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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
スコピエルの魔物(Side - Yuri)
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エンカウント!

 「南西の方角に魔物の大群あり! 数はおよそ百! 総員戦闘態勢!」


 コウダイが大声で全員に指示を出す。作戦指揮を執るのはあくまで俺だが、指揮系統の伝達は基本的に戦いに慣れたコウダイが行うことになっていた。


 それにしても百の魔物なんて俺には覚えがなかった。十体ほどの魔物と戦った時はあるが、その数でも多少の怪我人は出た。ここから感じられる範囲で、魔物どもにそこまでの力は感じないが、数が数なだけに、俺には怪我人を出さない自信はなかった。


 「ここで負傷者を大量に出すことだけは避けたい。ヒーラーの数はこっちはそんなに多くないんだ。ここは俺が先陣を切るぞ」


 俺はテオドゥルフを構える。だが、


 「それは駄目だユーリ。指揮官は兵を上手く動かし軍隊を勝利に導くものだ。もし指揮官が前線に出て、負傷でもしたら誰が指示を出すんだ? 相手の数が多い時ほど、君は後方で指示を出し、我々を動かすことに徹するべきだ」


 戦いのプロ、コウダイが俺を止めた。戦ったところで俺が負傷するとは思えないが、彼の言っていることにも一理ある。戦国武将で自ら先陣を切って敵陣へ突入していく者などいない。俺も一個師団を預かっている以上、指揮官としての役割を果たすことも重要なことだろう。


 「分かった、俺が指示を出す。だがマズイと思ったら俺はすぐに戦うからな。俺を戦いに出さない位の働きをしてくれよ」

 俺はニヤリと笑う。


 「もちろんだ。我が軍に敗北はない」

 コウダイもそれに応戦した。



 魔力反応が一段と近くなる。いよいよ魔物たちのお出ましだ。

 初手でどれほどの魔物を片付けられるかで戦況が大きく変わる。


 「あのバカ女がどれほどの働きをするか、見物だな……」

 俺は前方の黒いマントと長い金髪を見ながら呟いた。


 空気を揺らすほどの地鳴りが起こる。距離はざっと五十メートル。だがその距離は一気に詰められていく。


 「今だ!」


 それが合図だ。前線の魔導師たちが力の充填を止め、魔物たちに向き直る。そして、一気にその力を解放させていく。


 「燃やしつくせ! ブレンネン・シュラーク!」


 軍服を着た魔導師を押しのけ、その中心に立ったアイカのディートリントから繰り出された火炎弾は、迫りくる魔物の軍勢の前方部分へと放たれた。そして先頭の魔物に接触すると、耳をつんざくような爆音とともに、四方を燃やしつくすほどの大爆発を巻き起こした。


 「なんて、馬鹿魔力なんだ……」


 思わず呆れてしまうほどの大火力。爆撃に巻き込まれた魔物は例外なく身体を粉々に引き裂かれ、身体の一片すらも残すことはなかった。


 今のアイカや他の魔導師たちの一撃で、魔物の三分の一は片付いたはずだ。魔物は隊列を崩し、一気に大混乱に陥る。これこそが俺の狙いだ。


 「第二陣、突撃!」


 爆発四散した魔物たちの灰を掻い潜り、武装した部隊員が突撃をかける。先陣を切るのはコウダイであった。

 俺のテオドゥルフよりも一回り大きい剣、ジークフリートで風を切り、狼型の魔物に突撃する。


 「はあ!」


 鮮やかな一閃で両断する。彼の金髪が優雅に揺れる。その動きには一切の無駄がない。彼が負ける訳がない。俺は容易くそう確信する。


 陸の魔物が劣勢に陥ると、今度は空中から鳥獣が攻撃を仕掛けてくる。短距離攻撃が主な人間に不利な相手だ。


 「狙い撃て」


 次は遠距離攻撃が得意な魔導師の出番だ。各々がロッドや銃から遠隔操作可能な魔力弾を発射し、魔物を撃ち落としていく。


 「どけ貴様ら! ここは僕で充分だ!」


 なぜかカズホが味方を蹴散らしながら敵に狙いを定める。彼の手には一丁の真っ黒なハンドガン・ハインリッヒが握られている。彼は片目を閉じ、空襲をかける大型の鳥獣に狙いを定め、引き金を引いた。

 青白い光に包まれた弾丸が鳥獣の翼を易々と破壊する。だが、彼の攻撃はそれに止まらない。空高くへと前進する光弾。そしてそれは上空で静止する。


 「ハインリッヒ、皆殺しにしろ! グレイズ・クーゲル!」


 カズホの掛け声とともに弾丸がいくつもの光の帯となり、四方八方に展開していく。もちろんこれらの帯は、ただ広がっているだけではない。

 光弾が魔物をことごとく撃ち落としていく。弾丸はただ分散したのではなく、それぞれが明確な意思を持って敵をホーミングしているのだ。


 「相変わらずあれは凄い威力だな」


 それぞれが自らの得意分野を活かし、敵を倒していく。首尾は上々。これなら、俺の出る幕はなさそうだ。


 「油断なさらないでくださいね」


 戦況を見つめる俺の横に立つイズミ。こんな時でも彼女は冷静だ。


 「なに、心配はいらんだろ。ここまで圧倒的な優勢。お前の姉貴も魔力だけなら一流だし、師団長も、ヒルデブラントも中々の仕事をしている。見ろよ、ミナトの豪快な戦い方を」


 俺が指さす先にはミナトの姿があった。彼女はその容姿には似合わない鋼鉄のハンマーを振り回し、敵を砕いていく。シャリオヴァルトの破壊力はかなりのものだ。彼女のスイングを食らった魔物は、例外なくあっさりとその場で動かなくなった。


 「確かに物凄い力ですが、些か敏捷性に欠けますね。カズホさんの攻撃も狙いは正確ですが威力は今一つという感じです。もちろん姉も、爆撃一辺倒で、魔力消費が早すぎるという弱点がありますね」

 イズミは淡々とそう述べる。


 「毒舌だな。ちっとは褒めてやってもいいと思うが」

 「外野は好き放題に解説していればいいだけですから」


 イズミは悪戯っぽく笑った。彼女は貴重なヒーラーなだけに、この戦いには参加していないのだ。


 「ですが、こういう時こそ冷静に、かつ慎重に。魔物は神出鬼没です。次にまたどこから大軍勢が現れるか分かったものでは、」


 その刹那、初めて悲鳴の様なものが起こった。

 俺は何が起きたのか確認するために目を凝らす。


 「な、なんだあれは!?」


 眼前には、先程まで全く存在していなかった巨大な魔物。大きさは三メートルをゆうに超えている。


 「どっから出てきやがったんだ、あんなの!?」

 「分かりません! 全然感知できなかったのに、突然現れました!」


 巨大な狼が剣を持つ隊員に襲いかかる。


 「う、うわああ!」


 魔物の体当たりをくらい、彼の身体が宙を舞う。今の一撃で意識を失っているようだ。


 「まずいぞ! 誰か、誰か助けに……」


 地面に伏せる隊員に尚も魔物が飛びかかる。


 ――死ぬ。殺される。そんな悪寒が俺の背中を走る。だが、それを、彼女が吹き飛ばした。

 「くっ!」

 彼女は、自分よりも遥かに大きい魔物にも全く動じず、尚且つそれを物の見事に吹き飛ばして見せた。


 しかし、それでもやつは立ち上がる。しぶとさも他とは比較にならない。


 「ミナト! いくらお前が相手でもそいつは危険すぎる! 今はとにかく退け! そしてコウダイの元まで戻れ!」


 俺は精一杯声を振り絞る。彼女は俺の言葉を聞くと、シャリオヴァルトをしまった。そして、倒れている男性隊員を担ぎあげた。


 「ミナト! 君は一人で逃げろ! 彼を抱えていては、君が魔物に狙われる!」


 コウダイは二人の方へと走りながら声を荒げた。無防備で人を担ぐのはどう考えても危険すぎる。


 「くそ!」


 カズホが弾丸を発射させる。だが、今度はさっきよりも一回り大きい鳥獣の防御にあい、弾丸を拡散させることができない。


 ミナトは表情こそいつもと変わらないが、額に汗を一杯に浮かべていた。彼女が冷静ではないのは一目瞭然だった。今の彼女は自らの身の安全まで考えを巡らせている余裕がないのだ。


 俺もコウダイ同様駆けだす。だが、届かない。俺よりも、コウダイよりも早く、魔物が彼女に接近する。そして、


 ――ドン!


 彼女の身体が宙を舞った。車にはねられたかのように、弧を描き、そして地面に墜落していく。


 グシャと、鈍い音と共に彼女の身体が地面と接触し、数メートル転がっていく。

 眼鏡のレンズが粉々になり、フレームだけが地面に転がる。頭から血を流し、目をつぶったまま、彼女は動かなくなった。


 「ミナト!!」


 俺は、彼女の名前を呼ぶことしか、できなかった。

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