それが彼女との出会い
編集版です。
「確か、この辺りで声がしたような気がしたんだが……」
見渡す限りの草原。前方には一切の建造物が存在しない。数本の木は生えているものの、それ以外はほぼ背の低い草ばかりだ。
それにしても今日は暑い。辺りには日差しを遮るものが何もないから日陰が全くないのが辛いところだ。
俺がアルカディアに来てから既に1週間が経過した。初めてここに来た日、俺はアルカディア最大の都市であるセオグラードの市長並びに関係者から熱烈な歓迎を受けた。
この世界を救うべく勇者が召喚されたとあれば、彼らが騒ぐのも当然だ。彼らは例外なく俺を国賓級の扱いで歓迎した。
俺が初めてこの世界に来て真っ先に試したのは魔術だった。当然のことながら俺の世界に魔術や魔法なんてものは存在していない。勇者として召喚されたのに、実は全く魔術が使えませんでしたなんてことになったら洒落にならない。ということで俺は早速魔術の訓練を実施することにした。
それで、実際に使ってみて分かった俺の魔術の実力だが……
「誰か、誰か、助けて!」
「あっちか!」
おっと、話の途中で悪いが緊急事態だ。実力は今この場で披露することにしよう。
俺はすぐさま声のする方へと駆けだした。
声の主は女の子だった。金色の髪の毛をツーサイドアップにしており、白のローブを着ている。手には小さなロッド。だがあれは恐らく攻撃用ではあるまい。彼女は見たところ回復や身体強化の類の魔術を使う魔導師のように思える。あれはそれ用のロッドなのだろう。
彼女を追っているのは、猪型の魔物。名前を「ヴィルトシュヴァイン」という。かなりのパワーがあり、スピードもそれなりだ。少女はなんとかやつの攻撃をかわしているが、身体能力の差を考えればそれも時間の問題だ。
「そ、そこの方、た、助けてください!」
ようやく少女が俺の存在に気付いたようだ。
「待ってろ。今助ける」
しかし、その瞬間、
「ああ!」
少女の足がもつれ、あろうことか魔物の目の前で彼女は転倒してしまった。魔物はチャンスとばかりにスピードを上げる。
「きゃー!」
辺りに少女の悲鳴が木霊する。だが、心配することはない。あの程度の魔物のスピードなど俺にとっては大したことではない。俺は腰に下げた鞘から剣、「テオドゥルフ」を引き抜き、瞬時に襲い来る魔物と少女の間に割って入った。そして、
「はあああ!」
そのまま魔物をなぎ払った!
絶叫を残し、魔物が宙を舞う。俺は左足で地面を蹴り、弧を描きながら落下する魔物の軌道上へと向かう。スローモーションのように落ちてくる魔物に向けて、俺はもう一度剣を振るった。
血しぶきがあがる。傷は深い。今度は致命傷だ。
だがそれでも魔物は止まらない。自らの身体を引き裂き、死を早めるだけだというのに、その魔物は疾走を止めない。
「こ、こっちに来る!?」
猪突猛進と化した魔物の向かう先には先程転倒したままの少女の姿が。魔物は最後のあがきとばかりに先程のスピード以上の速さで彼女へと突進していく。
あのままでは彼女は逃げられない。俺は直感的に理解した。
「これしかねえな」
俺は素早く腰の鞘を引き抜くと、剣の柄の部分を鞘に突っ込んだ。
俺が力を込めると、剣と鞘は一つの武器へと変化する。
俺は尚も魔力を込める。すると今度は、一本の長い獲物となった俺の剣が弧を描いていく。
そして俺は右手で空を掴む。掴んだ場所からは魔力で結えた弦が発生し、半円状になった俺の剣の先端を直線で結んだ。勇者の弓、「アルフレート」の完成だ。
魔物と少女の距離は十メートル。時間にすればほんの一瞬だ。俺が右手に魔力を込めると、今度は矢が形作られていく。俺はそれをアルフレートにセットし、猛進する魔物目がけて渾身の一撃を放った!
矢は風を切り、一直線に魔物へと向かい、そして、
「うわああああ…………、ん?」
魔物の脳天を貫いた!
突っ込んでくるはずだった魔物の動きが止まったことに少女は驚きを隠せないでいる。
俺はゆっくりとした足取りで一人と一匹の元へと向かった。
魔物は頭部から大量の血を流し、今度こそ絶命していた。
「大丈夫か?」
俺はツーサイドアップの少女の頭に右手を置いた。
「あなたが、やったんですか……?」
少女はまだ目の前の現実を信じられないようだ。それもそうだろう。あれほどの速さで、暴走する魔物を正確に撃ちぬける人間などそうそういやしないのだから。
「俺以外の他に誰かいるか?」
「わたしの秘めたる力が覚醒して、わたしが知らない内に敵を倒していた可能性もあります」
「ねえよ!」
俺は少女の頭にチョップを食らわせた。
「痛いです! 何をなさいますか!?」
「お前がアホなことを言うからだろ! ったく……。とにかく助けてやったんだから、俺はもう行くぞ。こんな所、暑くて堪らん……」
俺は赤茶色のコートを翻し、城壁の方へと向かう。
「ま、待って、下さい!」
そんな俺を呼びとめる少女。
「……なに?」
俺は面倒くさそうに首だけを回して尋ねた。
「すいません、気が動転してしまってお礼を言うのをすっかり忘れていました! どうかわたしの非礼をお許しください」
少女は先程とは打って変わった様子で俺に深々と頭を下げた。
「い、いいって、そんなの……」
なにやら調子が狂う。俺は少女の元へと近づく。
「いいから頭を上げろ。えーと、名前は?」
「イズミといいます。剣士様のお名前も聞いてよろしいですか?」
「俺か? 俺の名前はユーリだ」
「え? まさかとは思いますが、あなたは、先日召喚されたあの、方ではないですよね……」
「私が先日召喚された勇者です」
「え!? 嘘!? ホントにあの勇者様!? って、すいません! わたしったらとんだ失礼を!」
イズミがこれでもかと言うほど慌てる。正直さっき魔物に襲われていた時以上だ、この慌て方は。
「落ちつけイズミ。別に怒っちゃいないから気にするな。俺はもう行くぞ。お前ももうこんな所に来るな。危ないからな」
「ちょっと待ってください! あなたにあれだけ無礼を働いたまま帰ることなんてできません! せめて、お詫びをさせてください!」
「お詫びって言われてもな……。例えばどんなことしてくれるんだ?」
「ゆ、勇者様が望まれるのなら、夜の、お相手でも……」
「帰る」
「うわあ! 待ってください冗談です! そ、そうですね……そうだ、勇者様、まだこの街のことはあまり詳しくないですよね? 良かったらご案内致します! というか是非ともさせてください!」
確かに、各所にあいさつ回りに言っていたせいでロクに街の観光はしていなかったっけな。まあこの子に街を案内してもらうのも悪くないか。いや、というかさせてあげないとこの子退きそうもないな……。まあ時間もあるし、受けてやることにしよう。
「分かった。じゃあ案内してもらおうか」
「あ、ありがとうございます! では早速、ご案内させていただきます!」
こうして、なぜか出会ったばかりの子にセオグラードを案内してもらうことになった勇者なのであった。