勇者の望み
どうしてこうなった? な、お話です。
でもさ、ずっとシリアスだと疲れるじゃん?(すっとぼけ)
空が紅い。
この世の終わりは、あの時よりもずっと近づいている。
自分の姿を見る。俺たちのいた世界とは違う、動きやすさと防御力を兼ね備えた赤茶色のコート。そして手には、王の狼「テオドゥルフ」。
ユーリとしてテオドゥルフを握ったのはいつ以来だろうか。俺が記憶を失っている時も、こいつは俺をしっかり支えてくれた。今度は勇者として、しっかり責務を果たさねばならない。こいつに報いるためにも。
「時間がありません。早く、根源を捜さないと……」
俺の隣には、汚れてしまった白いローブと、金色の髪の毛の少女。あれ、そう言えば……
「イズミ、お前、なんでショートカットになってるんだっけ……?」
「ユーリ様、気付かれるのが遅すぎです……。タモリさんなら開口一番『髪切った?』って聞いてくれるところなのに……」
「いや、そもそも髪色が黒になっていることに気を取られ過ぎていたと言うか……。それはイメチェン?」
「違いますよ。1人であなたを捜している間に魔物に襲われて、髪を掴まれて逃げられそうもなかったので、髪を切って逃げたんですよ」
「そ、そうだったのか……。俺がいない間、随分とキツイ目に遭わせちまったみたいだな……」
俺はそう言ってイズミの頭を撫でてやる。
「辛かったですけど、今こうして一緒にいられるんです。髪の毛くらい、いくらでもくれてやりますよ」
「イズミ……」
どこまでも健気な彼女を抱きしめてやりたくなる。だが、
「ちょっと、イチャつくのはいいけど、時間がないんじゃなかったの……? そういうのは後でやってもらっていいかな」
アスカの言葉でそれを思いとどまった。アスカは見た感じ明らかにイラついているようだが、今度は感情を昂らせている様子はなかった。我ながら流石に嫌味だ。今後は自粛しよう……。
「わ、悪かったよ……。そうだ、イズミ、今根源って言ったけど、それはこの世界をこんな風にしちまった元凶ってことだよな?」
「そうです。それが何かは、ユーリ様もよくご存じですよね……」
「ああ……」
忘れるわけがない。あの日、恋人を失い、錯乱状態になった彼女、アイカがこの世界を否定した。ウイルスに身体を支配され、力を暴走させた。元々俺ややつに匹敵する大魔力を持っていたアイカは、かつて必死の思いで自身の魔力を制御した過去を持っていた。その術を失った彼女を止めることはそう簡単なことではない。
「この世界のどこかに、アイカがいるってことか……。彼女はずっと、哀しみを抱えたままなんだな……」
心が張り裂けそうになる。大切な人を失った彼女を、本来ならば仲間である俺たちが支えてやらなければならなかったのに、彼女は全てを拒絶し姿をくらましてしまった。否定し続けるだけでは、心はいつになっても救われない。それはまるで……
「私と、同じね」
「アスカ?」
「私も、あの時の状況は、根源を辿ったから知っているのよ。アイカさんは、私と同じ様に辛い現実を拒絶し、自分の殻に籠ってしまった……。だから彼女の気持ちは分かる。それがどれくらい、心を抉っているのかも……」
アスカは自身の胸に手を当て、目を瞑っている。
彼女の長い黒髪と、白いジャケットが風に揺れていた。
「根源の場所はおおよそ見当が付いています。場所が分かってもわたし1人ではどうにもならなかったのですが、お二人がいればきっとなんとかできるはずです。それに、“彼女”もそろそろ、動けるはずですからね」
「彼女?」
「ええ。あなたの良く知るあの子です」
イズミは悪戯っぽく笑った。俺とアスカは同時に顔を見合わせた。
小さな木造の小屋。俺たちはそこに招かれた。そして、そこで巡り合った。
「ミナト!?」
そこにいたのは、長い黒髪をポニーテールに束ね、眼鏡を掛けた小柄な少女。その軍服は、いまや壊滅してしまったアルカディア騎士団第二師団のものに違いなかった。
「勇者様、また、お会い出来るなんて……」
ミナトは目に一杯涙を溜めている。あの時、コウダイの刃に倒れた彼女は瀕死の重傷を負っていた。そして今はもう、あの時から1カ月近くの時が経過してしまっていた。
「ミナト、本当に無事で良かった……」
コウダイの刃に倒れたミナトを見て、俺は彼女が殺されたと思い、激昂して彼に斬りかかった。それが、俺がいかに彼女を大事に思っていたのか気付かされた瞬間だった。俺にとっては本当に妹の様な存在。本人的には不本意かもしれないが、俺は彼女をその様に捉えていたのだった。
「勇者様!」
ミナトが俺に抱きつく。俺は彼女の身体をきつく抱きしめてやった。
子供の様に泣き続けるミナト。後ろの方から洟をすする音が聞こえる。泣いているのは恐らくイズミだろう。
「勇者様……」
不意に彼女が俺を呼んだ。
「なんだ? ミナト」
「わたしがここまで回復したのも、イズミのお陰です。あの子は、ライバルであるはずのわたしの命を救ってくれました。だからわたしは、これからは、あなた方を見守る立場を採りたいと思います……。悔しいですが、わたしでは、彼女と並ぶことは、できそうもありませんからね……」
ミナトはそう言って、泣き笑いの表情を浮かべた。
「そうか、あの激しいスキンシップがなくなるのも、残念ではあるがな……」
「あ、あれは、お酒の力が、わたしにそうさせたのであって……!」
「ああ、そうだな。酒の力は偉大だからな。だがやっぱりお前に酒は早い。今度は、ノンアルコール飲料を渡してやるからな」
そう言って俺はミナトの頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
その時、俺の中である考えが思い浮かんだ。おっと、真面目な話じゃないぞ。今世紀最大級にくだらなくて、読者様を引かせるような話だ。だから、興味のない人は戻ってもらって構わない。そして俺、メタ発言自嘲しろ。
「な、なあ、ミナト、ちょっとお願いがあるんだが……」
心なしか声が震える。
「は、はい。なんでしょうか?」
「お前は俺を、恋愛対象とはもう見ないってことだよな?」
「え、ええ、そうです」
「じゃあさ、俺はお前のこと、妹として見ても、問題はないってことだよな……?」
「い、妹ですか……? わたしには、兄も姉もいないので、それがどういうものかは、わからないのですが、勇者様が望まれるなら、それでもわたしは構いませんが……」
言質はとった。じゃあこっからは俺の好きにする!
「ミナト、違うぞ。妹はな、兄のことを『勇者様』とは呼ばないんだ」
「え? で、では、どうお呼びすればよろしいですか……?」
動揺するミナト。ほくそ笑む俺。ドン引きする女性陣。だが知ったことか! 俺は絶対にミナトに呼ばせる! いいか、よく聞け! 俺のことは……
「『お兄ちゃん』と呼んでくれ」
俺はそう力強く、宣言した。
「そ、その様に呼ぶのは、いくらなんでも、失礼過ぎではありませんか……!?」
「大丈夫だ。むしろウェルカム。さあ呼べ。勇者として命令する。ほら早く、俺のことを、そう呼んでくれ!」
「で、では……」
ミナトが緊張した面持ちで一度深呼吸をする。そして、こう言ったのだった。
「ユーリ、お兄ちゃん……」
「よっしゃああああああ! なにか用かいミナト!? うぼぉあ!?」
「「いい加減にしろおおおおお!!」」
かくして、役者は揃った。
俺ことユーリ、イズミ、アスカ、そしてミナト。
旅が始まった時よりも、随分と人は減ってしまった。
だが、俺たちなら世界を救えると確信している。
そして、必ず彼女の心を解き放ってみせる。
だから見ていてほしい。あいつが望んだ、世界の平和と彼女の笑顔のために、俺たちは戦う。
「よし! 行くぞ皆! 俺に遅れるな!」
「はい!」
「了解!」
「う、うん、わかった……お兄ちゃん」
「「役に従順か!?」」
根源は、もうすぐそこまで迫っていた。




