新居浜雅是流とは
いつもの屋上で昼食をとる。
昨日よりも弱いそよ風を感じながら、俺は眼前に座る委員長氏の言葉に耳を傾けた。
「二年三組に席を置く副風紀委員長、新居浜雅是流。テストの成績は各教科常に九〇点代、必要な資格を片っ端から受けて合格したり、中学では弁論大会の全国発表で見事優勝しているわ。本人は『当たり前の努力をしただけ』っていつも言ってるみたいだけど、そういったことから彼のことは『努力に努力を重ねてきた秀才』と呼ばれているわ」
「へぇ、秀才ねぇ」
あまり関わりたくないタイプだな。
俺は委員長氏の差し出す弁当の中からタコさんウインナーを箸で摘まみ、そのまま口へと運ぶ。
相も変わらず彼女はこちらをジッと見つめることをやめない。
「なんで委員長氏が知ってるんだよ、そんなこと」
さして興味があるわけでもないが、情報として入手しておきたかった。
「一ヶ月に二回行われる委員長会議っていうのがあるの」
「委員長会議?」
なんだそれは? 初めて聞く言葉だ。
「ええ。麟くんは知らないのよね?」
上目づかいで訊いてくる委員長氏に、俺はおかずを咀嚼しながら「ああ」と答える。
「毎月第二週と第四週に開かれるのだけど、曜日が決まってるわけでもないから早めに連絡がないと困るのよね。私もバイトとかあるし、他の人だって部活やってる人いるから」
「じゃあ会議は放課後にやるのか?」
「そうね。昼休みに行うっていう案も出ているけど、昼食をとる時間が少なくなるとか体育館で遊ぶ時間がなくなるっていう話もあって、現時点では放課後に行うってことで保留になっているわ」
委員長氏らしい考え方だな。俺だったら……いや、そもそも委員長なんてそんな面倒なことはしないな。
「話を戻すけど、委員長会議に出席するのは各クラスの委員長と各委員会の長、プラス生徒会長ね」
「そうなると相当な人数だな。俺には関係ないけど」
委員長氏は俺にジト目を向けると、はあとため息を吐いた。
「今は関係なくてもそのうちなんらかの長になるかもしれないじゃない。それにこの学校の今後のことを話し合ってるんだから、まるっきり関係ないってわけじゃないわよ」
「いやいや、長になることはないだろ。俺に限っては」
絶対にありえない、と顔の前で左手をひらひらと横に振る。
たがかん
「それで、件のガゼルとは委員長会議で会ったのか……ってあれ? あいつは副委員長じゃなかったか?」
「いつも生徒会と風紀委員は長が来ないのよ。何故かはわからないけど」
どういうことだ?
そういえば俺は風紀委員長だけならまだしも生徒会長にすら会ったことがない。
「だから代理として副委員長が来てるのか。委員長氏はその二人に会ったことあるのか?」
「二人とも会ったことないわ。ただ生徒会長は、声だけなら聞いたことがあるけど」
ああ、そうか。
この間、校内放送で告げられたこと。オーコ会長も言っていた『生徒は何らかの委員会もしくは部活動に所属しなければならない』という校則を追加することになったと。
全生徒の生徒手帳は一度回収され、項目を追加した後に再交付された。
その校内放送は生徒会長からの報告だった。
「まあ、今はいい」
生徒会長と風紀委員長が会議を毎回欠席する理由についての思考を中断する。
考えても正しい答えなど解るものではない。
「そうね」
委員長氏も同じ結論に達したのか、俯けていた顔を上げ弁当のおかずに箸を伸ばす。
委員長会議で話し合う内容だけど、と前置きし、
「委員会で今後行っていく取り組みや現状の報告、各クラスで起こってる問題や改善してほしいことなどについて議論するの」
なるほど、と相槌を打つ。
「新居浜先輩のことだけど、なんでいきなり?」
そういえば説明してなかったか。
「さっきガゼルに会ってな。オーコさん追っかけてたみたいだ。ああいう人がタイプなのかね」
「……そうなんだ。新居浜先輩、苦労しそうね」
冗談で言ったんだが、通じてないみたいだな。
「毎日白馬を乗り回しているから目をつけられたんだろ」
「あ、ああなるほど……」
自分の勘違いに気づいたのか、少なからず朱に染まった顔を俯け箸を震わせながらおかずを口に運ぶ。
「あまり悠長にも構えていられないな」
「どういうこと?」
委員長氏は少しだけこちらに視線を送るときょとんとした顔で訊いてくる。
「俺たちはコスプレ同好会という世間一般から見ると珍妙な集まりのわけだが、いかにも真面目くんなガエルがいつまでもその活動を放っておくわけがない」
その一言で察したのか、メイドカフェでバイトをしている委員長氏の顔が神妙な顔つきになる。
「つまり、コスプレ同好会の活動を停止させられる可能性があるってこと?」
俺は首肯し、続ける。
「既にオーコさんがマークされてるんだ、じきにコスプレを咎めるために部室へ来てもおかしくない。それに昨日新しく入った出水、最もマークされそうなのはあいつじゃないか?」
元々問題児を集めようと部員を探していたのだが、まさか風紀委員が絡んでくるとは誤算だった。
止まっていた箸を動かし弁当のおかずを腹に詰め込む。
俺が三つ目の唐揚げを口に入れたとき、階下に続く戸がききぃという音を立てて開いた。




