スコピエルの魔物 その一
長いですがお楽しみください!
1
セオグラードを発ってから10日目。ようやく、俺たちは目的の地、スコピエルに到着した。
思えばここに到着するまで色々あった気がする。
なぜか女子2人が俺を取り合い、セクハラまがいのアプローチをかけられたり、そのとばっちりで小一時間説教されたり……あぁ、なんかロクな思い出がない……。
今もほら、あの2人は見えない火花を飛ばしあっている。俺の左にはミナト(眼鏡あり)、右手にはイズミ。
どうにも俺は小さい子たちに好かれるようです。でも俺はロリコンではないからそんな彼女たちに言い寄られても困るわけです。
「両手に花とは、実に羨ましいなユーリ」
「全くそんなこと思ってねぇくせに……」
コウダイが俺を茶化す。先日、自らの過去の話を聞かせてもらったことで、なんとなく距離が縮まった気がする。
まぁ、いじられ過ぎるのも困るわけだけど。
それにしても、コウダイにまさか記憶障害があったとは思わなかった。それに、アイカとの馴れ初めもなんか初々しくて羨ま……いや、単純に良い話だと思っただけだ。
彼が騎士団で活躍する理由。それは拾ってくれた市長の金銭的負担の軽減という側面もあるだろうが、それ以上にアイカを守る騎士になるためだったというのは、同性の俺からしてもカッコいいなこの野郎という感じだった。
俺が女なら絶対惚れてる。だが俺は男だから惚れない。意地でも惚れたりなんかしない。
「全然人がいないみたいね」
アイカが付近をキョロキョロ見渡しながら言う。
確かにもうすでにスコピエルに着いたはずなんだが、さっきから人の姿を全く見かけない。
市長の情報によれば、魔物の出現頻度が増えたせいで近隣の住人はほとんど城壁のある中心地に逃げているという話だ。だが全員が入れるという訳もないだろうから、少しくらいは人がいると思っていたんだがな……。
「みなさん、家の中に隠れているんですかね?」
「いや、家の中にいたって人が生活しているなら気配ぐらいはするはずだ。これだけ静かだと、人がいるとは思えないな……」
イズミがうーんと首を捻る。左のミナトも眼鏡をクイとあげてなにやら思索している。
まぁここで悩んでいても仕方が無いので、ひとまず俺たちは中心地を目指すことにした。
「うわぁ、これは凄い……」
見上げたままイズミが感嘆する。
「確かに、これだけ立派なら敵も入ってこられないだろうな」
目の前にそびえるのは、まるでイタリアのコロッセオの様な立派な城壁だった。しかもサイズはコロッセオの比ではない。軽く倍はあるだろうか。
「噂には聞いていたが、まさかスコピエルの城壁がここまでとは。規模で言えばセオグラードの方が断然大きいが、こちらはあちらにはない荘厳さを感じさせる。悪いものを寄せ付けないというか、食い殺してしまいそうな気さえする……」
セオグラードの城壁が規則正しく並べられていたのに比べ、スコピエルの城壁はボコボコしていてまるで規則性がない。まぁ言ってしまえば不恰好なわけだが、単純に高さは倍近くあり、その独特の荒々しさが近寄り難い雰囲気を醸し出しているのは間違いなかった。
その中でも、この城壁に一層強いインパクトを与えているのは、門がある城壁の正面部分の像だ。それは鳥のようなものが象られていて、これがスコピエルを外敵から守っていることは容易に想像できた。
「これがこの街の守護神、怪鳥スコピエです。スコピエがこの街にいる限り、この門が破られることはありません」
何者かの声。俺たちは一斉に声の主の方へと振り向く。
そこに立っていたのは、背中ぐらいまでの長い白髪の70代と思われる老人だった。
「これは、ドウゲン市長! お一人でどうされたのですか!?」
コウダイは顔見知りなのか、突然1人で現れた市長に困惑しながらも声を掛ける。
「皆様を、歓迎しに参りました……」
消え入りそうなほど小さな声。とても歓迎しているようには見えない。まぁこちらに敵意を向けているわけでもなさそうだが。
「そうでしたか。しかし、市長がお一人で来られるとは。騎士団の人間は何をしているのか……」
「………………」
市長の様子はやはりおかしい。1人でわざわざここまで来るのも不自然だし、さっきからモゴモゴ喋る彼からはどうにも生気を感じられない。
「なぁ、ドウゲン市長っていつもあんな感じなのか?」
俺はアイカに耳打ちする。しかしアイカは頭を振る。
「前に何度かお話ししたことがあったけど、今日は明らかに様子がおかしいわ。もしかして、街で何かあったんじゃない……?」
アイカは不安を顔に滲ませながら言う。確かに、俺も同様の不安を感じていた。
市長の様子は明らかに変だ。何かに怯えているような気がしてならない。
辺りに敵の影は見当たらない。だが街に人はおらず、市長を護衛するはずの騎士団の姿もない。
ここから導き出されるのは……いいや、悪く考えすぎだ。厄介な敵がいたとしても、騎士団がそんな簡単にやられる訳が無い。
きっと、街の外の魔物の掃討作戦が行われていて、それに多くの騎士団員が参加しているだけだ。
そうに、決まっている……。
俺がそう思っていると、何やら思案していたコウダイが神妙な面持ちで口を開いた。
「市長、もしかして何か大変なことが起こったんじゃありませんか……?」
市長は答えない。下を向いたまま、沈黙を貫く。
「市長! これは大事なことです! しっかり答えてください! どうしてどこにも騎士団員がいないのですか? どうして街から人が消えたのですか? どうしてあなたは、そんなに怯えているのですか!?」
コウダイが珍しく声を荒げる。
俺たちは息を飲む。
「…………からだ」
市長の消え入りそうな声。
「聞こえません! もっとはっきり言ってください!」
コウダイが詰め寄る。そして、ついに、
「……皆、死んだからだ」
市長が、驚愕の事実を口にした。
「な!?」
今、この人はなんと言ったんだ?
死んだ……? そんなバカな!?
セオグラードほどではないにしろ、この街にだって多くの騎士団員がいたはずだ。それが全滅だなんて……。
「そ、そんなまさか!?」
「まさかではない!」
ついに、市長が抑えていた感情を爆発させる。
「騎士団は、この街の騎士団は死んだのだ! 彼らは、市民を守り、名誉の戦死を遂げた! ここに残っているのは、無様に生き延びた私と、生き残った市民だけだ! 私が、私が無力なばかりに、彼らをいたずらに死なせてしまった! 悪いのは私だ! 責めるなら私を責めろおおお!!」
ダメだ。市長はすっかり錯乱状態になっている。
それにしても、この人が言っていることは本当なのだろうか? まさか頭がおかしくなってありもしないことを言っているわけじゃないよな?
「市長、まずは落ち着いてください! もし市長がおっしゃられていることが本当なら、ここは危険です! 今はひとまず城壁の中に避難しましょう!」
コウダイが市長を落ち着かせる。
しかし、その時だった。
「北東の方角に、多数の敵の反応……」
「なに……!?」
あの時と同じく、またしてもミナトがいち早く敵の接近に反応する。
ミナトが示す方に気を配ると、やはり魔物の反応を確認することができた。
力の程はわからないが、とにかく数が多い。戦えない者を今すぐ安全な場所に避難させなければなるまい。
「第二師団BとCグループの20名は市長の護衛と、壁の中の市民の安全を守れ! 残りのメンバーは敵を迎え撃つ。絶対に城壁内には入れるな! コウダイ、陣頭指揮は任せた!」
「了解した! よし、みんな行くぞ!」
彼の言葉に、全員が気合の声を上げた。
ここで敵を殲滅できなければ、スコピエルの住人に更なる被害が出るのは必至だ。ここは是が非でも敵を近付けてはならない。
俺も今回の戦闘には積極的に参加して、戦いを早期に終わらせるつもりだ。無駄な犠牲は絶対に出さない。
「ユーリ様、わたしも戦いに参加させてください!」
イズミが僅かに強張った表情で尋ねる。
俺は、はあと溜息をつき答える。
「何度も同じことを言わせるな。イズミの仕事は味方の回復だ。だから戦闘には出なくていい。市長と一緒に、城壁内に避難していろ」
普段なら、厳しく言えば彼女は引いてくれる。しかし、今日は様子が違うようだった。
「お願いです! 決して邪魔はいたしません! なのでどうか、私も参加させてください!」
「ダメだ」
「ユーリ様!!」
「どうしたんだイズミ? お前らしくないな。お前はもっと聞き分けのいい子のはずだぞ」
イズミは多少我が強いところはあるが、基本的に俺の命令にはいつも従うずなのに、今日に限ってどうしたというのか?
「嫌な予感がするんです……」
思いつめた顔でイズミが言う。
「嫌な予感って、なんだよ……?」
「今ユーリ様と離れ離れになったら、このままもう、会えなくなってしまうような、そんな気がするんです……」
イズミは今にも泣き出しそうにこちらを見つめている。
そんな予感当てになるか、と一蹴することは簡単だ。だが、それでは彼女は納得しないだろう。
俺は相手がどんなに厄介であろうともやられることなどない。イズミと再会できないなんてことはあり得ない。
俺はイズミの頭に手を置き、
「大丈夫だ。この戦いが終わったら、真っ先にお前に会いに行ってやる。約束だ。だからお前は、安心して俺たちの帰りを待っていてくれ」
優しく、彼女の頭を撫でてやった。
「約束、ですよ……。わたしのことを置き去りにしたら、罰として、わ、わたしに……」
イズミはなにやらモジモジしている。
「わたしに、なんだ?」
俺がそう尋ねると、イズミは紅潮した顔を俺に向けた。
その顔は、俺にはなぜか妙に大人びて感じられた。
不覚にも、俺の心臓の鼓動は速まっていたのだ。
そして躊躇いがちに、彼女は言った。
「わたしに……キスをして、頂けないでしょうか……?」
「……ま、またお前は、自分を安売りして! だ、駄目だぞ! 俺がいくら勇者だからって、無理して俺に尽くさなくたって……」
「わたしは本気です!!」
「うおッッ!?」
イズミらしくない大声に、思わずすっ転びそうになる。
「勇者とか、そういうのは関係ないんです! わたしはユーリ様を心の底からお慕いしております。だから誰にも、あなたを取られたくない……。自分勝手なのは分かっているんですが、どうしても、どうしてもあなたに、キスをして、頂きたいんです……」
彼女はそう、熱っぽい顔を向けたまま俺に言った。
今まで、イズミやミナトに過激な求愛をされていたが、どれもイマイチピンときていなかったのが事実だ。失礼ながら、まだ幼い彼女らの身の丈には合わない浮いた台詞では、俺の心には全く響かなかったのだ。
だが、今のイズミの言葉は違った。
言葉はとても拙い。でも、心は俺に直に届いた。
俺には、守ってやりたい大切な人がいる。その心は、今でも揺らいでいない。
彼女を探すことがこの旅の目的であることは変わらない。
だけど、俺はついぞその子に俺を必要としてもらうことは出来なかった。
彼女を探したところで、また拒絶されるのがオチだ。
旅の果てで、そんな絶望的な現実を再び突き付けられ、俺は耐えられるだろうか?
正直、俺は自信がなかった。
心を通わせられる人たちと出会ってしまった俺は、拒絶されることを恐れはじめていたのだ。
なんてことだ。初めは全員を裏切ってでも目的を果たすつもりだったのに、いつの間にかすっかり感化されているじゃないか。
勇者が聞いて呆れる。
俺はもはや普通の弱い人間だ。
偽物の勇者が、ただの人間に成り下がってしまった。
でも、不思議なんだ。
自分がとても情けなくて、どうしようもないと思っているのに、そんな現状を俺は悪いことだと思っていないんだ。
目の前の少女をもう一度見る。
出会った時から、今までの記憶が一瞬にして蘇る。
彼女との思い出は、どれも温かな記憶として保存されていた。
彼女は、俺を求めている。
では、この俺は?
わからない。情けないを通り越して絶望するぐらい俺は自分の心がわからなかった。
だけど、目の前の女の子を悲しませたくない、という気持ちだけは確かに持っていた。
だったら、今はその想いに従う他ないじゃないか。
「……わかった。戻らなかった時の罰なんかじゃなくて、俺が戻ったら、お前に、き、キスしてやるよ……」
「ほ、本当、ですか……? 本当に、わたしにしてくださるんですか……?」
「そ、そんな泣きそうな顔すんな! 本当だよ! だから、楽しみにして俺の帰りを待ってろ! ほら、もうコウダイたち見えなくなっちまったから俺は行くぞ。お前は、ちゃんと城壁内で待っているんだぞ」
「は、はいっ! ユーリ様、頑張ってくださいね!」
イズミはようやく、笑顔を俺に向けた。
「話は済んだ? ほらイズミ、早く行かないと城壁を閉められないわよ」
「うわっ!? お前、いつからそこに!?」
目の前には、ムスッとした顔で腕組みをしている巨乳娘の姿が。
「さっきからずっとよ。まったく、イズミがあれだけ言ってるのにあんた考えてる時間長すぎよ。男なら女の子の告白には即断即決が基本でしょうが……。ほら、イズミ行こう。……勇者も早く! コウダイを助けに行ってよね!」
アイカに促され、イズミは城壁を目指す。
その途中で、
「ユーリ様、待ってますから」
イズミは俺に、そう言った。