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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
スコピエルの魔物Ⅲ(Side - Yuri)
34/40

世界の終わり

遡ること、18時間ほど前

 「勇者、ちょっと待って!」


 背後からアイカの声が聞こえる。何やら慌てているようだ。


 「何か用か?」

 「別に、用って訳じゃないんだけど、ちょっとね……」


 アイカはらしくもなく言いにくそうにもじもじしている。どうやら文句とかその類のことではないらしい。

 俺はなんとなく、そんな彼女に向かって手にしていた酒の入った竹筒を差し出した。


 「え? なにこれ?」

 「見ての通り酒だ。言いたいことがあるなら酒の力を借りて言えばいい。そうすれば、例えお前が恥ずかしいことを言ったとしても、俺はそれを酒のせいとして聞き流してやるよ」

 「へ、変な気の遣い方ね……。でも、せっかくだからいただこうかな」


 そう言い、アイカはアルコール度数推定40%はある酒に口を付けた。


 「ん!? ケホッケホッ!」


 早速アイカがむせる。


 「ちょっとおお! 何よこれ!? こんな強いお酒飲める訳ないじゃない!?」

 「お前が一世一代の大勝負に出るんだから、これくらい強い酒じゃないと駄目だろ?」

 「そんなに凄いこと言おうとなんてしてないわよ! もう、あんたってあたしのこと馬鹿にしてるでしょ!?」

 「そのことは謝る! だが、俺はお前の背中を押したいだけで、」

 「やっぱり馬鹿にしてるんじゃない!」


 漫才の様な激しいやり取りでお互いの息が絶え絶えになる。すると、どちらからともなく笑い声が起き、次の瞬間にはお互い馬鹿みたいに笑いあっていたのだった。

 セオグラードを出発してから9日目の夜。スコピエルに入る日の前日。俺は初めてアイカと2人で酒を飲んだ。といっても俺は下戸だから、弱い酒をちびちび飲んでいただけなのだが。


 「あんたさ、好きな人っているの?」


 夜空の下、2人分くらいのスペースを隔てた向こう側から、アイカが尋ねた。


 「な、なんだ、藪から棒に……」

 「答えて。これはとっても大事なことよ」


 アイカは真剣な表情で俺を見つめている。彼女はイズミのことがやはり心配なのだろう。俺とイズミは形式的には夫婦の関係だ。だが2人の間にその様な営みなど皆無だ。俺は彼女に手を出さないし、彼女だって遠慮して俺にそれを求めてくることもない。だが、イズミと話すと気持ちが落ちつくのは紛れもない事実だった。初めて2人でセオグラード観光をした時よりも、彼女という存在が俺の中で大きくなっているのは間違いなかった。


 それでも、俺には大切な存在がいる。

 明日香を捜すことが、俺がアルカディアに来た目的なんだ。

 どんなにイズミと距離が近づいたとしても、それは決して揺るぎはしない。

 もう5年以上抱き続けてきた想いは、そう簡単に消えることはないんだ。


 「……いるよ」

 俺は躊躇いがちに言う。


 「それは、あんたの住んでた世界の子?」

 緊張した面持ちのアイカ。


 「……ああ」

 「……恋人同士だったの?」

 「いや……。あれはどう考えても、俺の一方通行だったな。どれだけ俺が好きでいても、彼女は俺の想いには応えてくれなかった……」


 らしくもなくセンチな気分になる。この世界に来てから、明日香のことを忘れた日はなかった。

 明日香はこの世界で、俺のことを一瞬でも想ってくれているのだろうか? 片隅にでも、残しておいてくれているのだろうか?


 「意外ね。あんたが追いかける方だったんだ」


 彼女は本当に意外に思っているのだろう。この世界で俺は勇者として弱い所は極力見せてこなかった。だが本来の俺は、弱くて、億秒で、駄目な人間だ。自分から何かを手に入れることもできなければ、誰からも想ってもらうこともない。それが俺だ。桜野悠吏という、ただの情けない高校2年生の少年なんだ。


 「意外でもねえよ。どうしたら恋人が出来るのか、童貞のこの俺に是非とも教えていただきたいところだな」

 「あんた、やっぱりあの時のこと根に持ってるでしょ……?」

 「そりゃ、いきなり初対面であんなこと言われたら嫌でも持つだろ……?」

 「ううぅ……それは確かにそうだけど……」

 「将来有望のイケメン将校をモノにしたお前なら、何か裏技とか持ってるんじゃないの?」

 「う、裏技なんて使ってないわよ!? あ、あたしとコウダイは、そんなの使わなくたって……」


 それから俺はしばしの間2人のイチャイチャエピソードを聞かされる羽目になった。アルコールが進んでいるアイカはいつも以上に饒舌にコウダイのことを語った。

 コウダイのことを語るアイカは、何と言うか、本当に幸せそうな、満ち足りた様な表情をしていた。俺はちょっとだけ、こいつのことを羨ましいと思った。好きな人と想いを通わせ、楽しい時間を共有できることほど幸せなことはない。


 「とにかく、あたしにとって、コウダイは夢であり、希望でもあるの。光り輝く彼が、あたしにとって希望の象徴なの。彼の行く先が明るければ、あたしの未来も明るく照らされる。それくらい、あたしにとって彼は大きな存在なの。あたしは昔魔力は強かったけど、全然制御できなくて学校でも落ちこぼれていたし、性格も今よりもっとワガママで友達もほとんどできなかった。そんな中、雨の降る日にあたしは彼を見つけた。その時あたしは、彼に話しかければ何かを変えることができると直感的に思ったの。あたしの暗い世界を塗り替えてくれる、そんな運命を感じたの。そしてその予感は、すぐに現実のものとなった……」


 数カ月後、2人は晴れて恋人同士となった。コウダイは立ち止まることなくエリート街道を邁進し、アイカも課題の魔術制御もそれなりにできるようになり、好成績で学校を卒業することができた。コウダイに諭され、友達作りにも励むようにもなった。彼女の人生は、あの日大きく変わったのだった。


 「彼のいない人生は、あたしはもう考えられない。彼がいたから、今のあたしがある。彼がいるから、あたしは進むことができる。あたしはそれで充分。この幸せをいつまでも続けられる様、努力を惜しむつもりはないわ」


 彼女は笑顔でそう語った。2人の絆の深さを、俺はあの日改めて感じたのだった。


 「ちょっと待て。それで、結局お前は俺に何を言いたかったんだ? それを明らかにさせないまま寝ちまうのは、いくらなんでも酷くないか!?」

 「あ、すっかり忘れてた。もういいじゃない。そんなのどっちでも……」


 アイカが撤退を試みる。だがそれは許さない。俺は彼女が逃げないように首根っこを掴んだ。


 「ちょっと痛い! わ、分かったわよ! 言うから! 言うから放して!」

 「言ったら放してやる! ほら言え! アルコールももう充分だろ!? さあ!」


 アイカは酒で火照った顔を俺に向け、こう言ったのだった。



 「ありがとう勇者。あんたと旅ができて、良かったわ……」



 顔が火照ったのは、彼女だけではなかったのは言うまでもないだろう。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―



 「アイカ! やめろ! コウダイに触れるな!!」


 必死に叫ぶ。だが、彼女は止まらない。もう命の絶えた抜けがらだとしても、彼女は諦めない。

 刎ねられた首をアイカは拾い上げた。出血が止まらないその頭を、彼女は愛おしそうに抱きしめた。


 「アイカ!」

 「どうして、どうして彼を殺したの!? あたしにとって彼が全てだと言ったのに、どうしてこんなことができるの!?」


 死人の様な眼で、アイカが怒鳴り散らす。今の彼女に論理なんてない。俺の言葉など、通る隙間なんてない。


 「アイカ、コウダイは人間じゃなかったんだ。この世界を滅ぼす悪魔だったんだ。だから、世界を守るためには、これしかなかったんだ……!」

 「そんなこと知らない! あたしにとって、こんなことができるあんたの方がよっぽど悪魔よ! この悪魔! 人殺し! 死ね! 彼の身代わりに、あんたが死ねええええええッッ!!」


 止まない罵詈雑言。昨夜、俺にお礼を言ってくれたアイカは、もうどこにもいなかった。


 「ユーリ様大変です! コウダイさんから、禍々しいほどの魔力が溢れだしています! これはマズイです……。このままでは、大変なことが起こります!」


 ウイルスであるコウダイは、頭を破壊するまで完全には死なない。早く頭を破壊しなくては! そうじゃないと、本当に大変なことが起こる!


 「アイカ! 早くその頭を離せ! さもないと、俺は君ごと殺さなくてはならなくなる!」

 「やれるものならやればいい! 彼と離ればなれになるくらいなら死んで………………え?」


 それは不意に起こった。コウダイの切断された首から、真っ赤なガスが噴射されたのだ。


 「ちょっと、なにこれ……? どうして彼から、こんなのが出るのよ……?」


 一気に辺りを覆い尽くす赤い瘴気。途端に正常な思考ができなくなる。彼がウイルスなら、そこから巻き起こることは……


 「まさか、感染!?」


 コンピュータウイルスがPC内のプログラムやデータを破壊し、自分が意図しない動作を引き起こしてしまうように、コウダイというウイルスがアイカに感染し、彼女の意図しない魔術を発動させてしまうこともあり得るんじゃないか!?

 そうなってしまえば、今の錯乱状態の彼女であれば、それこそとんでもないことが起こりかねない!

 止めなければ! アイカからコウダイを引き離さなければ!


 「ユーリ様! 早くこちらに! わたしの結界に入ってください! これ以上はもちません! だから早く!」


 イズミが懸命に俺を呼ぶ。彼女はミナトを結界の中に入れ、更に俺も守ろうとしてくれている。


 「……アイカ!」


 それでも、俺は必死に彼女を呼んだ。思考が飛びかける。身体がバラバラになる錯覚に襲われる。それでも、最悪の事態が起こることだけは回避しなくては! それに、彼を一途に思い続けてきた彼女を見捨てることもできない! なんとか、この手よ届いてくれ……!


 だが、それも無駄だった。アイカは半狂乱になりながら、こう言った。


 「あたしから、彼を取らないで……」


 増幅される絶望的な魔力。そして真っ赤な瘴気。


 「彼以外、あたしは何もいらない……! 彼がいないのなら、この世界には何の価値もない……!」


 赤黒く光り出す彼女の身体。


 「彼がいないこんな世界なんて、あたしは認めない! 滅んでしまえ! コウダイを除け者にする世界なんて、消えてなくなってしまえばいいんだ!!」


 それがトリガーだった。その言葉が、世界の終わりの始まりだった。


 コウダイの頭と、アイカの身体から発せられる光が極限まで増幅され、世界は始まりの光に包まれた。


 「ユーリ様!!」


 イズミが必死に手を伸ばす。俺の意思はほぼ霧散し、ただ本能だけで彼女に手を伸ばした。だが結局俺は、


 彼女の手を取ることができなかった。


 消え失せる感覚。そして次の瞬間には、


 何もかもが、闇の彼方に沈んでいった……。


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