暗闇の密室、深まる謎
“均衡を崩してはいけない”
「ああああああああああああああああああああ!」
頭に響く謎の声と同時に、全身を襲う激痛を振り払うように喉も張り裂けんばかりの叫び声を上げた。
「枕崎?」
誰かの声が聞こえたが、前後不覚の状態で重力に逆らえずに重心が傾く。
「わっ!」
ドサッという音共に女の子の小さな声が耳に届く。何か柔らかな感触が返ってくる。床ってこんなに柔らかかっただろうか?
「枕崎……重い」
なんてことを考えていると床から声が聞こえてきた。だが普通に考えて床が話すなんてありえない。その正体を確かめるために目を凝らすが、辺りは暗闇に包まれており把握することができない。
先程まで動かせなかった手足に自由が戻っている。視覚で情報を得られないならば触覚で知るしかない。そう思い柔らかな何かを右手で掴む。
「んあっ、枕崎……だめ……」
艶っぽい声が聴覚を刺激した時、ようやく暗闇に目が慣れてきた。視界に飛び込んできたのは一人の少女。
そして思い出す。俺は部室の制御室に“彼女”と共に入り、謎の制御装置ーーディヴィーナ・デレクトゥスに触れた途端、意識を何かに支配されたのだ。
現実に戻ってきた俺は平行感覚を失い、そして……。
「枕崎……いつまで……」
もう一度右手を動かす。柔らかい……いや、そうじゃない。今の回想が事実であるなら俺が今触れているのは……。
事態の重大さに気づき身を起こそうと足に力を入れるが、なんだかうまく動かせない。
「あれ?」
立ち上がることを最優先に考え手に力を入れると、こっちは動くことが解る。
「あっ、んあっあぁ……まくら、ざきぃ……」
だがそれに比例して彼女の色っぽい声も大きさを増す。マズいマズいマズい。俺が触っているのは他の何かとも比較できないくらいの柔らかさのもの。今日まで触れたことのない女性特有の膨らみ以外考えられない。それが解ってしまった瞬間、冷静に分析をしていた時のことも思い出し脳が沸騰しそうになる。
だがここで意識を失うわけにはいかない。今の状態を第三者が見てしまえば無口少女を暗闇の密室で押し倒した俺、という絵図以外考えられだろう。それだけは絶対に避けなければならない。
目の前の彼女には悪いが、足が動かない以上手の力だけで起き上がるしかない。
「んあん……ん……」
彼女の反応に顔が熱くなり興奮気味にはぁはぁと荒い呼吸を繰り返し、本能を必死に抑えながら上体を起こしていく。もう少しの辛抱だ、耐えろ麟!
だがその努力は全て儚く消え去ることになった。
ガチャっと開く戸、そして照明によって照らし出される室内。俺は言葉を失い顔を青ざめさせていく。
「枕崎くん……何してるの?」
そこにはいつもの快活はなく、身も凍るような冷たい声音で尋問しながら見下ろす委員長氏がいた。
「あなたはそういう人だったのね」
これは違うんだ、と言いたかったが駄目だ。この状態でどう弁解しようとも同じ結末しか見えない。終わった……。
「あ、あはははは」
「覚悟はできてるわね」
彼女はそう宣告すると右手の拳を握り締め、俺の体に制裁を加えた。
「ぐあああああああああああああああああ!!」
☆ ☆ ☆
数分後、なんとか意識を保っていた俺は、冷たい眼差しを湛えた委員長氏と観察するように目を細めているACに挟まれた状態で、小柄な無口少女に土下座していた。
「俺が悪かった……」
何度目になるか解らない謝罪の言葉を口にした時、目の前の少女が口を開いた。
「自分、もう怒ってないから、顔上げて」
言われた通り顔を上げる。いつもと変わらない無表情のため本当に怒っていないのかは窺い知れない。
「日置さん本当にいいの?」
「うん」
無表情少女に確認する委員長氏は納得いかない様子で俺を睨んでくる。
「日置さんそうおっしゃっているのですから、良いのではないでしょうか?」
その一言に委員長氏はようやく視線を外し、制御室の方へ目をやる。
俺が委員長氏に殴られたあと、無表情娘が事のあらましを話しているのを曖昧な意識の中で聞いていた。
触れたら危険だ、と言おうとしたが腹に大きなダメージを受けていたあの状態では、それもままならなかった。大変なことにならないだろうかと見ていたが、彼女らが制御装置に触れても何ら変わった様子はなく俺の心配は杞憂に終わった。
一体あれは何だったのか、思考を巡らすも答えは出ない。だが以前に感じた類似の感覚については思い出すことは出来た。
あれは日曜日、俺が厳島竜華に母さんの健康診断書が本物であるということを証明する時に感じたものと似ている。身体が苛まれ死すら近しいと感じたあの感覚。
しかしその二つに関連性などあるのだろうか。
日曜日の現象ははっきり言って訳が解らない。俺は何故あの時証明できたのか。
そして今回の脳内を駆け巡った映像群、部室と部員、血塗れの少女達、そして最後の……。
「均衡を崩してはいけない」
「何か言った?」
無意識に口にしていたことをゲーマー少女に聞かれていたらしい。
「いや、何でもない」
どういう意味なのかは解らないが、一つだけ確かなことがある。頭に響いた謎の声、あれは……他の誰でもない俺の声だった。




