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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
スコピエルの魔物Ⅱ(Side - Yuri)
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ツンデレ少女はかく言いにけり

コウダイが自ら過去を語ります。

 「気づいた時には1人だった。土砂降りの中、私はとある建物の前で1人、膝を抱えて震えていた。寒くて、怖くて、ただ、悲しかったことだけは覚えている……」


 5年前、彼は外見から推定できる年齢としては恐らく俺と同じ17歳くらいであった。


 雨に濡れすっかり汚れてしまってはいただろうが、それでも、スラッとした長身と鮮やかな金髪、そしてシュッと整ったかんばせは、嫌でも目立ったはずだ。

 きっと、良家の御曹子を彷彿させたことだろう。


 道行く者が、その異様に存在感を放つ彼を凝視した。

 ずぶ濡れの様子を見て、声を掛けようとした者もいたはずだ。


 だが、実際は誰も声を掛けなかった。

 いや、正確には掛けられなかった、というのが正しいだろう。


 生気の抜けたような顔。

 人々はまるで死体のような、今にも朽ち果ててしまいそうなその少年を見て、声を掛けることを思い留まった。


 関わり合いにならない方が賢明だ。

 ほとんどの人間がそう思った。

 だから、結局誰も彼に救いの手を差し伸べることはなかった。


 「このまま何も分からず、死んでいくんだと思った。朝日が優しく生命を包みこんでくれることを知らず、そよ風がそっと頬を撫でてくれることを知らず……そして、人の温もりを知らずに、私は死んでいくはずであった。だが……」


 だが、そうはならなかった。

 たった1人、彼に手を差し伸べた者がいたんだ。


 長い金髪、大きくて意思の強さを秘めた瞳。

 傘を彼に差し出し、屈託無く笑った。


 「寒いでしょ? 家に来る?」


 まるで、友人を自宅に誘うかのような、そんな軽さでその少女は言った。

 怯えたように彼女を見つめる彼に対して、彼女は優しく語りかける。


 「大丈夫。この世界は、あなたが思っているよりもずっと温かいわ。絶対に、寒さで凍えたりしない」


 彼女の言葉に励まされ、彼はフラフラっと立ち上がった。

 彼女は自分よりも背の高い彼がこれ以上濡れないよう、彼の高さに傘を差し出し続けた。自分が濡れることなど、少しも気にすることなく。


 彼女の父親は、セオグラードの市長を務めていた。

 彼はまるで人形のように生気を感じられないコウダイを見ても、少しも彼を不審がらなかった。


 「彼をお風呂に入れてあげなさい。着替えたらまたここに来なさい」


 市長は彼に衣服を与えただけでなく、夕食まで振舞った。


 汚れを落とし、品位のある衣服を身に纏った彼を見た家の者は皆、例外なく彼に魅了された。

 彼の醸し出す雰囲気は並大抵のものではなかった。女性ならず、男性ですらも、彼の色気に並々ならぬ興味を引かれたことだろう。


 市長は晩餐の席で彼を質問ぜめにした。

 市長は彼が重度の記憶障害であることを知ると、すぐさまこう提案した。


 「記憶が蘇るまで、君はここにいなさい。君が望むなら学校に通いなさい。やりたい職業があるなら遠慮せず言いなさい。気に入った女性がいたら私に相談しなさい」


 その提案に、コウダイは驚きを隠せなかったという。


 「私は、どうしてそこまでしてくれるのですか? と尋ねた。市長は言った。『君には無限の可能性を感じる。君のような人間が何も事を成さずに終わるのは人類にとっての損失だ。私はこの世界のためにも君を養う必要があると考えたんだ』とね。……驚いたよ。さっきまで死を覚悟していた人間が、まさかあんな言葉をかけてもらえるなんて思いもしなかったからね……」


 コウダイははじめこそ市長の申出を固辞したが、ついには彼の熱意に負け援助を受ける事を承諾した。



 「ねえ、どうして騎士団を選んだの?」


 ある日、アイカが彼に尋ねた。


 様々な道があったのだが、彼は最終的に騎士団への入団を決めていた。

 アイカは当時まだ学生で、彼と共に学校に通う事を夢見ていたのだ。


 市長に拾われてから一月あまり、その頃の彼はだいぶ人間らしさを取り戻していて、彼を恐れる者は全くいなくなっていた。

 いやそれどころか、元々彼の特徴は目立つ容姿に人当たりのよい性格だ。そんな彼は周りの人間たちの間ですっかり人気者になっていたのだった。


 --私はこの世界に早く貢献したいんだ。学生という身分では、すぐに社会に貢献する事はできないからね。


 「軍人になったって、すぐに何かをできるわけじゃないでしょ? 学生の方が色々勉強できていいと思うんだけどなぁ……」


 当時のアルカディアは地上の楽園と言われていた。そんな世界において、騎士団はそれほど活躍の場が与えられていた訳ではなかった。

 しかし、それでも彼が騎士団を選んだのは、もしかしたらこの世界の行末を予知していたからなのかもしれない。


 「そんなたいそうなものじゃない。単純に学費面での負担をさせたくなかっただけさ。もちろん、他にも理由はあったのだが……」



 それは、彼が騎士団入りを決める数日前のことだった。


 街の外にある小さな湖。アイカはその場所がお気に入りだった。

 彼女は時折そこで物思いにふけったり、魔術の訓練をしたり、水浴びをしたりしていた。


 当時のアルカディアはさっき言ったとおり平和だったから、街から離れた所でも魔物に襲われる可能性などほとんど皆無だった。


 だから油断していた。

 魔物に襲われる可能性が0ではないから、注意は怠ってはならなかったのだが、彼女は完全に気を抜いていた。


 水浴びをして裸だったから、ディートリントは持っていなかった。

 コウダイも、彼女の裸を見ないようにちょうどそこを離れていたから、誰もその場にはいなかった。


 --アイカ!!


 人型の化物。オークが、裸の彼女を犯そうとしていた。

 頭を殴られたのか、朦朧として抵抗できない彼女の身体を無遠慮に撫で回す禍々しい手。

 彼女の幼いながらも大きな胸を鷲掴みにし、恍惚な表情を浮かべるケダモノ。


 スイッチが入ったのはその時だった。


 --うおおおおおお!


 無我夢中。彼はただただ、アイカを救うため剣をふるった。

 持っていたのは、ただの模造刀。凶暴なオークを相手にするには役不足だ。

 だが、彼は一歩も引かなかった。

 どれだけ身体を切り裂かれても、絶対に後退しなかった。


 ラッシュが終わり、オークが一瞬の隙を見せた瞬間……


 「あの時のことはあまり覚えていないのだが、私はあのなまくら刀でオークを倒していたよ。恐らく、都合よく急所をつく事ができたからだろう。なんにせよ、私はアイカを救うことができた……」


 アイカの怪我自体は大したことはなかった。

 だが彼が心配したのは心の傷の方だ。

 まだ幼い女の子が危うくレイプされる所だったんだ。その心配は当然だろう。


 「こ、コウ、ダイ……?」


 オークが倒れてすぐ、アイカは目を覚ました。彼女はそこで、死んでいるオークを見つけてしまった。


 「あ、ああああああああ!!」


 --落ち着け! アイカ!


 泣き叫ぶアイカを、コウダイは必死に抱き締めた。

 怖がらなくていい。もう誰も君を襲わない。私が君を守る!

 彼はそう、彼女を励まし続けた。


 太陽が西に傾き、日が暮れる頃、雨がポツリポツリと降り出し、あっという間に本降りとなった。


 泣き疲れてようやく大人しくなった彼女を担ぎ、彼は市長宅を目指した。

 彼女を守れなかった自分はあの家を追い出されるかもしれない。彼はそこまで覚悟していた。


 アイカが雨で冷えてしまわないよう、彼は自ら彼女の傘となった。


 「コウダイ、待って……」


 ふと、アイカがコウダイの前進を止めた。


 アイカはフラつきながらも、自らの足で地面に降り立ち、


 「さっき言ったことは、ホント……?」


 と、尋ねた。


 「正直なことを言わせてもらうと、私はアイカが私のどの言葉について言っているのか分からなかったんだ。だが、私が言ったどの言葉も嘘ではなかったから、私は彼女の言葉に頷いたんだよ」


 なんだコイツイケメン過ぎ……などという感想はこの際どうでもいい。

 彼女は彼の頷きに対し、更にこう問いかけた。


 「じゃあ、あなたはあたしをどうやって守ってくれるの? さっきみたいに、あたしが1人でいたら、あたしを守れないでしょ?」


 それは……と、口ごもるコウダイ。


 「あたしの裸を見るのを恥ずかしがっているようじゃ、あたしを守ることなんてできっこないわ。だからね、コウダイ、あなたは……」


 言いにくそうに顔を赤らめ視線を泳がせるアイカ。

 鈍感男コウダイは、はっきり言ってくれないとわからない! と言ってしまった。


 「わ、わかったわよ! 一度しか言わないから絶対聞き逃さないでよ! あなたは…………あたしの恋人になればいいのよ!!」


 ツンデレ少女はかく言いにけり。


 それは、あの時と同じく土砂降りの日。


 雨はいつも、2人を導く道しるべとなる。


 「あ、ああ! 喜んで!」


 純粋男は恥ずかしいほど素直にそう応えた。


 それは、コウダイ、外見年齢17歳の春、彼が正式にアイカの婚約者となる、1年前のことであった。


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