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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
あるアルカディアの勇者
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勇者の選択

編集版です。

 「勇者殿、本日もご機嫌麗しゅう」

 「そういうのはやめてください市長。俺を召喚したのはあなたたちだ。あなたたちは好きな様に俺を使役すればいいんです」


 市長公邸。大理石でできた立派な佇まいに、高級そうなデスク、無駄に高そうな絵画や置物。ここには言わずと知れたアルカディア最大の都市、セオグラードの市長の邸宅だ。俺は勇者として、ほとんど毎日市長主催の晩餐に招かれている。


 市長は品の良さそうな仕草で自身の長いグレーの髭を弄っている。

 「そういう訳にはいかないのですよ、勇者殿。勇者は国賓級の扱いをすること、というのが古からの習わしなのですから。それに、明日より勇者殿には我々のために、かの地に向かって頂くのです。なので最後の夜は、より盛大に宴を執り行わなければなりません」


 そうだ、俺は明日より命を受け、人々を救うべくこの街を離れなければならない。これまでいた世界に比べていくら環境が悪かったと言え、食料も寝床も完備されていたこの街を離れるということは、俺にとってあまり気乗りすることではなかった。

 だが、勇者として俺がやらなければいけないことは山積みだ。魔物の発生により甚大な被害を受けている地方から人々を避難させ、このセオグラードに移住させること。それが当面の俺の任務となる。


 「ところで勇者殿」

 市長が改まって言う。


 「なんですか?」

 「今日の宴の席なのですが、実は私の娘を同席させたいと思っているのですが、問題ないでしょうか?」

 「娘? 唐突ですね。別に俺は構いませんが……」


 俺がそう答えると、市長は「入りなさい」と奥の部屋に向かって声を掛けた。


 奥の部屋のカーテンが開けて、その姿が露わになる。

 それを見た瞬間、俺はらしくもない驚愕の声を上げてしまった。


 「あ、お前は!?」

 「先程はどうもありがとうございました、勇者様!」

 「イズミ!? どうしてお前が、市長官邸に!?」

 「それは当然、わたしが市長の娘だからです」

 「それならそうとさっき言えよ! あ、すいません市長、声を荒げたりして……」


 ついヒートアップしてしまったがここは市長官邸だ。大声などこの厳かな雰囲気にはふさわしくない。だが市長は気にした様子も見せずに言った。


 「驚かせて申し訳ありません。この子が先程、勇者殿に命を救われたそうで」

 「確かにそんなこともあったかもしれません……。それで、その御礼のためにわざわざ?」

 「それもありますが、もちろんそれだけではございません。実はこの子が、どうやら勇者殿に好意を抱いたようなのです」

 「こ、好意……?」


 俺はイズミの姿をチラリと見る。すると彼女も俺に笑顔を向けた。

 彼女の笑顔を見た瞬間、先程のセオグラード観光の記憶が蘇ってきた。そう言えば、いきなりソフトクリーム屋に連れて行かれた時は戦慄が走ったっけな。



 「俺、牛乳嫌いなんだけど……」

 俺の嫌いなもの堂々の第一位が牛乳だと知っての狼藉か?

 「そんなに背が大きいのに意外ですね。ですが大丈夫です! このセオグラードの名産は牛乳で、ここのソフトクリームはアルカディアで一番美味しいと評判なのです! 牛乳が嫌いな方でも食べられるスペシャルなソフトクリームなのですよ!」


 イズミは満面の笑みでそう言った。だが俺は半信半疑だった。むしろ9割疑っていた。イズミに押し切られて店に入ると、彼女は意気揚々とソフトクリームを2つ購入した。


 「いくら?」

 「ここはわたしの奢りです!」

 「待てって。俺は一応勇者なんだぞ。勇者が女の子にソフトクリーム奢ってもらってたなんて噂が立ったらどうすんだよ……」

 「そんなこと誰も気にしませんって! はい、どうぞ!」


 イズミにソフトクリームを渡される。結局俺は1ディナル(日本円にして20円)も払わなかった。ホント強引な子だよ……。


 結果的にソフトクリームはビックリするくらい美味かった。今まで俺が食っていたのは牛乳の様な何かからできたゲテモノなんじゃないかと思えるくらい味が違った。

 それから一緒に馬車に乗ったり、武器屋に行ったりした。もちろん今度は俺が金を出した。

 それにしても、もしかして俺結構セオグラードを堪能してた……?



 「俺、お前に好意を抱かれる様なことしてないけど……」


 思い返してみたが、やはり好意を抱かれる様なイベントには心当たりがなかった。


 「あなたが今流行りの鈍感主人公ですか……」

 「は?」

 「勇者様、あなたはわたしを助けてくれたじゃないですか! あれで充分好意は抱きました! それにその後のセオグラード観光も楽しかったですし!」


 まあ確かに堪能はしたが、だからと言って好意を抱かれても困るというか……。


 「好意を抱いてもらえるのは光栄だけど、今はそれどころじゃないんだ……。市長、俺は明日ここを発たねばならないのですよ? 失礼を承知で言いますが、俺は今彼女の相手をしている暇はないと思うのですが」

 「もちろんそれは分かっております勇者殿。まあそう言わず、ひとまず私の話を聞いてください」

 「……分かりました、聞きましょう」

 俺は渋々同意する。


 「この子のヒーラーとしての実力は折り紙つきです。戦闘において役に立てるかは分かりませんが、長い旅の途中、怪我をする者は必ず出てきてしまいます。その時に優秀なヒーラーは是非とも必要でしょう。それに私は、勇者殿は妻を持たれた方がいいと思うのです。長い旅の途中、身の回りの世話をする人間が必要でしょうから」


 市長の口からは俺の予想の斜め上をいく言葉が発せられていた。


 「つ、妻ですって……!? 市長、一体なにをおっしゃいますか!?」

 「なあに、この子も今年で十五です。この世界ではこの歳の女子はもう立派な大人として扱われます」

 「いや、そういう訳ではなく、そんないきなり妻と言われても困りますし、それにその子の気持ちだってあるでしょうに……」

 「大丈夫です勇者様。勇者様の妻になりたいと思っているのはわたしなので」


 お前かよ!? と俺らしくもないつっこみが俺の中を駆け巡る。

 この状況、どうするか……。市長はじめ議会の人間たち、旅に同行する騎士団の面々、その全てがこの縁談を祝福しているように思える。というか全員目をキラキラさせて俺たちを見ている。


 ちょっと待ってほしい。なんで俺がイズミを妻にする流れになってんだ。俺は妻なんていらん! 俺はあくまで、この世界の人間を利用したいだけだ。そんな俺に妻など必要ない。ってか邪魔だ。ホント邪魔! ここは悪いが断らせてもらうぜ。


 「市長のお心遣い恐縮の至りです。ですが、今の俺には……」


 断る。そう思い、俺は口を開きかける。

 だがその時だった。


 「その話、待ったあ!」


 会場に響く甲高い女の声。彼女の登場が事態をややこしい方向へ持っていくのだった……。


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