自称王子と新クエスト②
数秒の沈黙。お決まりのように「あんたからいいぞ」「あなたからどうぞ」などというベタな展開をしたくはなかったので一度はぁ、とため息をつき主導権を握る。
「話をする前に何だ?」
「私からでいいの?」
無言で首肯する。
「まだお昼食べてないから食べていいかしら?」
「別に構わないぞ、俺も今食ってたところだし」
右手で持っていた菓子パンを見せつけるように頬張る。その様子を委員長氏はジト目で見ているが、また何か気にくわないことでもあったのだろうか?
「あなた、お昼それだけ?」
「ん? ああ、最近はこんな感じだ」
目を閉じ顎に人差し指を当てて何事か考えている。めんどくさいことだと困るな。
何かの判断が決まったのかゆっくりと両目を開く委員長氏。顎から人差し指を離しその右手とランチバッグを持っている左手でブツを下に置き、両手で中の弁当を取り出すと細くしなやかな指で包みの結び目をほどく。ひらりと開いた包みの中から桜模様の弁当箱が姿を現す。
「弁当か?」
委員長氏が弁当箱の蓋を開けると中には卵焼きやポテトサラダ、タコさんウインナーなどのおかずが並んでいた。
委員長氏は何を考えたのかスーッと弁当箱を俺と彼女の丁度真ん中あたりに移動させる。
「それだけじゃ足りないと思うから、半分食べていいわよ」
なんでも目を見てはっきり言う委員長氏にしては珍しく視線を若干外していた。
食べていいって言われても、女子の弁当というのは男の俺から見れば非常に少ないのだ。そんな少ない弁当の半分を食ってしまえば当然委員長氏も半分しか食えない。俺は大丈夫だとしてもこいつはそれだけで動けるのか?
そういう思いで委員長氏を目を細めて見るが、彼女は弁当のあたりに視線を彷徨わせ、俺と目を合わせる気は更々ないらしい。
こいつの意図が全く掴めない。何かの罠か? ましてやそれを聞いたところでまともに答える奴などいないだろう。
現状把握、今俺は「食べていいわ」という権利を得ている。
時間は有限だ。今こうしてあれこれ考えている間にも、それは刻々とタイムリミットを目指している。
現在の最優先事項は彼女に昨日の件を話し対策を考えることだ。そのため今この状況では目の前の弁当を食べても食べなくても今後の展開は変わらないだろう。
ならば俺の意思で行動するまでだ。"今まで"弁当を食べたことのない俺はそれがどんなものなのか味わってみたかった。
「なら遠慮なく」
俺は桜模様の箸入れを手に取り中に入っている箸を取り出す。その箸も桜模様。
有言実行するため迷いなく、弁当の定番と言われるタコさんウインナーめがけて一直線に箸を伸ばした。ターゲットは既に覚悟は決まっているのか逃走を図ることなく生け贄に捧げられるその時を待っている。
その意思を尊重し俺は坊主頭のそいつを口に運んだ。そこでようやく委員長氏が俺を見てくる。感想は考えるまでもなかった。
「あんたの母さん、料理上手いんだな」
「はあ!?」
何故か凄い剣幕で睨まれた。
「いや、これうまいぞ」
「これ! 私が作ったのよ! わかる? 私が、作ったの!」
「そ、そうなのか」
だがそこまで怒るか?わけがわからない。
「あんた料理できるのか」
「そうよ」
息はまだ荒いがある程度は落ち着いてきたようだ。彼女の様子をチラチラと観察しながら他のおかずも食べてみる。
「どれもうまいな」
数分沈黙が続いたところで箸を置いた。
「おいしくなかった?」
「さっきうまいって言っただろ。これ以上食ったらあんたの分がなくなるだろ」
「四分の一しか食べてないじゃない。五時限目体育なのにそれだけじゃ途中で倒れるわよ」
「心配するなって五時間目は保健室でゲームするから」
「ちゃんと授業受けなさいよ!」
「今さらそんなこと言っても保健室の窓側のベッド予約しちゃったしな」
「予約制!?」
「取り止めるってなったらその分の料金が……」
「あるわけないでしょ!それとゲームするのに何でベッドを使うのよ」
「バレずにゲームをするため」
「私にはバレてもいいの?」
「うまくすれば共犯にできるかもと思ったんだが……」
「ならないわよ!」
はあ、と息をつく委員長氏を見てははは、と自然に笑みが零れる。こいつと話していると毎回こんな感じになるが、不思議と不快感はない。
「休みが終わる前に――」
早く食っちまえよ、と続けた筈の言葉は突然の乱入者によってかき消された。
「諸君、元気か!!」