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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
スコピエルの魔物(Side - Yuri)
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戦いの後 少女の苦悩

 陽がほとんど暮れかけ、辺りが闇に包まれる頃、ようやく俺たちの戦いは終わった。

 第二師団98名の内、怪我人が56名、その中でも重傷者が11名。そして、残念ながら命を落としてしまった者が3名。ヒルデブラントの人間に死者はいなかった。


 いくら彼らが電脳世界の人間であろうと、この世界の人間にとっては、それは人の死となんら変わるところがないことだった。

 勇者として、彼らを弔うことは義務であり、彼らの死を悼むことは、人間として当然の行いだろう。


 「彼らの死は、私の実力不足が招いたこと。師団長として、情けない限りです……」


 戦いの翌日、コウダイは自身を責めるように、沈痛な面持ちでそう言った。


 「コウダイだけのせいじゃない。この隊の責任者は俺だ。ならば、彼らの死の責任は俺にも、」

 「お二方、彼らの死を悼むことは当然必要なことです。ですが、責任の所在を明らかにすることは、果たして今必要なことでしょうか? みなさん、この旅に出る前、ある程度の犠牲が出てしまうことは覚悟していたはずです。亡くなられた方には申し訳ありませんが、犠牲が出るたびに立ち止まっていては、アルカディアを救うことなどできないと、わたしは思います」


 俺たちの情けなさを見かねて、イズミが厳しい口調でそう言った。

 イズミは治癒術を多用したせいでかなり疲労しているようだった。それでも、献身的に怪我人の治療を続けていた。


 「随分な言い方をするんだな。僕らのような一般隊員じゃ分からないと思うが、勇者様や、師団長は、隊員の命を預かっている以上、隊員の死は僕ら以上に辛いはずだ。そういう人たちに対して、もう少しかけるべき言葉があるんじゃないのか?」


 カズホがイズミに詰めよる。だがイズミは全く動じない。


 「カズホさん、あなたは第三師団が壊滅してしまったことを忘れたんですか? あの時の死者は、およそ90名。ほとんどの方がセントラルシティには戻って来れなかったんです。この任務がどれほど危険か、そんなこと、火を見るよりも明らかなことでしょう? この隊に参加している人達は、みなそれを理解しています。命を落とすことも考えていたはずです。みな覚悟しているんです。亡くなった3名も同じです。そんな彼らが、自分たちのせいで旅が遅延することを、望むと思いますか?」


 イズミの言葉に、カズホが殺気立つ。気が立っているとはいえ、これ以上の言い合いは軋轢を生むだけだ。見かねたコウダイが、カズホを連れ、俺たちから離れる。その際彼は、俺に対して「彼女を頼む」と目配せしてきた。


 「ごめん、なさい……」


 2人が去ると、ポツリとイズミが言った。


 「あ、謝るなよ。お前の言ったことはどれもこれも正しい。お前が一番この戦いの厳しさを分かっていたんだよ。口では色々言っておきながら、俺は多分、本当のところは何も分かっていなかったんだ…………って、おい、イズミ? どうした?」


 イズミの様子が明らかにおかしいことに気付き、俺は彼女の元へ近づく。


 「イズミ、お前…………泣いてるのか?」


 イズミの頬には大粒の涙が流れていた。彼女は白いローブの袖で涙を拭うが、絶え間なく涙が溢れてくるせいで、キリがないようだった。


 「イズミ……」

 「ごめんなさい……。ユーリ様や、コウダイさんが、どれほど辛いか、分かっているくせに、あんなことを言って、本当に、ごめんなさい……」


 謝る必要なんてない。初めてのまともな実戦がこれじゃ、混乱するのも当然だ。それにこの子は、亡くなった3隊員の治療も行っていた。だが彼女は彼らを救うことはできなかった。この子はヒーラーとして、どうしようもない無力感を味わったことだろう。

 こんな年端もいかない子供が、そんな体験をしてしまったら、心が参ってしまうは当たり前のことだ。強がっていても、この子はまだ子供だ。この世界の住人が、俺のいた世界の人間より精神的に成熟しているのは間違いないが、それでも子供は子供だ。この子に、あんな辛い経験をさせるべきじゃなかった。責任者として、この子のことは、もっとしっかり見てやるべきだったんだ……。


 この世界を救う気は、俺にはない。俺には別の目的があるから。だから、最初はこの隊の人間のことなんて、はっきり言ってあまり興味がなかったんだ。

 だが、これは俺の悪い癖なんだろうが、俺は一度関わってしまったら、その人を放っておくことができないようなんだ。特に、その人が、生の炎を煌々と燃やしているのなら。

 この隊の人間は、みな、命の炎を燃やしていた。ヒルデブラントだけを重要視していた俺が、今やイズミやアイカを初めとした、一般隊員にまで注意を向けている。

 これがいけないことなのは分かっている。自分の目的にとって、邪魔なことなのは分かっている。だが俺に無視はできない。俺は、この子を放っておくことができなくなってしまったんだ。


 「ユーリ、様……?」

 「…………」


 顔から火が出そうだった。何やってるんだ、俺は……?


 「気にしないで引き続き泣いてろ……」

 「そ、そうは言われましても、こんな風に、こんな風に、抱きしめてもらえるなんて、思っていなかったもので……」

 「い、言うんじゃねえよ! こ、こうすれば、落ち着くと思ったんだよ……。子供をあやす時は、こうやってあやすものだろ……?」

 「わたしは、子供じゃ、ないです……。わたしは、あなたの妻です。だから、」

 「わ、分かったっての! ったく、全然大丈夫そうじゃねえか。大丈夫なら放すぞ?」

 「ま、待ってください!」


 イズミが真っ赤な目を俺に向けて言う。


 「お願いですから、もう少し、もう少しわたしを、抱いていてください」

 「おい、その表現は少し語弊があるぞ……」

 「本当なら、わたしの全てをあなたに捧げたいところですが、今はいいです。ですからせめて、このままでいさせてください。このままでいれば、きっと、落ち着くことができると思うので」


 そう言って、イズミは俺の胸に顔をうずめた。またしゃくりあげる声が、俺に耳に届いていた。

 俺は黙って、イズミの頭を、そっと撫でた。


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