懐かしき世界
「さてと」
三人が部室を出たのを確認してからそう前置きし、会長に向き直る。
「会長に聞きたいことがいくつかある」
「ん?なんだい?」
「会長はあの制御装置に触ったとき何か変わったことはなかったか?」
目を閉じ顎に手を当てて考えている。
「特に何も無かったと思うが……どうかしたのかい?」
嘘をついてるようには見えない。
「いや、ないならいいんだ。それともう一つ、明日の活動は休みって言ってたが、まさかあんたまで休むなんてことはないだろ?」
ニタニタと会長の顔色を窺う。
「全く、君はホントに隙がないな」
「俺なんてまだまだだ」
更に凄い奴を知っているため別に謙遜というわけではなない。
「うむ、まあ隠すことでもないしな。明日は姶良君の家にお邪魔する予定だ」
「それACに言ったのか?」
「まだだ」
「アポなしで行くつもりか?」
俺には関係ないからどうでもいいが。
「どうすれば一番面白いだろうか?」
「それは一人で考えてくれ」
面倒だからあまり関わらないようにするか。
「君も来るかい?」
「何故?っていうかそもそも何しに行くんだ?」
「ここに必要な家具を選んで運ぶのだ」
両手を腰に当て胸を張って宣言する。
「悪いが一人でやってくれ」
ここに来なくていいのならその分ゲームが出来るしな。
「そうか。それは残念だ」
心底残念そうに呟く。
そういえばゲームで思い出したが帰ってTOをやらなければ。
「それじゃ約束もあるから帰るわ」
「ではな」
☆ ☆ ☆
自室に入りさほど重くもない鞄を下ろす。PCをを起動し、立ち上がるまでに私服に着替えた。着がえ終わった頃には丁度PCのホーム画面が映し出され主の命令を待っている状態となる。
「久しぶりの帰還だな」
そう呟き毎日のようにプレイしていたオンラインゲームーーテオゴニアーオンラインにログインした。
ログイン後、降り立った場所は『港町クロトス』。最後にログアウトした場所から一番近い町に召喚されるシステムとなっている。
「ここに居るってことは最後はレベル上げでもしてたんだったか」
朧気な記憶を辿るが確かな答えは導き出せない。
「さて、央都だったな」
俺はアイテム欄の一番上に置いてある『レスカの鏡』を使用した。
他の町よりも圧倒的に広さや利便性が違う『央都アルセリア』。先程までクロトスにいた俺は既に央都にいた。
俺の中で最も使用頻度の高いレスカの鏡は所謂転移アイテムである。一度訪れたことのある町や村ならば、この鏡一つで一瞬で移動することのできるレアアイテムであり断じてチートではない。
レスカの鏡がなくとも飛行船を使えば町間を移動することは出来る。ただしその場合大きな町でなければそれは存在せず、更に大金ではないが二百ベルという金を払わなければならない。
TOを始めたころは所持金が少なくできるだけ節約するために、よく自分の足でレベル上げも兼ね町から町を行き来していたものだ。
そんな過去に目を細め懐かしんでいると、待ち合わせ場所として人気な広場の噴水に近づく影が見えた。
そういえばどんな格好をしているのか確認するのを忘れていたな。己の過ちに舌打ちしこれからどうするか考えていたが、視界を前方に向けた時その必要がないことに気付く。
ルナ:ハイ
片手を上げるジェスチャー。魔法少女の姿をしたルナというプレイヤーに話しかけられた。その装備は忘れるはずもない、俺が今日の昼休みに屋上で見た少女の姿と酷似している。
A:あんたが屋上の魔法少女か?
ネトゲでは現実の個人情報を無闇に聞き出しり開示するのはタブーのため、確認には重要なキーワードのみを用いたほうがいい。
ルナ:そう。シークレットコードとはこっちで直接会うのは初めてだね。
こいつ現実では無口なくせにこっちではちゃんと話すんだな。
A:あまり二つ名で呼ぶな。
ルナ:ごめん。じゃあなんて呼べばいい?
A:これは最初、適当につけた名前だからな。“君”でも“あ”でも“エー”でも好きに呼べばいい。
基本的にソロの俺はこの世界で誰かに名前を呼ばれるなんてことはなかったからな。
ルナ:じゃあ間を取ってエースで。
A:どこから間を取ったらエースになるんだよ。思いっきり増えてんじゃねぇか。
その返しにルナは微笑する。普段は笑わないのにこっちで笑うってことは一応感情はあるのか。
それにしても本当に細かく作り込まれてるよなこのゲーム。前よりも精度が上がっているんじゃないか?
A:さてと、それじゃどうするか。
ルナ:まずは『デコの洞窟』でウォームアップでもする?
A:デコの洞窟か懐かしい響きだな。そうだな、腕ならしならそこでいいんじゃないか?
デコの洞窟は央都アルセリアの南にある回廊を進んだ先にある。央都から近いためレベル上げや新しい技を試したりするなどよく使われるダンジョンだ。
このゲームは一人称視点のため、まるで自分がゲームの中に入ったような感覚でとてもリアルだ。
俺ことAとルナは並んで央都を南下していく。だが妙に落ち着かない。その原因が俺達にあるということに薄々気づき始めていた。
A:視線を凄く感じるんだが。
ルナ:それは仕方ない。今までずっと行方知らずだった伝説のソロプレイヤー、シークレットコードが見知らぬ女と二人で歩いているのだから。
A:伝説のソロプレイヤーねぇ。
正直実感が湧かない。俺はこの世界でずっと己の欲望に従って動いていただけだ。
A:こいつらは暇なのか。
ルナ:あなたが物珍しいのでしょう。
A:あんたが可愛いからじゃないのか?
ルナ:私がか、かわいいなんで……
魔法少女は照れ笑いを浮かべる。キャラメイク時にはいくらでもアバターの容姿を変えられるため、このやり取りに意味はないのだが……まあいいか。
歩いて数分、ようやく回廊の近くまで来た。
A:やっとゴールか。
ルナ:何を言ってるの?ここからが本番でしょ。
A:まあそうなんだが……。
この辺りのモンスターは俺にしてみればはっきり言って雑魚だ。回廊は通過点でしかないためどうでもいいのだが、その前に片付けなければいけない問題がある。
先程の好奇な視線の中に混じって敵意に似たものがあった。俺が持つスキルの一つ『視線感知』が反応し危険を告げる。
A:ルナ、回廊に入って初めの角で待機だ。
ルナ:了解。
帰還後の最初の闘いが始まろうとしていた。




