自称王子と新クエスト④
「コスプレ同好会に入ります」
俺は彼女に告げた。顔に偽りの笑みを張り付けて。
「委員長氏も一緒に」
「えっ!? ちょっと!!」
ここからが正念場だ。委員長氏に向き直り、笑みを崩さずに尋ねる。
「委員長氏はコスプレしたくないのか?」
「それは……したいけど。……でも!私がコスプレ同好会に入ったら、そういうイメージが……」
「そうだな、俺も高校生活三年間を敵だらけの中で過ごしたくはないし、そういう思いをさせたくはない」
今俺が言っていることは結局のところ、自分に都合のいい空間を作るための方便でしかない。
「だからあんたはこの同好会に"部員を監視するため"という名目で入部すればいい」
「でも監視する部員なんて……。それにそんな話を信じる人がいるとは思えない」
「あんたの言ってることはもっともだ。だがその状況を打破する方法はある」
「なに?」
期待や不安が入り交じった上目遣いで俺を見つめてくる。
俺はこれまで誰かに影響を与えたことはなかったように思う。こいつは普段と異常時――昨日もそうだったが――のギャップがあり過ぎる。そのせいかそういう顔をされると、からかいたくなる反面なんとかしてやりたいと思ってしまう。
数分前までは自分のためだと思っていたのに、気づけば委員長氏のためにと思っている。そんな自分にため息をつきたくなるのをぐっと堪え、最善の策を提示するように言葉を紡ぐ。
「まず部員がいないなら増やせばいい」
そこまで俺と委員長氏のやり取りを見ていた自称王子さんが口を開く。
「増やすと言っても私が二年間見てきたが素質のある者には出会えなかったぞ」
「オーコ会長の部室の選択はよかったんですけど、それだけではあなたの言う"素質のある者"を探すには不十分でしょう」
「王子と呼んでくれと言っているだろう。それで、不十分とはどういうことだ?」
「学校でそういった格好をするのはあなたか委員長氏くらいですよ」
「わ、わたしは事情があってしてただけでいつもしてるわけじゃないわよ」
委員長氏が何か言ってるが無視する。
「素質があるかどうかっていうのは見た目だけでは解らないものです。だから多くの人と実際に話してみるといいかもしれません」
ずっと人と関わってこなかった俺が言うのもなんだが。
「それとオーコ会長は二年間見てきてますが、今年の一年生についてはまだ調べていないんでしょう?」
これからどうなるのかという楽しみもあって未だに俺の笑みは崩れない。
「調べては……いない」
「ならそれで部員が増えれば監視する必要性も出てくる」
「それはそれでいいとして、もう一つの問題は?」
そう言う委員長氏からは先ほどまでの感情は読みとれない。
「その問題はわざわざ策を企てなくても自然に解消されるだろうさ」
「どういうことだ?」
コスプレ会長氏も解らないらしい。
「まあ、簡単に説明すればコスプレ同好会に入る生徒なんて変人や問題児ばかりだろうなあ、と思っただけですよ」
「それって私も入ってるの?」
委員長氏が自分を指差して聞いてくる。
「俺も含めてな」
俺は肯定する代わりにそう答えた。
数秒の沈黙の後、校内にチャイムが鳴り響いた。
「二人とも入部してくれるならこちらとしても助かる、ありがとう。放課後B棟の一階に来てくれ、君たちを部室に案内する。それではまた後程」
言って自称王子は颯爽と階段を降りて行った。
「あっ! ちょっと!!」
委員長氏が呼び止めようとするが綺麗で長い黒髪は既に見えなくなっていた。
「じゃあ俺保健室行くから」
入るとは言ってないのに、と嘆いている委員長氏に背を向け片手をヒラヒラと振り去って行こうとしたが、階段に差し掛かるところで後ろから襟首を掴まれた。
「ぐわっ」
「私と体育館行くわよ」
「止めるにも止め方ってのがあるだろ」
実力行使でそのまま体育館に連れて行かれると思いきや、二階まで降りたところでいきなり立ち止まった。
「どうした?」
気になって聞いてみる。
「ジャージに着替えてないわね」
「そうだな、っていうか今から行っても遅くないか?」
「何言ってんのよ、授業を受けることに意味があるんでしょ!」
「俺には解らないな」
「とにかく着替えに行くわよ」
委員長氏は未だに俺の襟首を掴みながら、階下に向いていた足を一年二組の教室へと向ける。
意外と強い力でぐいぐいと引っ張っていくため、抵抗する気もすっかりなくなってしまった。
「着いたわよ」
「見れば解る」
「直ぐに着替えて先生に謝りに行くんだから、早くしてよね」
着替えて、と言われても「どこで?」と聞き返さないといけない状況な気がし、口を開けたところでそのまま俺は固まった。なぜなら……。
「おい! ちょっと待て、まさかここで着替えるわけじゃないよな!?」
「ん? 何?」
目の前の彼女はいきなり両手で紺色の制服のボタンに手をかけていた。
「ちょっ!」
俺が驚愕の表情で固まっている間に少女は三つ目、四つ目と次々とボタンを外していき、遂に制服の上着がパサリと教室の床に落ちる。
ワイシャツ姿の委員長氏は上着がなくなっただけで、先ほどより身体のラインが数倍に際立って見える。
見惚れている場合ではなかった。上着を脱いだ彼女の指はそこで止まらなかった。
純白の薄い一枚の布――ワイシャツのボタンにまで手をかけた。当たり前だ、彼女は今着替えをしているのだから制服を脱ぐに決まっている。
それでも俺の目は後ろ向きでボタンを外している少女から視線を外すことができない。
ゴクリと唾を飲み込む。少女のしなやかな指が下へ下へと移動していく。
「はぁ……」
自然と熱い息が漏れ出る。いくら理性では女など興味ないと思いつつも、本能でここまで反応を示すことになんだかんだ言って男であることを実感する。
彼女は何も言わない。ただ着替えという行為を何も考えずに、俺の存在など初めからないかの如く実行しているように思える。いや"何か"は考えているか、直ぐに着替えを終え授業に参加しようと。昨日もそうだったから。一つのことに集中すると周りが見えなくなるのかもしれない。
俺はその時が来るのを待つかのようにただじっと彼女を見ていた。
委員長氏の指が最後のボタンに触れそして――。
「ぁ……………………………」
言葉が出ない。……うつくしい。人の……女性の身体というのはこんなにも美しいものだったのか。
後ろからでもはっきりと解る身体のライン、胸から腰へかけてなだらかな曲線が形成され官能を刺激させられる。上半身はほぼ何も身に付けていない、本来の彼女自身の姿。
再び唾を飲む。この静寂の空間で聞こえてしまうのではないか?という不安など抱くことすらできずに俺の目は彼女に釘付けになっていた。
いつまでも見ていたくなる、それと同時にこんな"何の取り柄もない"俺が見ていていいのだろうか、という疑問が頭の中に浮かんでくる。
そんな俺の心情など知るはずもない少女はこちらに身体を向け――。
「枕崎くん? あれ?」
「はあはあ、はあはぁ……」
荒い呼吸を繰り返す。
「はぁはぁ……危なかった」
俺は彼女が振り向く直前に、今までにないくらいの猛スピードで教室から撤退していた。
あれは危険過ぎる。後ろ姿を見ただけであれだけ引き込まれていたのだ。もし前も見ていたのなら、今日まで人との接触を全くと言っていいほどしてこなかった俺にとっては、女性を象徴する二つの膨らみは刺激が強すぎる。おそらく気絶でもしていたのではないだろうかと思う。
呼吸を落ち着けようと試みるが、なかなか動悸は治まらない。全力で走ったからだけではないだろう。
今の俺は精神的に不安定で誰かに会って何かを聞かれても、まともに受け答えができるかどうかも怪しいくらいだ。
心も脆くなっている状態で授業など受けられる筈がない。何も考えずに壁に手をつきながら廊下を歩き初める。俺の足は当初の予定通り自然と保健室に向かっていた。




