ファーストコスプレイング
翌日の放課後。
教室を片手に箒を持ちテキトーに掃除をこなしていると、モップで俺の足に追突してきた諏訪部が口を開いた。
「浮かない顔してどうしたんだ?」
心配しているというよりは面白そうだからからかってやろう、という顔をしている変態。
そんな顔していたか? 確かにこれから『コスプレ』などという面倒ごとが待っているが、こいつ相手に話しても面白くはない。
「そういうお前は楽しそうだな」
「ん? ああ、部活が最近楽しくてよぅ。今日はプールに行く予定だ。もちろん屋内な」
「プール?」
水泳部にでも入ったのだろうか? だが諏訪部は今“今日は”と言った。つまり昨日は別のところで部活動をしていたということになる。水泳部ならミーティング以外は毎日プールに行けばいい。とすれば何のためにそこに行くのか? その思考は唐突に中断させられた。
「ちょっと男子! 喋ってないでさっさと片付けてくれる? うち、エースだから早く部活行かないといけないんだけど!」
次期委員長とも言われている女子。勝気なつり目で髪はショートカット、生意気な態度はクラスの生徒に対してだけなのか、先生や他のクラスからの評判は悪いわけではない。名前は忘れたが、俺の中では狐女といえば解る程の認知度だ。
全く、女というのは面倒くさい。何か言い返してやろうかと思ったが、諏訪部が制服の裾を引っ張っているため考えがまとまらない。
結局無言で掃除を再開することにした。
謝罪の一言もなかったせいか、女は終始不機嫌な様子だった。
五分程で掃除は終わり、部室に行こうとしたところで諏訪部に呼び止められる。
「なんだ?」
「あれ」
そう言って指差す方には先程俺たちを注意した女がいた。
「自称エースがどうかしたのか?」
「体育館はあっちじゃないだろ?」
「確かにそうだが」
こいつのことだからあの子に罵倒されたい、などと言うと思ったのだがどうやら違うらしい。
「噂じゃ、男を何人も食ってるっていう話だ」
「そうかよ」
特に興味も驚きもなかった。あの女なら何かしていてもおかしくはないと脳が勝手に判断したのかもしれない。
「さっき裾を引っ張ってたのは何故だ?」
話したついでに聞いてみる。
「“あれ”とはあまり対立しないほうがいいってことだよっ」
「なるほど」
確かにバックに何が付いているか解らないやつではある。
俺はその忠告を頭の隅に記憶し部室へ足を運んだ。
いつもと変わらないお馴染みの引き戸を開ける。
「………………」
七人のコスプレイヤーを確認。
戸を閉めた。
「あっ、閉めた」
戸の向こうからそんな声が聞こえる。
今見た限り既に全員変身完了ってわけか。つまり残るは俺だけと。
はあ、と深いため息を吐きながら再び戸を開けた。
「あっ、戻ってきた」
俺は再度室内を見渡した。
左から順に狂気なメイドはいつも通りのメイド服。
次に魔法少女はとんがり帽子を被りながらゲームをしているため表情が見えない。
満面の笑みで仁王立ちしているオーコさんはデフォルトの王子衣装、多分いつもとはまた別の衣装なのだろうが、素人(?)の俺にはさっぱり解らない。
顔に左手を当てぶつぶつと何か呟いている厨二は相変わらずの黒ローブ。
ここまででほぼ全員通常スタイルじゃないか。細かい違いはあるだろうがそんなものは些細な問題だ。
右に目を向ける。残るは三人。
長身の女性、我が同好会の顧問。加護菜々子の衣装はアニメでよく見るようなセーラー服だ。
上は白を基調とし襟や袖口は青の布地に黒のラインが二本入っている。下は膝上十センチ程と、その辺の男子なら欲情しそうな丈の短い紺色のスカートだ。それは普段は外に出歩かないのか、妙に白い肌と良く合っておりプロのレイヤーというのも頷ける。視線を上に戻すとトレードマークの眼鏡は掛けておらず自身に満ちた笑みと普段の彼女とのギャップも相まって、思わずごくりと唾を飲み込む程完成された大人のコスプレイヤーだった。
動揺を悟られないためにも、視線を横へ移す。
金髪のお嬢様はいつもの制服姿ではなく、御伽噺に出てくる姫のような純白のドレスに身を包み普段よりも高貴な雰囲気を漂わせていた。優雅に紅茶を嗜む姿はどこぞの国の姫君と言っても、そうなのではないかと頷いてしまいそうになる。胸元には淡い桃色のコサージュをあしらえ、肩には真珠のネックレス。頭には高そうなティアラを身に着け、姶良・C・クレメンティーナの魅力を最大限に引き出していた。個人的な感想としては正直とても似合っていると思う。
「なるほど」
一言呟き、姫の隣にたたずむ少女へ目を向ける。
最後の一人である委員長氏。僅かに顔を赤らめ俺から視線を逸らしている。
理由は今彼女のしているコスプレに起因するものだろう。
その衣装とは……白衣の天使とも言われる存在、つまりナースである。
今日では看護師という名称の怪我人や病人を回復させる職業だが、コスプレの中では相当メジャーな部類だろう。
諏訪部あたりなら力強く拳を作って熱弁を奮うだろうが、俺はそこまで知識があるわけではない。
だが委員長氏がナース服を着ることで、流石の俺でも情欲を掻き立てられないと言えば嘘になる。
赤十字のマークが記されたナースキャップと白衣、加護プロよりも短めのスカートから伸びる足は白すぎず確かに熱を持った健康的な素肌であることが見ただけで解る。
コスプレの衣装であるものの前回のメイド服とは違い、店の制服としてではなく魅せるためだけのものであることと看護師という清楚なイメージから、あの時とはまた毛色の違う印象を受けた。
じっくりと観察していたせいか委員長氏の顔の朱が先程より濃くなっていることに気づき、俺は思わず視線を逸らす。
「ふんふん、なるほど。そういうことね」
セーラー服の加護プロは頷きながら何かに納得したようだ。
「グアンはやはり指宿さんがいいですのね」
動揺していたため直ぐに反応することができず、遅れて発言の意味に気づく。
「そ、それはどういうコトダ?」
「声が上擦ってらっしゃいますわよ?」
くすくすと笑うACを睨む。覚えていろよ。
「枕崎君、指宿さんに感想はないの?」
嫌に余裕たっぷりな顧問の問いに、これ以上内心を悟られないように委員長氏に向き直った。
ここは毅然と言い放ってやる。
「いい……と、オモウゾ」
俺の目論見は失敗に終わり、またもやACに笑われるのだった。




