スコピエルの魔物 その六
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「これで、分かっただろ……? 私が、人間では、ないということを……」
そう言い、彼は心臓に突き立てた剣を引き抜いた。ジークフリートには大量の血液が付着し、胸の穴からは絶え間なく血が溢れだしていた。
そして実際、彼は明らかに苦しそうな表情を浮かべている。だが、普通の人間ならあんなことをした時点で即死だ。少なくともあの出血量では出血多量で立っていることもままならないはずだ。
それでも、彼は両足でしっかり地面に立ち、意識もはっきりとしている。そして驚くべきことに、傷も徐々に回復してきている。
彼の言う様に、その効果は絶大だった。俺は嫌でも理解した。彼が、俺たち人間とは完全に別の存在であるということを。
信じていたかった。どれだけ強引なこじつけだろうと、俺は彼が人間であると、ただ操られているだけの被害者に過ぎないと、信じていたかったのだ。
「コウダイ……」
「なんだ、ユーリ?」
「俺はお前を、心から信頼していたんだ……。お前がいれば、きっとこの旅を乗り切ることができる。本気でそう、思っていたんだ……」
コウダイは答えない。だが決して、俺から目を逸らしたりもしない。
「だが、それももう終わりだ。お前がアルカディアを滅ぼす魔物だと言うのなら、俺は、お前を殺さなければならない! この世界を救うためには、お前という存在を許してはいけないんだ!」
心が張り裂けそうになる。コウダイがあれだけ残虐に人間を殺した悪魔の様な存在であるということを分かっていても、それでも尚、俺の心は締め付けられる様に痛んだ。
「アイカは、俺がお前を殺したら、俺のことを憎むかもしれない……。だがこれ以上お前を野放しにして殺戮を続けさせてしまったら、それこそあいつの心は取り返しがつかないほど壊れてしまう! あいつのためにも、俺がお前をこの場で殺す。もう、それしかないんだ……!」
俺の頬を、涙が伝う。
泣いたのは、いつ以来だろうか。
それすらも、今の俺には分からなかった。
剣戟が辺り一帯に鳴り響く。俺とコウダイはまさに互角だった。共に小細工は一切ない。それ故、不利なのは俺の方だった。
「ぐっ!」
身体が傷ついても、どれだけ体力を消耗しても、コウダイは驚異的な回復力ですぐに元通りになってしまう。魔物として覚醒した今、その能力は以前よりもフル回転しているのだろう。
体力が元に戻ってしまうのなら、体力が減る一方の俺が不利なのは必然。だが、そうだからと言って、俺がこの戦いから逃げる訳にはいかない。
守りたいやつらを守るためにも、俺は負けられない。
「ずあッッ!」
だがそんな気持ちとは裏腹に、俺は徐々にコウダイの力に押され始めていた。このままでは、やられるのは時間の問題だ。
どうしても、この戦いに勝ちたい! 心はそう願うのに、腕が思う様に動いてくれない。
「動け! 動いてくれ! ここで負ける訳にはいかない! ここで負けたら、何も守れない! だから頼む! 頼むから……」
無駄だと分かっても、そう、自分に向かって叫んだ。
コウダイはそんな俺に対して何の感慨もなさそうにジークフリートを振り下ろし、俺はついに剣を地面に取り落とした。
あまりにあっさり、俺は最も大事なものを手放したのだ。
目眩がした。コウダイの姿がぐにゃりと歪んだ。
そして、
「あ、あああああああああ……!」
遅れて、感じたこともない激痛に襲われた。
「化け物である私相手に善戦した方だ。だが勝負は勝負だ。負けたものに待ち受けるのは死だけだ」
「だ、誰が、負けた、だと……?」
「見苦しいな。潔く負けを認めたらどうだ? テオドゥルフを握れないくらい深い傷。そして止血しなければ確実に死に至るほどの出血だ。もう君に勝機はない。諦めて、潔く首を差し出すんだな」
右肩を押さえながらも、俺はコウダイを睨みつけることはやめない。誰が負けを認めたりするものか。俺は腕をもがれても、足を千切られても、腹に風穴をあけられても負けを認めたりはしない!
「そうか。あまり無様な君の姿など見たくなかったのだが、致し方あるまい。そこまで粘ったのだ、せいぜい死ぬまで意地を見せてくれ」
そう言って、コウダイはジークフリートを俺に向ける。その瞳には、一かけらの躊躇いも、戸惑いもない。
霞みゆく意識の中でも、俺は絶対にコウダイから目を逸らさない。せめて、俺がどれほど強い思いを持っていたのかだけは記憶に焼きつけてやりたくて、無用な意地を張っていたのだ。
「それでは、サヨナラだ。ユーリ!」
コウダイが腕を下ろす。でも、その時だった。それはまさに、奇跡としか言いようのないタイミングだった。
金属と金属がぶつかり合う音。でもそれは本来ならあり得ない。俺はテオドゥルフを持っていない。防ぐものなど何もないはずなのに、どうして、金属音なんて……?
「なに……?」
俺とコウダイとの間に入っていたのは、見慣れた後姿。俺よりも小柄で、存在感が希薄で、でも時折見せる激情は、俺よりもずっと強い意志を持っていることのなによりの証拠であったあの少女が、あの巨大なハンマー・シャリオヴァルトをもって、彼の攻撃を防いだのだ。
「ミナト、か……」
コウダイが憎々しげにそう呟いた。その言葉で、俺の意識が再び覚醒する。全く働いていなかった思考が、通常適度まで回復する。
目の前にいたのは確かに、ヒルデブラントの変わり種である、あの少女だった!
「ミナト! どうしてお前がここにいるんだ!? 俺はイズミに、お前と2人でセオグラードまで戻れと伝えたはずだ!」
「ええ、確かに聞きました。ですが、それは聞き入れられない命令です……」
「なに……!?」
ミナトはシャリオヴァルトを構えたまま、俺にその顔を向ける。ミナトは、涙で顔をくしゃくしゃにさせていた。
「み、ミナト……!?」
「あなたを置いて逃げろなどという命令、聞ける訳がない! 大切なあなたを1人残して、わたしたちだけ逃げろと言うのですか!? あなたは馬鹿です! こんな時ほど、一緒に力を合わせないといけないのに、どうして1人で死にに行く様な真似をされたのですか!?」
「ぐ……」
何も言い返せない。これだけズタボロになった状態では、どんな言葉も彼女には響かない。むしろ彼女の怒りを煽るだけだ。
「あなたは、そこで大人しくしていてください……。すぐにイズミも来ます。そうしたら、回復をして、治ったら、わたしを助けに来てください……」
「イズミまで!? お前ら、ちょっとは俺の言うことを聞いてくれたって……」
「聞けるはずがないとさっきから言っています。わたしだけじゃなく、彼女だってあなたが大事なんですから。あまり、泣かせるものじゃありません、あの子のことは……」
「え?」
「…………」
ミナトは答えず、コウダイの方に向く。ミナトが殺気立つ。俺と話している時とは全然違う。怒っているにしても、それは全く性質が違うものだ。
「師団長……」
「もうその肩書は捨てたよ。私は君たちを殺す魔物だ。それ以上でも以下でもない」
「…………」
ミナトがシャリオヴァルトを振りかぶり、そして、思いきりジークフリートに打ちつけた。飛び散る火花。あのコウダイですら、あまりのパワーに一瞬だけ体勢が揺らいだ。
それでも、無限の体力を誇るコウダイ相手では、スタミナに難のあるミナトが勝てる訳もない。本気でイズミが来るまでの時間稼ぎのつもりなのか? それにしたって、あいつに真っ向勝負を挑むのは危険が大きすぎる。
やめさせなければ! そう思い、俺は彼女を止めようとした。でもその時、彼女が口を開いた。
「あなたは、とっても良い人だと思っていました。わたしが居場所を守るのを助けてくれる、そんな人だと思っていました……。でも、本当はそうじゃなかった……」
ミナトが奥歯を噛みしめる。さっきの泣き顔とは違い、その瞳には怒りしか浮かんでいない。
「あなたは、わたしの居場所を守るどころか、街の人々を殺し、皆を殺し、勇者様すら殺そうとした。私の居場所を、完膚なきまでに破壊し尽くしてしまった……」
俺はその時ようやく理解した。彼女がここまで戻って来たもう1つの理由。そして、無謀だと分かっていながらもコウダイと対峙する、本当の理由を……。
「……どうしてよ? ……どうしてそんな、酷いことができるの? ………………ねえ、返してよ?」
ミナトがシャリオヴァルトを構え、そして、
「返してよ!! 皆の命を返して!! わたしの居場所を返して!! この人殺しが!! この魔物が!! あんたが奪った分、わたしに全部、返してよ!!」
ミナトは次々にその激情をぶつける。だけど、そんな彼女ですらも……
「……え?」
何が起きたのか分からなかった。ただ分かったのは、コウダイがジークフリートを一振りすると、ミナトの身体がグラリと揺れ、あっさりと地面に倒れ込んでしまったということだけだった。
ミナトの首筋からは、血しぶきが上がっていた。それは絶望的なまでに勢いづく、命の噴出だった。
俺の中で何かが切れたのはその時だった。それが何か、俺にははっきりとは分からない。でも少なくとも、俺が自分を人間としての形を保てるように、最低限守らせていた何かが、その時木っ端みじんに砕け散ったのだけは事実だった。




