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副風紀委員長ガゼル

 俺が部室の空気を凍りつかせた次の日。

 あの時の何がいけなかったのか改めて考えてみるが、それらしい答えには辿たどり着けない。

 俺の発言の後、一人ずつ無言で部室を出ていき最後に出水いずみだけが残った。何か言おうか迷っている様子だったが、何も言わずに去っていった。こうして入部の件は結局うやむやになってしまったのだ。

 そんなことを考えているうちに午前の授業は終わり、気づけば昼休み。

 最近日課になりつつある昼食のため席を立ち上がる。

 歩き出そうとした時、後ろに座っていた変態に声をかけられた。


「どこ行くんだよ、リン」


 後ろにいる変態、諏訪部すわべは訝しげな顔をしてたずねてくる。


「飯だよ」


「なら、その飯はどこにあるんだよ?」


 諏訪部にしては目敏めざといな。

 俺は思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ほっとけ」


 今は諏訪部の相手をする気分ではない。

 適当に話を切り上げ、さっさと屋上へ行こうと教室の戸を開ける。


「はいやー!」


 ああ、また会長か。

 目の前を白馬に乗ったオーコさんが駆け抜けていく。車が横を走り抜けた時のような一陣の風が吹き付け、両目を閉じて肌で感じる。廊下を歩いていた生徒達は、馬が見えた時点で巻き込まれないよう両端に寄っている。やがて角を曲がり見えなくなると、両端に寄っていた連中は再び歩行を開始。

 この光景にも随分慣れたものだ。

 さて、俺も屋上に行くか。

 そう思い右足を一歩踏み出したときだった。後方から聞き慣れない男の声がした。


「また逃がしてしまったか。あれを止めない限りこのまなに平和は訪れないだろう。何としてでも食い止めなければ」


 “あれ”っていうのは今の会長のことだろう。それを止めようとする存在。そいつが俺の後ろにいるのか。

 どんな顔をした奴なのか拝んでやろうとゆっくり背後を振り返った。

 小判型の顔をした坊主頭の男。毛先は天に引っ張られるかのように逆立っている。苦々しい顔をしながら壁でも貫きそうなほど鋭く目を光らせ、白馬が駆け抜けた先を見つめる。身長は俺よりも高い。一八〇センチ以上はあるのではないだろうか。

 背筋をピンと伸ばし直立していること、制服を校則通りに着用していることから育ちの良さがうかがえる。

 左腕に付けた青い腕章。それは風紀委員の証。嫌でも視界に入るそれを確認した時から、先ほどの所作に納得していた。どうやらオーコ会長は風紀委員に目をつけられているらしい。


「僕がなんとかしなければ」


 風紀委員の男は胸の前に拳を作り、つぶやく。

 やがて俺の視線に気づいたのか、その鋭い眼光でこちらを見据えた。


「君は確か……コスプレ同好会所属の枕崎まくらざきりん


「へえ、俺のこと知ってるのか」


 これは少々以外だ。


「授業中にも関わらず、携帯ゲーム機で遊んでいるという問題児の一人として名が上がっているからな。最近は委員長である指宿いぶすき柚奈ゆなが監視をしてくれているようだが」


 まあ、誰かが報告していてもおかしくないか。

 とはいえ委員長氏のことも知っているとなると、向こうだけ情報があるのは納得がいかないな。


「そういうあんたは何処の誰なんだ?」


 えて目の前の男が風紀委員である、ということに気づいていない風を装うってたずねる。


「僕か? この腕章を見れば分かるだろう。僕は校内の風紀が乱れないように活動している、副風紀委員長の新居浜にいはまだ」


 新居浜か。ん? だが名前はなんて言うんだ?

 そう思っていたところ答えは意外なところからやってきた。

 新居浜の後ろ――向こうの廊下から軽やかな靴音が聞こえてくる。


「ガゼルくーん、置いてかないでよー」


 少女の声。

 副風紀委員長はその声が聞こえると、深いため息を吐き頭を抱える。

 この反応からするに新居浜の下の名前は“ガゼル”ということか。どんな親だよ、息子にガゼルって。


随分ずいぶん洒落しゃれた名前じゃねえか」


 俺はくくく、とのどを鳴らしガゼルの顔をのぞき込むようにしてう。


「これだから、名前は言いたくないのだ」


 やがて靴音と声の主である少女がガゼルの元に駆けつけてきた。


「ガゼルくんどうしたの? 頭でも痛いの?」


「違うわ!」


 少女の見当はずれの問いに対し怒鳴り散らすガゼル。

 俺への対応とは一変、少女には遠慮のない様子だ。


「じゃあ、どうしたの?」


「そんなこと今はいい」


 そう前置きし、


「廊下は走るなといつも言っているだろう」


 ガゼルは風紀委員らしく注意する。怒られたことで少女はしゅんとなってしまった。

 どういう関係なのかは解らないが、親しくなければこうはならないだろう。

 言いたいことはもうないのか、ガゼルはこちらに向き直る。


「君も廊下は走らないようにな」


「誰がするか」


 そうは言ったが、メイド姿を見た後の委員長氏との追いかけっこ、保健室でシークレットコードの事を聞かれた後の追いかけっこ。その二つに関して走っていたことを思い出す。


「ではな。余計な真似はしないように串木野くしきの王子おうこにも伝えておいてくれ」


 言ってガゼルは落ち込んでいる少女を連れて来た道を戻っていく。

 俺はふと思いつき、その背中に声をかける。


「なあ、あんた。そういえばちゃんとした自己紹介してもらってないんだが」


 ニヤニヤとしながら相手の目を見つめる。

 副風紀委員長は立ち止まり振り返る。苛立ちを隠せない様子で俺を睨むと、大声で言い放った。


「僕の名前は新居浜にいはまガゼル。副風紀委員長だ!」


 知ってる、と心の中で呟く。

 ガゼルが名乗ったなら俺も言わないわけにはいかない。


「俺の名は枕崎麟。コスプレ同好会所属、ただのロープレゲーマーだよ」


 副風紀委員長は何も言わずにきびすを返し去っていく。

 随分時間を使ってしまった。すぐ行かないと昼休みが終わってしまうな。

 俺は注意されないほどの早さで屋上へと向かう。

 歩きながらなんとなく思う。ガゼルとは今後も関わっていくことになりそうだと。

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