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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
ここに勇者はいません - The Girls on the Rewrited World - (Side - Setsuna)
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あなたの名前はセツナ

少年少女は刹那を生きる。

 誰かが泣いている。


 必死に誰かの名前を呼んでいる。


 でも、誰もそれには応えない。


 振り向かない。


 誰も彼女を気にも留めない。


 それでも諦めない。


 呼び続ける。


 誰も、誰一人いなくなってしまったのに、彼女はまだ、呼び続ける。


 いつまでも、いつまでも、呼び続ける……。


 そして、その声が渇れてもなお、彼女は呼び続けた……。



 「ユーリ様……!」



 知らない名前を、彼女は叫び続けた……。








 「目が覚めた……?」


 さっきとは違う、はっきりとした声が、俺の、いや、僕の? 耳に届いた。


 「大丈夫?」


 僕を心配する声。

 声の主がこちらの方に近づいて来る。

 だから、僕は首を横に向けた。


 黒のロングヘアーに、頭にはカチューシャ。そして大きな瞳。

 優しい表情をした美しい少女が心配そうに僕を見つめていた。

 服装は、白っぽいブラウスに、同じく白のスカート。

 白が、彼女の艶やかな黒を一層強調していた。


 記憶が混乱しているせいで、僕は何も言葉を発せられない。

 ここはどこ? 彼女は何者? そして、


 「僕は、誰……?」


 その言葉に、少女は驚く。

 そして、困ったような表情を浮かべる。


 「まさかあなた、記憶がないの……?」


 首肯。


 「そんな……。まさか、あなただけは、大丈夫だって、思っていたのに……」


 「どういう意味?」


 「…………」


 僕の問いかけに、彼女は答えない。


 少女はそれから、狭い家の中を端から端まで、あーでもないこーでもないと、黒い髪を揺らしながら歩き回っていた。


 「なあ、ここはどこ?」


 「クラグエよ。アルカディアの東の方に位置する街よ」


 聞いたことがなかった。いやそもそも、今の僕には聞いたことがあるものの方が少ないだろうが。


 「アルカディアも、覚えてないの?」


 首肯。


 「そっか……。じゃあ、日本は?」

 

 「ごめん、どれも分からないや……」


 「そんな……。いくらなんでもここまで忘れてしまうなんて。他のみんなとは、少し様子が違うようね……」


 彼女は首を捻る。


 「なんのこと?」


 「あ、ごめんなさい、今のは気にしなくていいわ。……立てる?」


 彼女はそう言って、僕に右手を差し伸べる。

 白くて細いが、華奢という印象は受けない綺麗な手。僕はその手をとった。

 ベッドから降り、この足で立つ。


 立ってみてわかったのは、僕の背は彼女よりも高いということだ。

 図らずとも、彼女を見下ろす体勢になる。


 「身体の方はもう大丈夫そうね。…………えーと、なんて呼ぼうかしらね?」


 彼女は困った様に苦笑いを浮かべる。

 でもすぐに笑顔になって言った。


 「名前、私がつけてもいいかな?」

 「え? 別に、僕は構わないけど……」


 確かに名前が分からないのは不便だから、暫定的に名前をつけてもらうのは悪いことだとは思わない。


 でも、僕はなぜか不安だった。


 まるで、僕自身が書き換えられてしまうような、そんな気がしてならなかったからだ。


 「もしかして、嫌だったかな……?」


 そんな僕の気持ちを悟ってか、彼女が言った。


 「い、いや、別に嫌じゃないよ。名前がないんじゃ呼びにくいだろうしね」


 「そう? それならつけてあげる! えーとねー……」


 彼女はうーんと唸った後、


 「決めた! あなたの名前は……」


 大袈裟に溜めてから、こう言った。


 「セツナよ! これが、あなたの新しい名前よ」


 少女は、満面の笑みを僕に向けた。


 「セツナ……」


 僕はその名前を噛みしめる。


 違和感はなかった。この名前は自分に合う。瞬間的に思った。


 さっきの妙な感覚は、もうどこにもなかった。


 「じゃあ、君の名前は?」


 「え? 私の、名前……?」


 突然彼女の笑顔が曇る。

 とても不安なことがある。

 そんな表情だ。


 「アスカ……」


 消え入りそうな声で、危うく聞き逃してしまいそうな短さで、彼女は言った。


 「アスカ……」


 「う、うん……」


 「良い名前だな」


 「え?」


 「だから、良い名前だと僕は思うんだ」


 彼女をこれ以上不安がらせたくなくて、僕はぎこちないながらも笑顔で言った。


 しばしの沈黙。


 でも、すぐに、


 「あ、ありがとう! セツナ!」


 ガシッと、彼女は僕に抱きついた。

 女の子の匂いが鼻一杯に広がり、心臓がはやくなる。


 「ちょ、ちょっと、アスカ!?」


 「え? ……ご、ごめんなさい! 私ったら、つい……」


 アスカは顔を真っ赤にさせて狼狽えている。

 僕はその様子が微笑ましくて、思わず笑みを漏らした。


 「ねぇ、セツナ」

 「なに、アスカ?」

 「ううん、呼んだだけ」

 「変なの」

 「変じゃないよ。……ねぇ、セツナ」

 「なに?」

 「なんでもない」

 「もう、アスカ……」

 「ふふ、ごめんね」


 ここがどこかも、僕が誰かも分からないのに、その瞬間、僕は笑顔だった。


 アスカは、確かに僕の隣にいた。


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