こう見えて純粋なんです
ややこしいですが、再びユーリ一行です
「イズミ! ミナト!」
いきなりでスマンが、大ピンチだ。
一体あの化け物はなんなんだ? 2人をどうするつもりなんだ?
セオグラードを出発してから8日目。ほとんど何にもない草原を歩き続けてきた俺たちの前に、鬱蒼と生い茂る木々の大群が現れた。
セオグラードの位置する中央とは違い、南の方に位置するスコピエルは沢山の緑で覆われ、多種多様な生物が生息している。これだけ大きな森があるということは、スコピエルまではもう少しということだろう。
「ユーリ、森には草原とまた違う類の魔物が沢山いる。中には猛烈な毒を持つものもいる。ここは一旦休憩して装備を整えてからの方がいいだろう」
「そうだな。疲れている者も多いだろうし、ここを抜けるのは明日にするか」
そうして、俺たちは森の直前で野営することに決めた。
時刻は4時近く。日が暮れるにはまだ時間があった。
そんな時だ。俺が、一行とは違う、人の気配を感じたのは。
辺りに目を凝らす。誰かが、見覚えのある誰かが、走り去るのが見えた気がした。
「ユーリ様? どうされました?」
俺が見つめる先を同じ様に見つめながら、イズミが尋ねた。
「悪い、ちょっと出てくる。他の皆には知らせなくていい。すぐ戻る」
そうイズミに言い残し、俺は森の方へと走りだした。
その俺の後ろから、イズミどころか、その他大勢までついてきていたことにすら気付かないくらい、俺は必死でその背中を追っていた。
「どこだ……? どこに行ったんだ?」
必死で俺は彼女の姿を探した。だが、姿どころか、気配すらも感じることができなかった。すると、
「何か、探し物、ですか……?」
背後から突然声を掛けられ、心臓が爆裂しそうになる。
「……うわッ! み、ミナト!? ビビらせんなよ……。どうして、お前がここに……?」
「あんたが勝手に、フラッとどこかに行っちゃうからでしょ? 集団行動なんだから、そういうのはやめた方がいいんじゃないの?」
純粋に俺のことを心配してくれている眼鏡っ子の隣には、無駄に胸ばかりデカイ女の勝ち誇った顔があった。
「お前にそんなことを言われるとはな……」
「すみませんユーリ様。悪いとは思ったんですが、もしものことがあってからでは遅いので、一応、コウダイさんに報告させていただきました」
イズミは申し訳なさそうに瞳を潤ませている。
「そんな顔するな。別に怒ってないから、気にしないでいい」
俺はイズミの目は見ずにそう言った。
「ユーリ、一体どうしたんだ? 何か、気になることでもあったのか?」
「いや、大したことじゃない。ちょっと見慣れない人間がいた様な気がしたから、追いかけただけだ。まあ多分気のせいだったんだろうがな……」
懐かしい気配はもう全く感じられなかった。今となっては、あれが本当に、あの子だったのかどうかすらも定かではないのだが。
「そうか。まあとにかく、ここでこの人数は危険だ。早くキャンプに戻ろう。ここは魔物の巣窟だ。ぼうっとしていたら、いつ襲われるか……」
「キャー!」
「イズミ! だから、言わんこっちゃない!?」
「え? うわあ!」
「ミナトまで!?」
2人の身体が宙に浮く。何かに引っ張られるように、2人は俺たちから離れていった。
「イズミ! ミナト!」
「ゆ、ユーリ様!」
突如として現れたのは、気色の悪い液体を滴らせた緑色の触手だった。その長い蔦のような触手は、一際大きくて太い大木から伸びていた。その大木は一面緑色の苔で覆われているが、上部の方に顔と思われる二つの紅い目と、大きく裂けた真っ黒な口が存在していた。そしてその口からは、触手と同じ様に得体の知れない液体が流れ出していた。
「く、くる、しい……」
蔦の締め付けに、ミナトが顔を歪める。
「2人とも大丈夫か!? 待ってろ、今助ける!」
コウダイが触手を睨みながら、腰のジークフリートに手を伸ばす。
しかし、次の瞬間、
「な、なに!?」
コウダイのジークフリートが一瞬にして蔦に絡め取られてしまった!
「しまった!」
「このぉ! シュヴェルマー……」
「おい待て馬鹿! こんな所で炎魔術を使うな! 2人に引火したらどうするんだ!?」
「あ、そうか……って、キャー!?」
「「アイカ!?」」
2人を心配している間に、なんと今度はアイカまでもが触手に捕まってしまった。触手はアイカを捕えるや否や、身体の節々に絡みつき、彼女の身体を縛り付けていく。
「い、いやぁ! 気持ち悪い! ちょ、ちょっと、そ、そんなに、締め付けないで……い、いやぁ、あ、ああん……」
「お、おい、変な声出すな! 気が散るだろ!」
「そんなこと言われても……や、やめ、て、こ、こら、そんなに、胸ばかり、きつくしないでぇ……」
やめてくれ! そんな声出されたら魔術に気を配れないじゃないか! それに、さっきからスカートの中身が完全に見えてるんだよ!
だ、駄目だ……。アイカの無駄に破廉恥な格好のせいで、事態が余計に淫猥さを増している。これ以上は、俺の理性がもたん……。
「スマン、コウダイ。悪いが、アイカの方はお前に任せた! 俺はあっちの2人を助ける!」
そう言い残し、俺はその場から颯爽と駆けだす。
「あ、あんた、あたしを見捨てるつもりなのぉ!? ……だからぁ、もう、やめてって……あ、あん! ……もう、あたしもう、無理ぃ……」
「ユーリぃぃぃぃぃ!!」
アイカの喘ぎ声と、コウダイの悲しい叫び声を背に、俺は2人の元へと駆けた。
「ユーリ、様ぁ……!」
さっきよりも弱弱しい声が俺を呼ぶ。俺はテオドゥルフを引き抜き、臨戦態勢に入る。そしてそこで、俺が見たものは、
「うおおおお!?」
白いローブの、触手に触れられている部分だけが溶解し、肌が露わになってしまっているイズミの姿だった!
幸い、と言っていいのか分からないが、溶けているのはお腹周りだけだったから、絶対に見えてはいけない部分までは見えてはいなかった。だが、あれはどう見たって時間の問題だろう。
――ポタリ
地面に真っ赤なシミが拡がっていく。
「ユーリ、様……」
「やめろ! そんな目で見るな! こ、これは、違うぞ! 俺は別に、お前をやらしい眼で見ているとか、そういうんじゃなくてだな!」
「でも、ユーリ様にそういう風に見ていただけるのは、嬉しいかもです……」
「喜ぶな! 顔を赤らめるな! 少しは恥じらいを持てんのか!」
「鼻血をそれだけ垂らしながら言っても説得力がありません」
「言うなあ! うおおおおおお!」
足元に血だまりを作りだした俺は、やけくそ気味に王狼斬撃を繰り出したのだった。