Sisters
編集版です。
「あ、アイカ、お前どうしてここに?」
会場に乱入してきた女、アイカはぜーはーと肩で息をしている。
肩より少し長いくらいの金髪に、少しつり気味の大きな目、認めるのは癪だが、その時俺は確かに彼女を美しいと思った。
大きな胸が強調される胸元がざっくりあいた白のキャミソールに、フリルのついた赤いミニスカート、黒のロングブーツ。背中には大きな黒いマントを羽織っている。
魔導師なのは一目でわかった。それに実力もかなりのものなのも理解できた。だが、なんで登場早々機嫌が悪いのかということに関してだけは理解出来なかった。
「市長、そちらの方は?」
「ああ、すみません。彼女は私の娘で、」
「アイカよ、そこのいけすかない勇者!」
「こ、こらアイカ! よさないか! 勇者殿に対してなんたる無礼を!」
市長が慌てているのを無視して、アイカは俺の方へとズカズカ歩み寄ってくる。その目にはなにやら敵意の様なものが感じられた。
「な、なんだよ……?」
「勇者って言うからどれだけ凄い人なのかと思ったけど、とんだ期待外れだわ。ただのお子ちゃまじゃない」
「は?」
アイカは挑戦的な目で俺の全身を眺めまわしている。
「さっきのイズミを妻に迎えるって下りの時のこの人の反応見た? あんだけ慌てちゃって、情けないったらないわ。きっとこいつ童貞よ。女の子とお付き合いなんてしたことないんだわ! イズミ、悪いことは言わないわ。やめておきなさい、こんな男」
オロオロしているイズミに対してアイカは躊躇いもなくそう言った。
「…………」
なんで初対面の女にここまで言われないといかんのか……。ここまでの暴言は、俺の十七年の人生の中でもさすがに覚えがない。
だが、俺はこれしきのことで感情を昂らせるようなことはしない。特に今は妹のイズミの前だ。ここはあくまで穏便に、だが徹底的に知らしめてやる。自分のやっていることが、どれほどの愚行なのかということを。
「随分と言いたいことを言ってくれるなこの破廉恥女。脳みそじゃなくて胸にだけ栄養がいくと、こんな無茶苦茶な人間が生まれるんだな」
「な……。い、いきなり胸のことを言ってくるなんて、ふん、勇者のくせにムッツリなのね、あんた」
アイカは蔑むような視線を俺に向けながら言う。だが無駄だ。その程度の威圧、俺には通じない。一体どれだけ冷たい視線をこの身に受けてきたと思っている? 今さらこんなやつに俺が屈する訳がない。
「自分から胸を強調する様な服を着ておいて何言ってるんだこのバカ女? 同じ胸が大きいなら、俺は牛の方がよっぽど有能だと思うね。人を不快にさせるだけのデカ乳女さんは俺の前からさっさと消え失せてください」
グサリという音が聞こえたのは俺だけじゃないはずだ。
「あ、あたしが、牛より無能だって、いうの……?」
「いきなり初対面の人間に罵詈雑言を並べ立てるお前のどこが有能なのか、むしろ俺に教えて欲しいくらいだ。それにしても市長、これがあなたの娘とは、軽く失望しましたよ。妹さんは素直でいい子なのに、どうやったらお姉さんの方はこんな風に育つんですかね?」
俺はアイカから視線を逸らし、向こうの市長を少し睨みながら言った。
「いや、誠に、お恥ずかしい限りで……」
「ちょっと! お父さんは関係ないでしょ! これはあたしとあんたの問題なんだから、周りの人は巻き込まないでよ!」
アイカは声を荒げ、また俺の方へズンズンと近づいてくる。
「誰のせいだと思ってんだこの牛女。この場にそんな恰好とそんな態度でやって来たお前が全部悪い。分かったら今すぐ帰れ。帰って芝生食ってさっさと寝てな!」
俺はそう言い残し、この場を去ろうとする。だが当然アイカは退かない。
「こんの、クサレ勇者が! いいわ! 見せてあげる! あたしは、あんたなんかよりも強いってことをね! ディートリント!」
そう言って、アイカは先端が三日月状のロッドを取り出した。月の先は鋭利な刃物になっており、物理攻撃でも充分ダメージを与えられそうだ。
それにしても少し煽り過ぎたか? こんなところで戦闘になったら洒落にならんぞ。
「お姉ちゃん! 今のはお姉ちゃんが悪いよ! こんなところでやめてよ!」
イズミが必死で止める。だがアイカは全く聞く耳を持たない。
アイカの身体は、魔力を溜める時に発生する光を帯び始めている。その色は魔力の種類に由来する。この女の色は赤。赤は炎を意味する。これはつまり、こいつが第三魔術・フランメの術者であるということの証に他ならない。実にこいつらしい、猪突猛進の色だなと俺は思った。
ちなみに魔術は全部で七種類存在していて、第一が闇魔術・シュベルツェ、第二が光魔術・リヒト、第四が水魔術・ヴァッサー、第五が鋼魔術・シュタール、第六が氷魔術・ダスアイス、そして第七が風魔術・ヴィントだ。俺の魔術に関してはおいおい教えてやることにする。まあ、覚えていればだがな。
「馬鹿もの! こんなところで止めないか! 今すぐディートリントを収めてこの場を去れ! どこまで私の顔に泥を塗るつもりなのだお前は!」
「うるさああああい! もうお父さんなんて関係ない! これはあたしの問題なの! あたしの正義が、あの腐りきった悪を倒せと慟哭しているのよ!」
ディートリントの先に赤い光が収束する。あとものの五秒足らずで炎が俺に向かって飛んで来るはずだ。
面倒だと、俺は思った。
攻撃を食らうことがじゃない。当事者として、後で実況見分に付き合わされることがだ……。
俺は腰にさしていた俺の剣・テオドゥルフを見つめ、そして、
「食らいなさい! これがあたしの、魔術、フェアブレ…………え?」
恐らくこの女は今、状況を一切理解できていないと思う。俺がもしこいつの立場なら、多分そうなるだろうからな。
俺は刃をアイカの喉元に突き付けていた。これ以上動いたら殺す。そういう意思を視線に込めながら。
「こ、こんなに、あっさり……?」
アイカは動揺を隠しきれないでいる。俺はそんなバカ女に対して言った。
「お前、イズミの気持ちを考えたことあるのか?」
「え……?」
「お前、仮にもあいつのお姉ちゃんだろ。姉が妹のメンツを潰すなんて、最低の人間がやることだぞ」
「あ……」
俺がそう言うと、アイカはディートリントの光を急速に弱めていった。
ディートリントが彼女の手から落ち、彼女はへたり込むように地面に座り込む。
己の短絡的思考を反省しているのだろうか? だが、これが本当の縁談だったらもう取り返しがつかないレベルだ。反省したところで遅い。
「あたし、そんなつもりじゃなかったのに……」
あーあ、ついに泣きだしちゃったよ……。これは、煽った俺にも責任は、やっぱりあるんだろうな……。
こいつとしては、妹が心配で俺のことを観察に来たのだろう。俺を煽ってみせたのも俺の器の大きさを計るためか。だが思った以上に自分がヒートアップしてしまったのだろう。猪突猛進なのは考えようだな。
俺はアイカから視線を逸らす。俺の目的は、イズミだった。
「あ、あの……」
イズミも状況が状況なだけに気まずそうだ。俺に対して怒っているのならまだいい。だがそれは多分違う。彼女は恐らく姉のしでかしたことを気に病んでいるのだ。そしてそのせいでさっきの話が破談になるのを覚悟しているのだろう。
こうなったら、俺のできることなど1つしかない。この場を丸く収めるのは、もうこれしかないんだ。本当は言いたくないけどな……。
「さっきの妻の話だけど」
「は、はい……」
「認めてやるよ」
「はい………………へ!?」
「だから、認めるって言ってんだよ。俺の妻になれってことだ」
恥ずかしいことを何度も言わせんな。俺はサッと視線を逸らすと。そのまま市長官邸を出ていこうとする。
「ほ、本当に、わたしを勇者様の妻に迎えて下さるのですね!?」
「本当だっての! 俺に二言はねえ」
「あ、ありがとうございます! どうぞ、よろしくお願い致します!」
イズミの嬉しそうな声と言ったら……。だが悪いな、俺は本気でお前を妻にするつもりはない。あくまで形式的にというだけだ。
俺は先程からへたり込んでいるアイカを見る。アイカは複雑そうな目で俺を見つめている。その目はまだ紅いままだった。
俺は2人を見ずにヒラヒラと手を振った。そして沢山の人が俺を見つめる中、今度こそ本当に市長官邸を後にしたのだった。
続きます!