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コスプレイヤー菜々子

 下司しもつかさ高等学校国語担当教師、加護菜々子(かごななこ)が現役のコスプレイヤーというのはどうやら事実らしい。


「こ、これ先生ですか!?」


「よくお似合いですわ」


 加護菜々子のスマホに映っている彼女のコスプレ姿を見て、委員長氏とACが興味津々な様子で身を乗り出している。


「この衣装は何の作品のコスプレなんでございますの?」


「これは、今から二年前……2011年の四月から1クールに渡って放送されたアニメ、『魔法少女マジカルぼえむ』。その主人公ぼえむが最終回で……ってそれ以上言ったらネタばれになっちゃうわねぇ」


 いつもは生徒相手におどおどした様子で“気弱”という印象を受ける国語教師だが、アニメの話をしている彼女はまるで別人になったように饒舌だった。


「別に見ないからいいんじゃないか?」


 俺は呆れ半分で訊く。そのアニメに関してタイトルは知っているものの、正直今はもうアニメなど見る気はないためどうでもよかった。


「見ますわ!」


 は? 俺は耳を疑う。


「私ぽえむ見てみたいですわ」


 目を爛々(らんらん)と輝かせながら国語教師に詰め寄るAC。


「ほんとに!? じゃあうちに『マジカルぽえむ』のブルーレイ全巻揃ってるから、今度ここで見ましょうか」


 この教師が何を考えているのか解らない。

 何故部室で見ようとするのか? 部活中にアニメなんて見られたら、ゲームに集中しにくくなる。委員長氏なら「自宅で視聴してください!」などと言って注意するだろう。俺はそう思い横目でチラリと見やる。だが注意するだろうと思われた委員長氏は未だにスマホの画面から目を離さず、心を奪われたように担任のコスプレ姿に見入っていた。

 自分でも着てみたいと思っているのかもしれない。

 本物のコスプレイヤーに会ったことで何か得られるものがあったのか、コスプレに興味があるわけでもない俺には解らないもののような気がした。

 注意する者のいないこの空間は正に俺の望んでいた状況ではあるが、いつまでもこんな平和が続くわけではない。できるかぎりコスプレの話題を出さないよう、存在感を薄くしひっそりとゲームをする。それが今の俺にできる最大の抵抗だ。


「先生はなぜコスプレイヤーに?」


 スマホから顔を上げた委員長氏が尋ねる。


「そうねえ。昔のわたしってほら、勉強もスポーツも全然できなかったでしょ?」


 知らねえよ。


「当時放送されていた女の子向けのアニメ、ソーラームーンを見て『わたしもこんな風になれたらなあ』って思って、おばあちゃんに裁縫教えてもらいながら衣装を作ったのがきっかけかな」


 ソーラームーンは聞いたことがあるが、太陽の力なのか月の力なのかよく解らない。

 教師の過去などに興味はないが、不利な状況に陥った場合言い逃れる手段として使えるかもしれない。知っておいて損はないか。俺はゲームをプレイしながら教師の言葉に耳を傾けた。


「先生って裁縫できるんですか?」


「昔からやってるからそこそこは……プロの人と比べたらまだまだだけどね」


「この衣装も自分でお作りになったのでございますの?」


「まあ、基本的に衣装は自分でね」


「へえ……」


「ここまで高いクオリティの衣装を作るなんて驚きでございますわね。謙遜する必要はありませんわ。ソノラの技術と同等のものを感じます」


 委員長氏は驚きのあまり声が出ない様子だ。ACの発言からも解る人が見れば相当高品質の衣装なのだろう。あいにく俺にはそんな知識もないため、どこがどのように凄いのか解らない。まあ、それ以前に国語教師の衣装など興味もないため拝見すらしていないのだが。


「謙遜なんて……ただわたしはなりたい自分をイメージして作ってるだけだから」


「なりたい自分、ですか……」


 委員長氏は自身に言い聞かせるように呟いていた。


「これ、全部手縫い……?」


 いつのまにか委員長氏の隣に来ていたゲーマー娘がスマホの画面を覗き込み訊ねる。


「そうだけど……日置ひおきさんわかるの?」


 腫れ物に触るような態度のコスプレ教師の問いに表情を変えずにコクリと頷く。


「糸のほつれがありませんし、それとなんというか……柔らかい感じがします」


 いつもの無表情娘よりどことなく芯のある声音。何故かは解らないが彼女が中二病に迫っていたときを思い出した。そういえばあの時も衣装に対しての詰問だったな。


「凄いわね……。私には全く分からないわ」


わたくしにもそこまでは流石に分かりませんわ」


 委員長氏とACは共に驚嘆する。

 束の間の沈黙が訪れるが、直後パンパンという手拍子によってそれは破られた。


「さて、今日は顧問紹介の他にもう一つ連絡事項がある!」


 発言の主は今まで何故か(・・・)話に入らなかったオーコさんだ。


「何ですの?」


「前々から計画していた我が同好会の記念すべき第一回目のコスプレを明日行う。最近は全員が集まることが出来なかったからな! それで来れない者はいるか?」


 会長はぐるりと室内を見回し確認する。


「どうやら欠席者はいないみたいだな。では予定通り明日行うことにする。衣装を持っている者は持参してくれ。では解散!」


 その号令によって今日の活動は終了となった。

 ついにこの時が来てしまったか……。コスプレなんて……何年ぶりだろうか(・・・・・・・・)

 俺はゲーム機を鞄にしまい部室を後にした。

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