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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
ここに勇者はいません - The Girls on the Rewrited World - (Side - Setsuna)
18/40

最後の希望

 ベッドの中で目を覚ます。僕の横には、スヤスヤと寝息を立てるアスカが、裸のまま眠っている。

 僕はアスカの頭を一度撫でた。優しいその寝顔に、僕は安らぎを覚える。


 昨夜のことを思い出す。

 お互いに初めてを、何の躊躇いもなくぶつけあった。

 生まれて初めての感覚。

 お互いが、お互いを愛おしく思っていなければできない行い。

 この死にかけた大地でも、生命の息吹を感じることができた、神聖なる夜。


 この手で感じたアスカの温もり。僕はそれを一生忘れないだろう。

 柔らかい肌。湿った唇。そして、2人の最も深い所が重なり合った時の、あの幸福感。

 どれもこれも、忘れようと思っても忘れられやしないだろうけど、僕はあの感覚を、とにかく大事に、心に刻みつけておこうと思った。


 僕は簡単に服を羽織り、家の外に出た。

 昨日の雨で、台地は一段と活気を失っていた。

 蒸し暑さが辺りを包んでいるというのに、生き物の気配をまるで感じない。


 あの丘の向こう側には街があると、アスカは言っていた。

 アスカが起きたら見に行こう。今までは記憶がなくて他人どころではなかったけど、アスカと繋がれた今ならもっと周りのことに気を配れる。

 この世界を守りたい。自分のためだけじゃなくて、ここに住んでいる人のためにも。

 そのためにはこの世界の状況を完全に把握する必要がある。

 そして、自分にできることを探る必要がある。


 「こんなところにいたんだ、セツナ」

 「アスカ……」


 振り向くと、そこには薄いピンクのブラウスと黒のプリーツスカートを履いたアスカの姿があった。

 黒の髪はまだ汗で濡れており、彼女はそれを同じく黒色のゴムで1つに縛っていた。

 胸の形が少し崩れているところを見ると、恐らく下着はつけていないはずだ。


 「アスカ、街に行ってみようよ」

 「いいけど、行っても何もないわよ」

 「でも、人はいるんだよね?」

 「いるけど、彼らは幽霊みたいなものよ。自分が生きているのか、死んでいるのかすら、よく分かっていないんだもの。もちろん彼らは、世界の異常には気付いていないわ……」


 アスカはそう、寂しそうな横顔で言った。

 恐らく彼女も一縷の望みを託して、街へと赴いたことがあったのだろう。

 だが、彼女の希望は脆くも崩れ去った。

 誰一人、この惨状を感知できず、アスカの協力者たる者はいなかった。

 それでも尚彼女が絶望しなかったのは、彼女がそれだけこの世界を愛しているからなのだろう。

 どんなに辛くても、簡単に諦めることはできない。この世界を見捨てることなんてできない。

 その気持ちは僕も同じだ。この世界を守りたい。そのために、僕にできることはないのだろうか?


 「ねえ、セツナは勇者の存在って、信じる……?」

 「勇者?」

 「そう。この世界を救うために他の世界から遣わされた勇敢な人間。強くて、仲間思いで、どんな危機にも信じられない様な奇跡を起こし、それを打開してしまうような神の如き人間。そんな存在を、あなたは信じるかしら?」


 勇者。そんな人間がいるなら、この世界はこんなことにはならなかったはずだ。


 「勇者なんて、信じないよ……」

 「そう……。確かに、この世界がこんなことになっている時点で、勇者の存在なんて、到底信じられる訳がないでしょうね。でもね、こんな世界でも確かに奇跡は起こっているのよ」

 「え?」


 アスカは僕に向き直る。そしてこう言った。


 「私は、この世界でたった1人、前の世界の全ての記憶を保持している。もちろん、世界の異常も感知できる。そしてセツナ、あなたは記憶は確かに引き継いではいない。でも、あなたもこの世界の異常さを認識できる。この世界でそれが出来るのは、私とあなただけなの! これが何を意味するか、あなたには分かる?」


 俄には信じがたいことだった。僕は、自分が誰かも分からない状態なのに、なぜか世界の異常は理解出来た。これだけおかしいのだから分かって当然だとも思えるけど、それを当然と思えるのは、異常ではない状態を知っているからに他ならないのではないか?

 落ち付いてから気付いたことだけど、実際僕の頭の片隅には、正常だった時の世界の景色が残っているのだ。おぼろげだし、いつ消えてもおかしくないほど儚い記憶だけども、それは決して幻なんかじゃない。

 僕は前の世界を知っている。これが意味すること、すなわち、


 「僕たち2人が、この世界に選ばれた、勇者だってこと……?」


 あり得ないという心と、絶対にそうであるという確信がせめぎ合う。そして、そのせめぎ合いに決着をつけたのは、


 「その通りよ。私とセツナは、この世界に選ばれた。私たちがこの世界の最後の希望、アルカディアの真の勇者なのよ!」


 紛れもない、アスカ自身の言葉だった。






 「いらっしゃい! お譲ちゃん今日も綺麗だねぇ。良かったら買ってかない? 取れたて新鮮ピチピチの魚だよぉ!」

 「ごめんなさい。今日はお魚の気分じゃないの。また今度来たら、是非とも買わせていただくわ」


 アスカは分かり易いくらいの作り笑顔を振りまいて、魚屋を通り過ぎた。


 「あれが新鮮? あの店主、いくらなんでも商売下手過ぎじゃないの……?」


 魚屋が見せてきたのは、今にも枯れ果てそうな腐りかけの魚だった。そもそも本当に新鮮な魚を見た記憶はないのだけど、あれが少なくとも美味しくはないことは容易に理解出来た。


 「あれでもこの世界ではまともな方なのよ。それに、誰も新鮮な魚なんて見たことがないのだから、比較のしようがないのよ……」


 アスカは料理に魚は出さなかった。恐らく、この世界のどこを探してもまともな魚はいないのだろう。

 でも彼女の出す野菜料理は、普通に食べられるものばかりだった。聞くと、実は彼女、結界を張った畑で自ら野菜を育てているのだとか。多少の毒素は入りこんでしまうけど、それでも街の市場で売っているものより百倍はまともなのができるらしい。食材さえ確保できれば、後は料理人の腕次第、ということなんだそうだ。


 「あと、ここで売っている牛乳は絶対に買っては駄目よ。中心都市であるセオグラードは牛乳が名産だったんだけど、この世界での牛乳なんて飲めたものじゃないわ……。3日はお腹の調子が元に戻らないからね……」


 アスカは青い顔で言う。

 その様子だとおそらく飲んだんだろうね……。まあ深くは突っ込まないけど。


 「ここよ。ここがお目当ての装備屋さん」


 アスカが連れて来てくれたのは、他の建物より少しだけ立派な佇まいの木造二階建ての建物だった。


 「ねえアスカ、剣を買うと言っても、僕お金なんて持ってないんだけど……」

 「大丈夫よ。この世界の金銭感覚は他とは全然違うからね」

 「へ?」


 僕は彼女の言葉があまり理解出来ないまま先導に従う。でも僕は、彼女の言葉をすぐに理解することになった。


 「こ、これはどういうこと!? 剣が5本で1ディナルって、さっきの魚より安いじゃないか!?」

 「そ。この世界じゃ、武器なんて食べ物より価値がないってことなのよ。まあ、ほとんどバーゲンセールみたいなものね」

 「どうして、剣はこんなに安いのさ?」

 「誰一人世界の危機に気付いていないのよ。みんなこの世界が平和だと信じ込んでいる。争いがなく、戦う相手がいないのなら、武器なんて必要ないと思わない?」

 「そ、それはそうだけど、これじゃ商売にならないんじゃないの……?」

 「ならないわね。だから、最近じゃこのお店、武器よりも運送業に力を入れているみたいね。クラグエからセオグラードは結構遠いし、紅い雨の心配もある。リスクが高い分、お金はそれなりにもらえるみたいね。武器屋はいずれ、廃業でしょうね……」


 要は武器がこれだけ安いのは、在庫を残さないために投げ売りをしているからなのだろう。さらにこれだけ武器を買う人間がいないのなら、これくらいの値段じゃないと売れないのだ。なんと世知辛いことか……。


 「まあ、さすがに勇者がその辺の剣を使うのはどうかと思うから、もっと良いのを買ってあげるわ。気に入ったのがあったら言ってね」

 「え? もしかして買ってくれるの?」

 「お金がない人に無理を強いるほど鬼じゃないわ。まあそうは言っても、ある程度の“お返し”は期待しちゃうけどね」


 アスカは悪戯っぽく笑って言う。


 「お返しか……。何か僕で返せる物ってあるかな……?」

 「別に現物じゃなくていいのよ? そうねぇ……帰って、また『してくれたら』、買ってあげてもいいかな……」

 「え? ……ええ!?」

 「じょ、冗談だって! あ、あははは……」


 アスカは顔を真っ赤にさせてうろたえている。

 でも僕は、悪い気持ちはしなかった。

 むしろそんな彼女に、愛おしさを感じた。


 「アスカが喜んでくれるなら、僕はそれでも全然良いよ……」

 「ほ、ホントに……? じゃ、じゃあ、期待しちゃおうかな……」

 「う、うん、どーぞ……」


 2人の間に流れる、気恥ずかしい空気。それを打ち払うかのように、アスカが大きな声で言った。


 「ああ! 見て! あの辺の剣はいいんじゃない?」


 アスカの指さす先には、確かにさっきとは質の違う剣が並んでいた。値段もさっきとは一回り違う。まあそうは言っても、安いのには変わりがないのだけれど。

 僕は綺麗に並べられている剣を一本一本眺めて回る。

 シンプルなもの、サイズの大きいもの、二刀流、刃にギザギザがついているもの、様々なものがあった。


 「試しに抜いてみたら?」

 「うん」


 アスカに促され、剣を抜き、持った感触を確かめてみる。

 だが、なかなかしっくりくるものがない。


 この店に来て分かったこととして、僕はどうやら剣を持つのが初めてではないらしかった。初めこそ恐る恐る剣を握っていたが、数分としない内に、僕は曲芸の様に剣をクルクル回すことまでできていたのだ。

 まあ、アスカには「危ないからやめて」と止められてしまったけどね。


 「こっちで最後よ」


 そこは店の最深部。最も立派な剣が集う場所。それでも値段は(以下略


 「本当にしっくりくるものがないのなら、無理してここで買わなくてもいいのよ? 他にもお店はあるんだから」

 「うん。分かった」


 僕は慎重に剣を見定める。名品が揃っているのは、記憶のない僕でも分かる。

 それぐらい剣とは芸術品に近いものなのだ。

 芸術は感性に直接働きかけるもの。そこに記憶のあるなしは関係がない。


 そしてついに、僕は出会った。

 一目見て惹かれた。それは、僕の心を掴んで放さなかった。

 鞘から刃を抜いてみる。

 鏡の様に僕の顔が映る。心なしか、僕は恍惚とした表情を浮かべている様な気がしないでもなかった。


 「セツナ、もう決まった……?」


 店の隅からアスカが顔を出す。

 

「うん。決まったよ……」


 僕はその剣を構えたまま答えた。


 「あなた、そ、それって……?」


 アスカが慌てた様子でその剣の名前を確認する。そして彼女は、こう口走った。


 「それは、王の剣よ……」

 「王の剣?」

 「そう。シンボルの狼を引きつれた、高貴なる王の剣。その名前を……」


 アスカが僅かに躊躇うような素振りを見せる。でも、僕が目を彼女から放さないでいると、意を決したかのように、こう言ったのだった。


 「『テオドゥルフ』というわ。それはかつてかの地に赴いた勇者が使っていたという、伝説の剣なのよ……」


 「テオドゥルフ……。勇者が使っていた、伝説の剣……」


 僕の頭の中で、「勇者」という言葉がいつまでも響き渡っていた。

 それがやはり運命なんだ。僕は、そう思えてならなかった。


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