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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
ここに勇者はいません - The Girls on the Rewrited World - (Side - Setsuna)
10/40

開拓者との出会い

 「勇者様がどこにいらっしゃるか、ご存知ありませんか?」


 白かったであろうローブを相当に汚した小柄な女の子が、私にそう問いかける。


 どうしてこの子は勇者を覚えているのだろうか?

 世界は書き換えられ、誰一人として勇者を覚えていないはずなのに、どうして?


 「ここには、この世界には、勇者はいません。あなただって、それは分かっているでしょう?」


 私は含みのある言い方で切り返す。

 

 「……あなた、もしかして何かご存知なのですか?」


 予想通り、彼女は私の言葉に食いつく。


 「どうしてそう思うのかしら?」


 「他の方は皆、『勇者なんて知らない』と答えました。でも、あなたは『この世界には勇者はいない』と答えた。それはつまり、他の世界では勇者がいたことを知っている、ということですよね?」


 「ええ、確かにその通りね……」


 かつてこの世界、アルカディアには勇者がいた。

 仲間と共に、勇猛果敢に敵に戦いを挑み、一つの街を救いかけた。


 なにやら引っかかる言い方ですって?


 ええそう、わざと引っかかるように言っているのだから当然ね。


 救いかけた、それはすなわち、結果として彼は街を救えなかったということ。

 ううん、決して全ての人を救えなかったわけじゃないわ。

 でも、救った人以上に沢山の犠牲者を出してしまったのは事実。

 だけどそれは彼の責任じゃない。彼の仲間に紛れ込んでいた異分子による、防ぎようもない反乱だった。

 そして、その人物の死が、この事態を巻き起こした。

 取り返しのつかない、最悪の事態をね。



 「もし勇者様をご存知なら、どうかわたしに教えていただけませんか?」


 女の子は、必死に頭を下げた。


 「どうしてそんなに、勇者を探しているの?」


 「あなたなら分かるでしょう? このままだとこの世界は、もう長くはない……。空は昼なのに薄暗く、時折嵐のように真っ赤な雨を降らす。地震は日常茶飯事で、建物の倒壊は数知れず。そして、作物はロクにとれず、餓死者が山のように出ている。それなのに、誰1人としてこの世界の危機に気付いていない! 皆が、この世界を普通だと思っている! 普通なわけがないじゃない! こんなにおかしいのに、どうして誰も気付かないの!?」


 少女が怒るのも無理はない。

 私だって、この世界を愛する人間として、今の事態は我慢ならない。

 大切な、私のたった一つの居場所がなくなろうとしている。

 だからこそ、私が代わりに勇者になると決めた。

 本物の勇者は消えた。それなら、私しかこの世界を救えない。

 そう思って、昨日、この家を発とうとした。


 でも、


 「--------!」


 私は、見つけてしまった。


 この世界で、最も会いたかった人を。



 彼はやはり、何も覚えていなかった。

 自分が何者だったのかも、この世界が、どんな状況に置かれているのかも。




 「確かにおかしいわ。でも、もっとおかしいことがある。どうして、あなたはその事を覚えているの? みんなが忘れてしまっているのに、どうしてあなただけが、それを覚えているの?」


 「それを言うなら、あなただってそうです。あなたは、どうして覚えているのですか? 世界は書き換えられたのに、それでもなぜ、あなただけは覚えているのですか?」


 私は、スカートのポケットからあるものを取り出す。

 そしてそれを、眼前の少女に見せつけた。


 「それは、お守り、ですか……?」


 「そう。これは『家内安全』のお守り。私の大切な人が送ってくれたものよ。私は、これが私を守ってくれたんだと信じているわ……」


 私はそれを胸の前で握り締める。


 あの時は「家内安全」のお守りを買ってくるなんて、家族のいない私への当て付けかと思った。

 そんなものに、一体何の意味があるの? って思った。



 当時の私は本当に余裕がなくて、それが彼なりの優しさだったことにすら気付けなかった。



 気付いたのは、本当に最近。

 この世界に来て、彼と離れてみて、初めて気が付いた。


 お守りを捨てていなくて本当に良かった。

 いつもなら、気に入らないものはすぐに捨ててしまうのに、珍しく残っていた。

 運命なのかなって、その時思った。


 また会いたいって思った。

 会って謝りたかった。お礼を言いたかった。

 ただ、それだけだったのに……。

 



 「そうだとしたら……」


 短い金色の髪を風に揺らしながら、その女の子は言った。


 「とても、素敵なことですね。そんな奇跡が、この世界にもまだあるのなら、ほんの一握りの希望も、まだあるのかもしれませんね……」


 女の子は、自分に言い聞かせるように、そう言った。



 「私、アスカといいます。あなたの、お名前は?」


 「……フジノです。わたしの名前は、フジノといいます」


 「フジ、ノ……?」


 聞き覚えがあった。


 いや、むしろこの世界の住人でその名前を知らない者はいない。

 それは、つまり、


 「もしかしてあなたは、《開拓者ピオニアーフジノ》!?」


 私が驚愕していると、少女はイタズラっぽく笑って言った。


 「だから、わたしが記憶を保持しているのは当然なんです。なんといっても、わたしが初めてここを見つけたんですからね」


 初めて見せた少女の笑顔の前に、私は、ただ驚くしかなかった。

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