはできない。
精鋭部隊を集めるに当たり、俺は市長から提示されたリストを参考に人選を行った。リストを見て気付いたことだが、彼らにはある一つの共通点があった。
「出身が東京都練馬区、練馬北高校出身、十六歳、男、特技はPCのプログラミング……。こっちは、出身が宮城県仙台市出身、仙台育成高校出身で元土木作業員、二十一歳、男、特技は野球で、甲子園に出場した経験あり……」
全員、俺と同じ現実世界の出身だったのだ。
「市長、これはどういうことですか?」
「我々アルカディア政府は、異世界からやって来た方々に積極的な就職支援をすることを国策としています。用意しているのは主に、市役所、学校の教員、農場などの一般的な働き口から、競馬の騎手や、武器屋の店主、役者に楽団員、そして騎士団への入団など、様々な種類の仕事を用意しています。もちろん、勉強をしたいという方には、学校の入学手続きをさせていただいております」
それはまさに異世界のハローワークだった。俺はてっきり、現実世界からこっちに来たやつは仕事なんてせずに遊んで暮らしているものだとばかり思っていたが、どこの世界でも生きることはそんなに甘いものではないようだ。
「そんなに皆、働きたがるものなのですか?」
誰だって理想郷に来てまで仕事をしたいなんて思わないのではないだろうか? 俺の疑問に対し、市長はこう答えた。
「確かに、初めは難色を示す方もいらっしゃいますが、いざ働きだすと、結構活き活きと仕事をされる方がほとんどですね。恐らく、自分に合った仕事を選べるのがいいのだと思います」
なるほど、確かに好きなことができるなら仕事にも熱が入るというものだ。それに、こちらの人間は、俺たちの世界の人間よりも温厚な人ばかりだ(その様にプログラミングされているのだろうが)。これなら、現実に疲れ切った人間たちも、伸び伸びと暮らしていけるのかもしれないな。
この世界の制作者は、日々を楽しく健やかに生きられる世界を用意し、尚且つ過度に堕落した人間は生み出さないシステムを確立させたようだ。これを理想郷と言わずして何と言う。アルカディアがあれほどまでに流行の兆しを見せた理由もよく分かるというものだ。
それにしても、現実世界に嫌気がさしてこの世界に逃げてきた人間が、魔物と戦い、場合によっては命を落としかねない精鋭部隊の一員として機能するものなのだろうか?
俺が尋ねると、市長は自信を覗かせた。
「それは心配いりません。異世界からやってきた人間がこの世界に来た時、何かしらの能力に目覚めることは勇者殿も御存じだと思います。その中でもあなた方の世界からやって来る人間には、高能力の魔術に目覚める者が多くいるのです。ここにリストアップされている人間は、どれも上位の魔導師候補ばかりなのです。それに彼らにはやる気もあります。やる気があるからこそ、名乗りを上げている訳ですしね」
俺は顔写真付きのリストを並べ、眺めてみた。確かに、志望理由も顔写真もやる気に満ち溢れているものばかりだ。
確かに戦力にはなるのかもしれないと、俺は思った。
そしてその中でも特に気になった二人をピックアップしてみた。
「これは、随分と偏った人選ですね……」
写真とプロフィールを見て、市長が少し呆れたような声をあげた。恐らく、市長もこの二人は制度上仕方なくリストの中に入れおいた程度で、本当に俺が選ぶとは微塵も思っていなかったに違いない。
「こういう変わり種の方が、大きく化けてくれるものですよ」
俺の言葉に、初めは難色を示していた市長の態度が軟化した。
「そ、そうですね。勇者殿が選ばれた人達です。きっと、我々の救世主となってくれることでしょう」
市長は手を組み、祈りを捧げた。
そして俺は市長と残りのメンバーを選んだ。全部で十名の精鋭「ヒルデブラント」のメンバーがそこで確定したのだった。
「勇者殿!」
青い軍服を身に付けた金髪の若い男がこちらに近づいてくる。彼はアルカディア騎士団第二師団師団長で、この旅に同行する騎士団のリーダーを務めている。
「師団長。この度は我が旅への同行、誠に感謝いたします」
俺は恭しく頭を下げる。
「勇者殿、頭を上げてください! 今回の旅は、アルカディアの存亡がかかった一世一代の行軍です。我々が同行しない理由がありません! むしろ、我が世界を救う救世主として参上されたあなたにこそ、我々は敬意を表さなければなりません」
師団長は俺同様深々と頭を下げた。彼は腰に大きな剣を差している。それは俺のテオドゥルフよりも一回り大きかった。そして体格も良く、身長も百八十はある俺よりも大きい。何から何までスケールが大きい人物だ。
それだけでない。今ので分かる通り、彼は若くして出世頭であるにも関わらずとにかく物腰が低いのだ。俺は当然のこと、他の部下に対しても横柄に振る舞うことがないため、他の騎士団員からの評判も上々のようだ。こういう人心を掌握することに長けている人物は実に利用価値がある。彼をこちらの味方につけない理由がなかった。
「師団長、今回の旅は、確かに俺が最高意思決定者ではありますが、実戦経験ではあなたの方が断然上だ。だから俺は、あなたに色々なことを教えていただきたいと思っているんです」
俺はいつも以上に慎重に言葉を選ぶ。
「お、教えるなどと、それは大変恐れ多いことで、」
「すみませんが、そういうのもできればやめていただきたい。俺は上下関係というのは得意ではありません。あなたには、できれば俺と同じ立場で手腕をふるっていただきたいのです。ですから、俺のことも、できればユーリと呼んでいただきたいのです」
俺は彼の目をジッと見る。これも俺なりの演出だ。あとはこの対応に彼が食いつくかどうかだ。
彼は俺の突然の申し出に少し驚いたようだが、すぐに笑顔になって言った。
「そういうことでしたら遠慮はいたしません! 今日からあなたのことはユーリと呼ばせていただきます。そして、宜しければ、私のこともコウダイと呼んでいただきたい!」
どうやらひとまず上手くいったようだ。俺が見込んだ通り、この人間はなかなかに順応性が高く、胆が据わった人物だ。これからじっくり利用させてもらうんだ。こうでなければ張り合いがない。
「ではコウダイ、是非ともこの旅を成功させましょう!」
俺は意気揚々と彼に手を差し出した。
「ええ、全力で挑ませていただきます!」
彼もそれに応じ、豪快に俺の手に自身の手を重ね合わせた。
首尾は上々。あとはここを旅立つだけだ。
俺はひとまず安堵のため息をついたのだった。
この男が、俺にとって因縁の存在になることも知らずに……。