開拓者との出会い
「勇者様がどこにいらっしゃるか、ご存知ありませんか?」
白かったであろうローブを相当に汚した小柄な女の子が、私にそう問いかける。
どうしてこの子は勇者を覚えているのだろうか?
世界は書き換えられ、誰一人として勇者を覚えていないはずなのに、どうして?
「ここには、この世界には、勇者はいません。あなただって、それは分かっているでしょう?」
私は含みのある言い方で切り返す。
「……あなた、もしかして何かご存知なのですか?」
予想通り、彼女は私の言葉に食いつく。
「どうしてそう思うのかしら?」
「他の方は皆、『勇者なんて知らない』と答えました。でも、あなたは『この世界には勇者はいない』と答えた。それはつまり、他の世界では勇者がいたことを知っている、ということですよね?」
「ええ、確かにその通りね……」
かつてこの世界、アルカディアには勇者がいた。
仲間と共に、勇猛果敢に敵に戦いを挑み、一つの街を救いかけた。
なにやら引っかかる言い方ですって?
ええそう、わざと引っかかるように言っているのだから当然ね。
救いかけた、それはすなわち、結果として彼は街を救えなかったということ。
ううん、決して全ての人を救えなかったわけじゃないわ。
でも、救った人以上に沢山の犠牲者を出してしまったのは事実。
だけどそれは彼の責任じゃない。彼の仲間に紛れ込んでいた異分子による、防ぎようもない反乱だった。
そして、その人物の死が、この事態を巻き起こした。
取り返しのつかない、最悪の事態をね。
「もし勇者様をご存知なら、どうかわたしに教えていただけませんか?」
女の子は、必死に頭を下げた。
「どうしてそんなに、勇者を探しているの?」
「あなたなら分かるでしょう? このままだとこの世界は、もう長くはない……。空は昼なのに薄暗く、時折嵐のように真っ赤な雨を降らす。地震は日常茶飯事で、建物の倒壊は数知れず。そして、作物はロクにとれず、餓死者が山のように出ている。それなのに、誰1人としてこの世界の危機に気付いていない! 皆が、この世界を普通だと思っている! 普通なわけがないじゃない! こんなにおかしいのに、どうして誰も気付かないの!?」
少女が怒るのも無理はない。
私だって、この世界を愛する人間として、今の事態は我慢ならない。
大切な、私のたった一つの居場所がなくなろうとしている。
だからこそ、私が代わりに勇者になると決めた。
本物の勇者は消えた。それなら、私しかこの世界を救えない。
そう思って、昨日、この家を発とうとした。
でも、
「--------!」
私は、見つけてしまった。
この世界で、最も会いたかった人を。
彼はやはり、何も覚えていなかった。
自分が何者だったのかも、この世界が、どんな状況に置かれているのかも。
「確かにおかしいわ。でも、もっとおかしいことがある。どうして、あなたはその事を覚えているの? みんなが忘れてしまっているのに、どうしてあなただけが、それを覚えているの?」
「それを言うなら、あなただってそうです。あなたは、どうして覚えているのですか? 世界は書き換えられたのに、それでもなぜ、あなただけは覚えているのですか?」
私は、スカートのポケットからあるものを取り出す。
そしてそれを、眼前の少女に見せつけた。
「それは、お守り、ですか……?」
「そう。これは『家内安全』のお守り。私の大切な人が送ってくれたものよ。私は、これが私を守ってくれたんだと信じているわ……」
私はそれを胸の前で握り締める。
あの時は「家内安全」のお守りを買ってくるなんて、家族のいない私への当て付けかと思った。
そんなものに、一体何の意味があるの? って思った。
当時の私は本当に余裕がなくて、それが彼なりの優しさだったことにすら気付けなかった。
気付いたのは、本当に最近。
この世界に来て、彼と離れてみて、初めて気が付いた。
お守りを捨てていなくて本当に良かった。
いつもなら、気に入らないものはすぐに捨ててしまうのに、珍しく残っていた。
運命なのかなって、その時思った。
また会いたいって思った。
会って謝りたかった。お礼を言いたかった。
ただ、それだけだったのに……。
「そうだとしたら……」
短い金色の髪を風に揺らしながら、その女の子は言った。
「とても、素敵なことですね。そんな奇跡が、この世界にもまだあるのなら、ほんの一握りの希望も、まだあるのかもしれませんね……」
女の子は、自分に言い聞かせるように、そう言った。
「私、アスカといいます。あなたの、お名前は?」
「……フジノです。わたしの名前は、フジノといいます」
「フジ、ノ……?」
聞き覚えがあった。
いや、むしろこの世界の住人でその名前を知らない者はいない。
それは、つまり、
「もしかしてあなたは、《開拓者フジノ》!?」
私が驚愕していると、少女はイタズラっぽく笑って言った。
「だから、わたしが記憶を保持しているのは当然なんです。なんといっても、わたしが初めてここを見つけたんですからね」
初めて見せた少女の笑顔の前に、私は、ただ驚くしかなかった。