委員長氏の恩返し④
一口大に切ったホットケーキを口へ運ぶ。先ほどまで美味いと感じられたはずが、今は味を認識することすらできなかった。
視界に映る黒スーツの男。その存在が喫茶店というこの空間では異質に感じられた。
「あんな人、今まで来たことないわよ」
周り、というよりは黒服の男に聞かれないためか、委員長氏が小声で話す。
現在その男はコーヒーを飲んでいる黒縁眼鏡の男と話しているが、この距離では内容までは聞き取れない。なんとか情報を入手しようと試みるが、黒いスーツとサングラス以外には変わった点は……いや。
「あのアタッシュケースは何だ?」
黒服の男の傍らに銀色のアタッシュケースが置いてある。
「アタッシュケースなんて初めて見たわ」
委員長氏もさりげなく振り返る。数秒間そうしていたが、やがてこちらへ向き直った。
「まさか札束が入ってるってことないわよね?」
冗談で言っているようだが、その声には僅かながら恐怖が混じっているように感じられた。
なぜか胸騒ぎがする。なぜかは解らないが、俺の嫌な予感というものはよく当たるものなのだ。委員長氏もそういった予感をしているのだろうか?
結局味の解らないままホットケーキを完食。そのタイミングを見計らってかウエイトレスが控えめな笑みを浮かべながら、食後のデザートを持ってきた。それは白と青のアイスが半分ずつ使われている半球型のデザートだ。
「白がバニラで青がミントか何かか?」
「………」
「あのう? どうかしましたか指宿さん?」
最後のデザートを楽しみにしていた委員長氏は何故だか後ろを振り返り、怪訝な様子で件の二人を注視している。そんなに気になるのだろうか? いや俺も気になるが。
「あの人、どこかで見たことあるのよねえ」
そう呟きながら未だに視線を外さないでいると、黒縁眼鏡の男が不機嫌な様子でこちらを見た。黒縁と委員長氏の視線がぶつかる。
「あっ!」
視線が合った委員長氏はすぐさま俺へと向き直り、何もなかったかのようにアイスを食べ始めた。
「思い出した」
唐突に口を開く委員長氏。
「俺は見たことないぞ。あんな黒服」
あれだけのインパクトがあれば決して忘れることはないだろう。
「そっちじゃなくて眼鏡の人。あの人、私の父親と話してたのよ」
「あんたの父親と?」
アイスを食べながらそう、と頷く。どういうことだ? 委員長氏の父親って。
「去年かな? 私が縁側の廊下を歩いていたら、和室の障子が開いててチラッと見えたのよ」
今の話を聞く限り指宿家は日本家屋なのだろうか? いや、今はそれよりも。
「あんたの父親と黒縁が話していたのか?」
「そう」
言って彼女は首肯する。
「質問。あんたの父親は何者だ?」
その発言に委員長氏は少し躊躇っている様子だったが、説明の必要性を感じたからかやがて口を開いた。
「私の父親は地方議員なの」
地方議員。それだけで委員長氏の父親が誰なのか思い当たった。
「あの指宿和雅議員か。なるほどな」
指宿和雅は俺たちの住む地方の議員の一人。一年前ある不祥事を起こしたという疑惑が浮上し世間を騒がせた。衝撃の事実ではあるが、その事は今関係ない。
「それでどんなことを話していたか解るか?」
重要なのはそこだ。あいつが何者なのか、少しでも情報は多いほうがいい。
「うちの商品を使ってくれって言ってたわ。それが何なのかはわからないけど」
”うちの商品”ということはなんらかの製造会社。それを和雅議員に使わせる理由はなんだ? 世間的にマイナスのイメージが定着している人に、普通自社製品の宣伝をするか?
答えはノーだ。わざわざイメージダウンに繋がる行為などデメリット以外の何ものでもない。であるならば、そいつの狙いはイメージダウンによって得られるメリット。
「他社のイメージダウン」
「えっ!?」
俺は黒縁を一瞥し、委員長氏に視線を戻した。
「委員長氏が見た光景は他社の製品を自社の製品と偽って、当時悪いイメージが付いていた和雅議員に使用させることによって、他社のイメージダウンを図ろうとしていた瞬間だ」
「な、なるほど」
委員長氏は驚いたように呆けている。どうしたんだ?
俺は視線を再び奴らに向け様子を覗っていると、黒服がアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
「動き出したみたいだな」
その一言で委員長氏は我に返ったらしく、振り返り俺と同様にアタッシュケースに目を向ける。
黒服は黒縁と何度か言葉を交わした後、ゆっくりとアタッシュケースを開いた。




