魔界の叛逆者
ACが出て行った数秒後、スマホにメールが届いていた。
送り主は委員長氏。今日は用事ができたため部活には来れないらしい。この様子だと他に予定のなさそうな二人も来ない確立が高い。
用事があるなら先に連絡しろよとも思うが、今日は面白いものも見れたしここに来たのも無駄ではなかったか。
「なら、俺も帰るか」
スマホをズボンの右ポケットにしまい、開け放たれている扉から廊下へ出た。
時刻はもうすぐ午後四時になる頃だ。だからこんな離れた部室まで来るやつなんて、部員以外いないはずなのに、廊下の数メートル先に見知らぬ誰かが立っていた。
はっきり言って異様。足元まで伸びる漆黒のローブに肩までかかる紫色の髪、深く被ったフードから覗く顔は整っており、微かに見える瞳は夕日を想起させる赤。
身長は俺よりも少し低いくらいだろうか。その者はポケットに両手を突っ込み鋭い眼差しで俺を見据える。
そこで思い出す。
正体不明のハッカー、アリアンロッドからの依頼を。
確か真っ黒なコスプレをした男を捜しているというものだったはずだ。
「写真を撮って送ればいいんだったか」
俺は依頼を果たすべく、スマホを取り出そうとポケットに手を伸ばす。
「動くな」
男にしてはやや高い、冷徹な声音で止められる。俺の一挙一動も見逃さない様子だ。
下手に動いて刺激すると面倒なことになりそうだな。
会話で気を逸らし、タイミングを見て写真を撮ることにする。ここに居る理由も気になるしな。
「あんた何者なんだ?」
そんなありふれた質問。だがすぐにその質問をしたことを後悔することとなる。
「貴様、我を知らないのか? まあ、知らなくても無理はないか」
黒ローブはわざとらしく不敵な笑みを浮かべる。
「ならば教えてやろう。この右手に宿るは地獄の洗礼を受け選ばれた者にのみ与えられる邪悪なる力、『万物を破壊する闇黒』を持ち、魔王ヴィッサリオンを殺し魔界の支配を企む叛逆者。またの名を『終焉を齎す者』の二つ名を持つ、我の名はディミトリアス・アーチボルド!」
まさかとは思ったが、どうやらこいつは厨二病と呼ばれる類の者らしい。
面倒なことになったな。さてどうするか。
「聞いたことないな」
「それも仕方のないことだ。なぜなら我は魔王ヴィッサリオンの能力の一つ『冥界への誘い』によって、二万年もの間封印されていたのだからな」
二万年か、随分長かったな。
「一度封印されてるのに勝ち目はあるのかよ?」
「なに、心配はいらない。奴等の与り知らぬところでしっかりと手は打ってある」
「ほう」
面白そうなのでもう少し聞いてみる。
「奴等ってことは相手は魔王だけじゃないのか?」
「魔王の下には四天王がいる。炎を操る獄炎のアルダートン、水を操る激水のバークワース、風を操る業風のべレスフォード、地を操る塊土のヴレヴェット。まずはその四人を殲滅する必要があるだろうが、『終焉を齎す者』である我の敵ではない」
「なるほど」
さて、そろそろ本題に入るとするか。
「一つ聞いていいか?」
俺は左手の人差し指をピンと立て、魔界の叛逆者へ訊ねる。
「あんたコスプレ同好会に何のようだ?」
まともな答えが返ってくる確立は低そうだが、聞かないわけにもいかない。
「我の目的は『白銀に瞬く匕首の復讐者』。つまり――――貴様だ」
「は?」
ちょっと待て。そのラーなんとかっていうのが俺のことなのか?
おいおい冗談じゃねえぞ。俺はとっくの昔に厨二病を卒業しているのだ。
はあああと、俺は今日何度目かの深いため息を吐く。
「何で俺に用があるんだ?」
「愚民共が束の間の休息を得るための牢獄で、貴様の腕を見た」
つかの間の休息? 俺が居たってことはつまり……喫茶店。腕を見たってことはナイフで銃を当てた瞬間か。店内にこんな奴は居なかったし、目撃できるとすれば店の外から窓越しに見えたのだろう。
僅かなヒントを頼りになんとか状況を理解しようとする。
「我が僕を召喚し牢獄内の魔王の手先を駆逐しなければ、今頃貴様と愚民共は魔王の生贄となっていただろう。崇高なる我に感謝するのだな」
ディミなんとかは自慢げに話している。
要約すると喫茶店事件の時、警察を呼んだのはこいつってことか?
だが警察には内容がしっかり伝わったのだろうか? 悪戯電話だと思われたら来ないだろうし。
とりあえずそのことは置いておくか。
「あんただったのか。あの時は助かった、ありがとう」
「ふん、まあ我は当然のことをしただけだ」
あれ? 今は割と普通の対応だったな。
フードの向こうは、今どんな表情をしているのだろうか。
「交換条件だ」
唐突にそう言い放つ叛逆者。
「なに?」
「貴様の命を救った代わりに、我と同盟を組んで欲しい」




