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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
この世界のためにできること(Side - Real Braves)
35/40

刹那に消えゆく二人の想い

 夢に見るのはいつも、私が彼を邪険に扱う光景。

 クラスで誰とも会話をしない私を気遣い、彼は毎日私に話しかけてくる。


 「煩い。どっか言って」


 そんな彼を、私は早々に追い払おうとする。


 私は、彼が理解出来なかった。

 あの日、遊園地で遊んだ帰り道、私と彼の家族を載せた車が事故にあった。

 助かったのは、私たち子供だけ。

 車は2台ともぐしゃぐしゃだったのに、奇跡的に子供が助かった。

 世間ではそう報じられた。


 何が奇跡なものか。

 家族を一瞬で失ったのに、何が奇跡か。

 1人だけで助かってしまうくらいなら、私も一緒に死にたかった。


 人と会話をするのが得意じゃなかった。

 小学校中学年になったころ、私はなぜかクラスの女子から除け者にされるようになった。

 理由は、自分で言うのもなんだけど、他の子よりも可愛かったから。

 嫌味じゃなくて、これは本当に他の女子に言われたこと。

 あんた可愛いからって調子こいてんじゃない。子供の私は、その言葉の意味が理解出来なかった。


 孤独な私の心を救ってくれたのは両親だった。

 両親は、学校に行きたくなくなってしまった私を想い、学校に殴りこみに行ってくれた。

 教師に真相を暴かせ、私を苛めた女子に謝罪させてくれた。

 嬉しかった。私のことを想い、ここまでの行動を起こしてくれる両親が、私の誇りだった。


 なのに……


 「これからは、俺たちだけで生きていかないといけないんだ。明日香、俺たちは強く生きよう」


 どうしてあなたは、そんな簡単に切り替えられるの?

 あなたを愛し、最も慈しんでくれるはずの両親が死んだのに、どうしてあなたはそんなことが言えるの?


 私は彼が理解出来なかった。


 境遇は同じ。でも私にとってあなたが、最も遠い存在だった……。




 「目が覚めたか……? 明日香」


 聞き覚えのある声。いつも私の隣で私を励ましてくれた声。でも、今の彼の声は少しニュアンスが違う。私を心配してくれてはいるけど、私を責める様な、そんな含みを持った言葉。


 目を開ける。そこにいたのは、セツナ……?


 「傷はまだ痛むか? イズミのヒールで治療したとはいえ、あれだけの怪我を負ったんだ。まだ安静にしていた方がいい」


 イズミ? 誰のこと? 少なくとも、私はその名前を聞いたことがない。それにそもそも、あなたは……


 「まだ状況が飲みこめてないみたいだな。ここがどこだか分かるか?」


 私は辺りを見渡す。見覚えのない部屋。テレビやPC、本棚にはプログラミング関係の本が沢山あって…………え?


 「ここはまさか、アルカディアじゃないの……?」

 「そうだ。ここはアルカディアじゃない。ここは俺とお前が生まれた世界だ。俺たちがさっきまで一緒にいたのとは別の世界。俺たちは帰って来たんだ」


 意識がようやく覚醒する。私の目の前にいるのは、


 「あなた、悠吏なの?」

 「セツナじゃなくて残念だったな、塩見明日香。お前との勇者ごっこはもう終いだ……」


 桜野悠吏はあたしにそう告げた。


 当たり前のことだ。彼はいつだって桜野悠吏に決まっている。

 最初から分かっていたんだ。彼が悠吏だということを。

 でも私は、彼を騙した。セツナなんて都合の良い名前を付けて、彼を支配した。


 「どうして、嘘をついたんだ……? どうして俺に最初から真実を告げなかった……?」


 彼が詰問する。瞳を怒らせ、私を責める。


 「…………」

 「答えろ明日香! どうして俺を騙した!? どうして、俺と、あんな真似を……」


 彼は私から目を逸らす。彼の中にはセツナとしての記憶が残っているのだろう。ならば、私と身体を重ねたことだって、きっと彼は覚えているはずだ。

 望んでもいない相手と、あんなことをしてしまったことを、彼は後悔しているに決まっている……。


 「落ち着いてください、ユーリ様。その様に怒鳴ってしまったら、明日香さんだって答えづらいはずです」

 「!? その声は…………フジノ!?」


 声の主の方へ振り向く。そこにいたのは、


 「え? ち、違う……?」


 車椅子に乗り、黒い髪をショートカットにした可愛らしい女の子だった。

 私は彼女を知らない。私が知っているフジノは、金髪のショートカットに、白いローブの格好をしていたはず。それに、足だって不自由ではなかった……。ならば彼女は、一体?


 「お久しぶりです塩見明日香さん。わたしは『藤乃泉』と申します。わたしが誰だかお分かりにならないのも当然です。あの世界でのわたしの姿は魔術で創り上げた仮の姿なんですから」

 「仮の、姿……?」

 「ええ。勇者様と接点を持つためには、市長の娘という立場がどうしても必要だったんです。あの家は皆金髪でしたから、違和感がないように髪の毛を金色に変えさせていただきました。それにこの足も、わたしの治癒術をもってすれば動かすことができるのです。まあ当然、魔術の使えないこの世界ではそれはできませんがね」


 藤乃泉は少し残念そうな様子でそう言った。


 「どうして、あなたは勇者に近づこうと思ったの?」

 「勇者様とは、わたしが愛するアルカディアを守るために闘って下さるお方。わたしにとってその方は最も敬愛すべきお方です。そんな方とお近づきになりたいと思うのは当然だと思いませんか?」

 「なるほど。確かにアルカディアの管理人であるお前ならそういう発想になるのも頷ける。そのために市長とアイカを騙し、あの家の人間になりすましていたということか」


 悠吏が私たちの会話に割って入る。


 「わたしは、あなたとどうしてもお会いしたかったのです……! 悪いことをしてしまったとは思います。ですがわたしは、いつかは本当のことを申し上げるつもりでした。あなたを欺くつもりは、なかったんです……」


 藤乃泉が涙ぐむ。かなりの大魔導師なのだろうが、こうして見るとやはり年相応の女の子という印象を受けた。


 「わ、悪かったって! 別にお前を責めてるわけじゃないんだ! ただ、色々なことが起こり過ぎて俺も混乱していただけだ。だから、泣かないでくれ……」


 悠吏が藤乃泉の目元の涙を拭った。

 だがすぐにその視線を私に移した。


 「それでだ、俺はまだお前から真実を聞いていない。さっきの質問に答えてくれ。どうして俺を騙し、セツナなんて名前を付けたんだ? どうしてすぐに真実を話し、同じく世界を救おうとしていたイズミと行動を共にしなかった?」


 悠吏は私にそう問うた。

 その目は、藤乃泉に向けていたものとは明らかに違う、怒りに満ちたものだった。


 「悠吏はやっぱり、私のこと恨んでいるのね……?」


 私が愛し、私を愛してくれたセツナはもういない。でも、あれはただの私の妄想の産物だった。だからこれは当然の報い。私は責められて当然のことをした罪人だ。

 

 「恨んでるさ……。だがあの時お前を選んだのは、紛れもない俺の意思だった……。だけど、それでもお前を許すことはできない。あの状況でお前が嘘をつきさえしなければ、もっと被害は抑えられたかもしれない。それに……」


 悠吏は下唇を噛みしめ、


 「こんな気持ちを抱かずに、済んだかもしれない……。あの時俺は確かにお前のことが好きだった。だが、今の俺は、こいつが、イズミのことが好きなんだ……!」


 悠吏は膝をつき、右手で顔を覆う。


 「ユーリ様……」


 その彼の頭を、藤乃泉が優しく撫でてやる。


 「明日香、見たら分かんだろ……? 俺はもうぐちゃぐちゃなんだよ……。もう、訳分かんねえんだよ……! お前が何を考えて俺と寝たのか知らねえが、俺の心を捻じ曲げたお前のことは絶対に許せない!」


悠吏が私を最大限に睨んで言う。


「なあ、教えてくれよ! どうして俺を騙したんだ!? なあ! 疎ましかった俺への復讐のつもりだったのか!? ……おい、答えろよ明日香!!」


 藤乃泉が悠吏を抱きしめる。悠吏は涙を堪えず、彼女の胸の中で泣く。

 その瞬間、私の中で堰き止めていたものが決壊した。

 ここまで必死の思いで繋ぎとめていたものが、完全に崩れ去ったのだ。


「もう、やめて……」


堪えられない。感情を、抑えきれない! 誰も、私を止められない!


 「もうやめて!! そんなの私に見せないで!! これ以上、私の心を引き裂かないで!!」


 気付くと私は子供のように喚き散らしていた。

 こんな場面を見せられて、まともでいられるはずがなかった。

 自分勝手なのは分かってる。

 でも、私だって人間なんだ。

 罪人にだって心はある。

 確かに騙していた。でも、彼を好きだったのは事実だから……それだけは、否定してほしくなかった……!


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