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勇者? スマンが他を当たってくれ  作者: 遠坂遥
『勇者? スマンが他を当たってくれ』 プロローグ
1/40

偽りの勇者

プロローグを大幅に編集させていただきました。

どうにも1章のユーリが評判悪かったのでかなりマイルドな感じになっていると思います。

ということで、是非ともよろしくお願い致します。

 「明日香? おい、明日香? どこだ? どこにいるんだ?」


 学校には既に連絡した。クラスメートのほぼ全員にも確認した。この施設の全ての人間にも尋ねた。なのに、どうして? どうしてあいつはどこにもいないんだ?


 「おい、冗談はよしてくれよ明日香。またそうやって隠れて、俺たちを不安がらせるのは、やめてくれ……。おい明日香……。明日香?」


 どれだけ名前を読んでも、明日香は答えない。一体彼女は、どこに行ってしまったと言うのだ……?


 俺は堪らず施設の外に出る。

 空は既に薄暗い。時刻は夜の7時を回っている。こんな時間まで彼女が帰ってこないなんて普段ならあり得ない。しかも、今日は、あいつの誕生日なのに……。


 「悠吏、明日香は見つかったのか?」


 園長の田辺さんが額の汗を拭いながら尋ねた。


 「いや、まだです……。どこにもいないんです……」

 「そうか……。心配だな、また、例の衝動が出ていなければいいんだが……」

 「ちょっと辺りを捜してきます。田辺さんは、予定通りパーティーの準備をお願いします」

 「私も手伝うよ。他の子たちにも声を掛けよう」

 「いいです。俺1人で充分です。こんな騒動を二度と起こさせないようにきつく言っておきますから」


 俺はそう言ってそこから走りだす。他のやつらに手伝わせるなんてできる訳がない。これ以上、明日香の立場を悪くすることだけは避けなければ。

 

 夕方になってもまだまだ蒸し暑さが残っている。俺はすぐに全身汗だくになる。

 正直、明日香の居場所に心当たりはない。あいつは普段どこにも外出しない。いつも部屋で1人本を読んでいるだけだ。

 クラスでも、会話をするのは俺くらいだ。あいつは分け隔てなくバリヤーを張り巡らせている。それは俺に対しても同じなのだが……。


 あいつはあの時から時間が止まったままだ。でもきっといつか元に戻る。俺はそう信じていた。だけど、いつになっても彼女に笑顔は戻って来なかった。


 「悠吏ってさ、ホントMだよね。あの子にあそこまで尽くすなんて。その割に報われなさ過ぎって言うかね」

 「ホントだよな。お前もいい加減他の女の子見た方がいいって。お前顔は良いんだし、他の女子がお前のこと狙ってるって話もよく聞くぞ」

 「ああそれあたしも聞いたことある! 悠吏絶対モテるよね! 運動神経も抜群だし、頭もまあまあだし。あんたとはえらい違い」

 「なんだそれ!? 俺の魅力が分からんとは可哀想なやつめ!」


 クラスメイトの馬鹿な会話が蘇る。

 尽くし過ぎだとはよく言われる。実際、田辺さんからもその辺をよく注意される。

 俺も我ながら自分が馬鹿だと思うことがある。優しい言葉をかけてもらえる訳でもないのに、楽しくデートができる訳でもないのに、俺はなに甲斐甲斐しくあいつの世話をしてやっているんだろうか? ってな。

 

 もしかしたら、俺はまだ信じているのかもしれない。ある日、あいつが俺にありがとうと言ってくれることを。笑顔で楽しく語り合える時間が訪れることを。そしてあいつと、恋人同士になれることを……。


 「やっぱり俺って、マゾなのかもな……」


 俺は走りながら、自嘲気味に笑った。



 あれから2時間捜しまわった。だが、明日香の姿はどこにもなかった。


 「警察に届けた方が良さそうだな。事件に巻き込まれていなければいいだが……」


 そんな田辺さんの言葉も耳に入らなかった。


 食堂は、明日香の誕生日会のセッティングがされていた。みんなが一様に、俺を非難めいた目で見ていた。やりたくもない誕生日会のセッティングをやらされた挙句、本人が現れなかったとあればみんなが怒るのも当然だ。俺は合わせる顔がなくて、一目散に自分の部屋に駆け込んだ。


 深夜になった。依然として明日香から連絡はない。俺は、夕方にも探した明日香の部屋をもう一度調べることにした。


 女の子らしい小物も、お洒落な服も、ほとんど何も置いていない殺風景な部屋。でも本棚にだけは沢山の本があった。

 明日香の趣味は読書だ。現実世界から目をそむけ続けた彼女は、フィクションにしか拠り所を見つけられなかった。俺はそんな彼女を、現実世界に連れだすことができなかった……。


 本棚にもヒントらしいものはない。

 俺は机の上に視線を移す。机の上にもやはり物がほとんどない。たった1つ、ノートパソコンを除けば。


 よく見ると、そのPCは完全にシャットダウンされておらず、スリープモードになっているようだった。

 消し忘れたのだろうか? 女の子の秘密をあさるようで多少は気が引けたが、彼女の居場所のヒントがあるかもしれないと思い、俺は意を決して電源のボタンを押した。






 『ようこそアルカディアへ、理想郷があなたを導きます』


 俺のPCにはこんな文言が浮かんでいる。

 明日香がいなくなってから半年。

 ついにこの日が来た。待ちに待った、この日が……。


 俺は“急募”と名のついたリンクをクリックする。そこにはこう書いてあった。


 「今アルカディアは危機を迎えています。そのためアルカディア政府は、アルカディアを救う勇者を募集しています。正義感溢れるあなたの応募を待っています」


 それはこのサイトの管理人であり、アルカディアを創造したと言われる「フジノ」からの書き込みであった。

 「フジノ」はゼロ年代の末頃に、突如としてインターネット上に「アルカディア」というサイトを開設させた人間だ。

 「アルカディア」とはインターネット上の仮想コミュニティのことだ。ネットゲームをイメージしてもらうと早いかもしれない。それがただのゲームならば、人々はPCの前にいながら現実世界とは違うコミュニティを形成する。だがアルカディアはそんな生易しいものではない。


 簡単に言えば、アルカディアは画面の前にいてコミュニティを形成するものではなく、本当にそこに行って生活することを目的としている。人々はPCに手を伸ばす。するとその人は本当にその中にあるアルカディアに行く事ができてしまう。要はアルカディアとは、そこへの移住を望む者がPCの中に直接入ってしまうというとんでもないサイトなのである。原理がどうなっているのか俺には少しも分からないが、それは確かに存在する。実際に人が行方不明になり、アルカディアのサイト上でその人に関する目撃証言が出回る。そんな事態がこの日本では今起こっているのだから。


 このサイトの管理人である「フジノ」の素性はほぼ不明だ。性別が女だということくらいしか分かっておらず、アルカディアにおいても彼女を見かけた者は一人もいないのだそうだ。


 だが彼女はインターネット上、特にアルカディア支持層から絶大な支持を受けている。一部のアルカディア否定派から激しく叩かれることもあるが、5年経った今もこうして変わらずこのサイトを運営している。


 ――今アルカディアは危機を迎えています。


 アルカディアにこんな書き込みが現れたのは、今から2カ月ほど前のこと。なぜアルカディアが危機に陥っているのか、そしてなぜ急に勇者なんてものを募集する気になったのかは分からない。しかし少なくとも、これは俺にとって好機であることは間違いなかった。


 アルカディアが危険な場所であれば、アルカディアに移住した人間が元の世界に戻って来るかもしれない。俺はそう考えた。そうなれば、俺は彼女を連れ戻すことができる。半年前アルカディアに消えた、あの子を。


 2カ月前、俺はこの書き込みを見た瞬間に応募のボタンをクリックした。勇者の選考基準は全く分からない。もしかしたら完全にランダムなのかもしれない。だがそれでも、俺は確実にアルカディアに行かねばならない。それも、一般人の肩書ではなく、勇者という確固たる地位をひっさげてな。


 アルカディアはどうやら日本列島以上の広さがあるらしい。そんな広さ、俺1人で簡単に探せる訳がない。だが勇者という地位があれば、他の人間を使えるかもしれない。世界を救うと見せかけ、俺の目的のために人々を利用出来るかもしれない。そのためには、やはり絶対的なポジションが必要だ。


 俺は一度息を吐き、「抽選結果」にカーソルを合わせていく。不思議なことに、俺の心は至って落ち着いていた。何の確証もないのに、絶対的な自信があった。アルカディアは俺の想いに応える。俺はそう確信していた。


 項目をクリックする。そこには、


 “当選”

 

 と、書かれていた。


 この瞬間、俺はアルカディアを救う勇者となった。

 やはりアルカディアは俺を選んだ。俺の想いは、その辺のやつらとは比べ物にならないほど強い。この身を賭してでも成し遂げたいことなど、普通の人間は持ち合わせている訳がないのだから。

 

 サイトに文字が浮かび上がる。


 「あなたはアルカディアを救う勇者に選ばれました。あなたの使命は危機に瀕しているアルカディアの住人を救うことです。『アルカディアへ向かう』をクリックすればただちにアルカディアに移動することができます。今すぐアルカディアへ向かいますか?」


 しかし想いはあっても、それは決してアルカディアを救いたいなどという想いではないことを、フジノは知らない。

 ならば、このまま騙してやる。本当の想いを隠したまま、アルカディアの人間を利用しつくしてやる。そして、あの子を救い出してみせる。その後でアルカディアがどうなろうと知ったことではない。フジノが泣こうが喚こうが知るか。後はそっちの勝手にしろ。


 そして俺は、何の躊躇いもなく、「はい」の項目をクリックしたのだった。


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