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衝撃!それは真実か?④

 放課後。日は沈み初め夕方と言っても問題ない時間帯だ。既にほとんどの生徒は下校しており、残っているのは部活で汗を流し高みを目指して練習に励む者か、若しくはその部活を見学している新一年生くらいだ。


 そういう俺は諏訪部に誘われ水泳部の見学に付き合わされたが、プールでゲームをしていたら顧問に見つかり追い出された。

 ちょうどいいと思ってそのまま帰ろうとしたら、諏訪部に待っててくれと涙声で言われ結局プールの外でゲームをしていた。

 既に見学は終わったのだが、俺はまだ帰路についていなかった。


「こんなことなら待ってる間に取ってくればよかった」


 足の向かう先は教室。忘れ物……俺としてはどうでもいいのだが、数学の宿題を置き忘れていた。明日の一時間目からあるため事前に始末しておかなければ、鬼の教師の二つ名を持つ高村が怒り状態になり、授業の最初にまず説教が始まったあと何度も問題を当てられ終いには、「俺が今何考えてるか解るか?」などと抜かしてくる。そんなもん知るか。……つまり色々と面倒なのだ。


 それに高村の授業では絶対にゲームをしない。こいつには俺の浅知恵など全く通用しないのだ。

 俺自身はないが携帯をいじって僅か一分で気付かれ没収されたやつがいた。他にも早弁してるやつ、教科書に重ねて漫画を読んでるやつ、また寝てるやつなんかは廊下に立たされていたりした。今時そんなことする教師がいるとは思わなかった。


 そういった連中のおかげで俺は今のところ罰を受けずに済んでいる。

 鬼に目をつけられないようにするためにも、このクエストをクリアしなければならない。諏訪部も待たせているため早めに……いや、あいつなら別にそこまで早くなくてもいいか。


 一年一組の教室の扉を前に立ち止まる。何故立ち止まる?頭ではなく身体がこの先に進むことを拒んでいる気がした。

 だが……クエストをクリアしなければ鬼に鉄槌が待っている。原因の解らない恐怖と鬼の鉄槌、どちらが面倒か。


 もちろん後者だ。俺はネトゲ時代常に前者と闘い続け、そして勝ってきた。今更そんなものの何が怖いというのだ。

 一度深呼吸をして息を整える。先ほどまであった胸のざわつきは既に消えていた。


 引き戸の取っ手に手をかける。なんのことはない、ただ宿題のプリントを取ってくるだけだ。

 俺は勢いよく扉を、開けた。

 ガラガラッと開かれる扉の先にビクンと跳ねるシルエット。

「は?」


 何だ? この光景は? 一語発した後の言葉が続かない。目を疑う光景がそこにはあった。

 俺以外にこの教室にくるやつが居るのはそこまで驚くことではない。

 白を基調としアクセントに黒を交えた綺麗なメイド服。……メイドが居る。


 だが事態はそこで終わらなかった。その服を完璧に着こなし違和感なく佇む。あまりの華麗な姿に思わず息を飲んだ。先ほどとは別の意味で言葉を失う。彼女にメイド服はとても似合っていた。

 意識が徐々に現実へと戻っていく。だがやはり意外だった。腰まで届く薄く茶色の混じった長い髪、いつもの強気な視線が今はなく、代わりに驚愕と畏怖の色を彼女――指宿柚奈はその相貌に孕んでいた。


 まさに衝撃の事実だった。頭の中でこの状況の打開策を考えようとするが、全く思い浮かばない。だがこのままでは、と思い顔を動かさずに目だけで辺りを見回す。

 幸い今の俺はまだこの空間に足を踏み入れていなかった。最善の策として俺は……。


 (この光景を見なかったことしよう)

 引き戸を閉める。これで……そう、これでいい。あれは夢だ、俺は夢を見ていたんだ。何のためにここに来たのかも忘れ、来た道を戻っていく。頭の中は『夢を見ていた』で満たされていた。

 そのため数メートル歩いてから聞こえたガラガラッという音が何なのか直ぐには解らなかった。


「ちょっと……待ちなさいよ!」


 突然の声に振り向く。そこには切迫した表情のメイドが全速力で向かってくる姿があった。


「……!!」


 次の瞬間にはもう俺は走り出していた。追いかけられたら逃げるという公式ができているのか、ほぼ反射的な行動だった。


「ちょっ……待ちなさいって、言ってるでしょ!」


 最近走るなんてことをしていなかったせいで、直ぐに肺が苦しくなってくる。とにかく校舎から脱出できれば……。

 ようやく階段に差し掛かる。このまま降りれば……。だが……。


「なっ!」


 不足の事態が発生。下の階から、鬼の教師こと高村が上がってくる。まもなく踊り場へ上がりこちらに身体を向けるところだ。


 まずい。

 苦肉の策として俺は急いで上階に足を走らせた。一気に三階まで上がり切る。

 両の膝に掌を着き、肩で息をしながら下の様子を窺う。


 高村が三階に上がってくる様子はなさそうだ。委員長氏はどうなったのだろうか。

 高村が来ないとはいえ、ここから降りるのは危険過ぎる。念のため反対側にあるもう一つの階段から降りよう。二年生の教室のある校舎棟三階の廊下を歩いていく。


 この学校は大きく3つの棟に別れており、それぞれ一階の渡り廊下から移動できる。

 今俺が居るのが校舎棟で各クラスの教室や職員室、理科室や被服室などの各教科の実習室が主に存在する。


 東にはA棟で各部室がある。今日俺が行った水泳部とかは、基本プールで練習するがミーティングなどする場合は部室を使う(だが何故か屋内プールと屋外プールがある)。


 西にあるB棟についてはまだ説明がなかったように思う。なんせ常にゲームをやっているからな。

 廊下を半分ほど歩きだいぶ呼吸が楽になったところで、前方から足音が聞こえ始めた。足を止めその音の主が現れるのを待つ。果たしてそこに現れたのは先ほど後ろを追いかけられていたはずの委員長氏だった。


 俺は素早く身を翻す。どうする?下に降りれば高村と鉢合わせになる可能性がある。四階に上がったところで、向こうの階段が塞がられていれば逃げられない。

 だが俺はそこで己の目的を思い出す。


 (そうだ、俺は宿題を取りに来たんだ。教室に行かないと)

 階段を下に、周囲に注意を払いながら早足で一年二組の教室を目指す。二階の北側の廊下に高村は居ないようだが安心は出来ない。南側にある職員室に入っただけかも知れないからだ。


 誰もいない事を確認すると一年二組の教室を少しだけ開け、身体を滑り込ませた。

 もしかしたら待ち伏せされているかと思ったが、さすがにそれはなかったようだ。

 自分の机の中に手を突っ込みながら、頭の中を整理すると一つの疑問が浮上した。


 (何で俺あいつから逃げてるんだっけ?)

 ガラガラッという音、聞き間違えることはない。宿題のプリントを机から取りだし、音のした方に目を向ける。

 予想通りそこには、息を荒らげ鋭い眼差しで俺を見据えるメイド姿の委員長氏――指宿柚奈が立っていた。


「久しぶりに走ると疲れるな」


 とりあえず本筋とは関係ない事を言ってみた。


「……そうね」


 相手も同意。


 沈黙が教室を支配する。周りの音が一切入らない。まるでこの空間だけ、世界から隔絶されたかのように。


「ふ……ははは」


 先ほどの事を思い出すと思わず笑みが零れた。


「何がおかしいの?」


 強い口調で問われる。まあ無理もない。メイド姿がおかしいと言えばそれまでだ。


「いやいや……何も考えずにただがむしゃらにバカみたいに、無我夢中で一つのことに全力を出したことなんて今まででもあまりなかったけど、逃げることに一生懸命になってたっていうことが馬鹿馬鹿しくて笑えてきたんだよ」


 ニヤニヤとした表情が自然に出てきていることに内心驚いていた。最近は考えて笑うことが多かったから。


「それで何か用か?」


 挑みかけるように笑みを湛えて問う。今は何も怖いものなどない。


「……あなたは今の私を軽蔑しないの?」


「しないな」


 彼女が何故?と問う前に口を開く。


「むしろ安心した。いつも真面目な委員長氏でもこういうの興味あるんだなって」


 中空を見ていた視線を彼女の瞳に向けて、つけ加える。


「俺はいいと思うぞ、コスプレっていうのは」


 その瞬間彼女は脱力したのかペタンと座り込んでしまった。もしかしたら「信用出来ない」と言われるのではとも思ったが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。


「スカートが汚れるぞ」


 なんとなく思ったことを言ってみたが、それに対しての反応はない。

 再びの沈黙。俺はクエストをクリアしたし言いたいことも言ったため、もう用はないと思い扉へ向かった。


「待って」


 彼女にはまだ用があったらしい。


「何だ?」


「このことは他の人には言わないでほしい」


 先ほどの強気な態度とはうってかわって弱々しく今にも消えてしまいそうな声でお願いされる。


「コスプレをよく思わないやつもいるだろうし、あんたがコスプレしてるなんてことがバレたら学級崩壊しかねない。俺も平和にゲームがしたいから自ら均衡を崩すようなことはしない。ただ……」


 一度区切り意地悪な笑みを向け提案する。


「それだけじゃ割に合わないから、一つだけこっちの頼みも聞いてくれないか?」


「頼み?」


 それ以上説明する気はないとして相手の目を見る。


「わかったわ」


「じゃあ俺は帰るけど、あんた何か用事でもあったんじゃないか?」


「あ!」


 メイドは弱々しかったのが嘘かのようにスクッと立ち上がり、猛ダッシュで夕日に照らされた廊下をかけて行った。


「高村に見つからなければいいが。……俺も帰るか」


 俺も彼女の後を追うように一階の下駄箱に向かう。そこでふと何か忘れてるような気がしたが、プリントは持ってるため気のせいだろうと思うことにした。

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