衝撃!それは真実か?③
理科の実験がここまでハードな授業だと思わなかった。
あの後、委員長氏は右の拳で俺の腹を打ちこもうとしたが、授業中にそんなことをすれば周りの信頼を無くすだけでなく、委員長としての立場も危うくなるだろう。
事件が起きる前に気づいたのか、拳が俺に触れる寸前で停止。幸いヒットポイントが減少することはなかったが、その代わり目の前の少女は怒ってるのか笑ってるのか解らない表情で俺に死刑を宣告した。
彼女なりに考えたのだろう。周りに気づかれないように罰を与えるにはどうすればいいか。結果俺はそのグループの実験を一人でやらされる羽目になった。
自業自得と言えばそれまでだが、普通説明を聞いてなかっただけでそこまでするだろうか?
だから俺もいつものように抵抗を試みたが、その女の凄まじい気迫にこれ以上は危険だと本能が告げていた。その行いを咎めようとする者は誰一人としていなかった。
「はあぁぁぁ」
常に心に余裕を持つことを心掛けている俺だが、今だけはそれが出来そうにもなかった。
「おい、だいじょぶか?」
話しかけてきたのは後ろの席の男子だ。
「ああ、巣鴨か」
「諏訪部だよ! ……なんかあったのか?」
何故このタイミングで話しかけてくる。心配するのは勝手だが空気を読め。
「別に、何もない」
そう答える間に気持ちを切り替える。内心を悟らせないように振る舞う。
「そうか、ならいいんだが……」
諏訪部の机を見ると部活紹介の冊子が置いてある。変な空気を払拭するように話題を振ってやる。
「部活、何に入るか決めたのか?」
調子を取り戻すためにも口元に笑みを浮かべ、努めて明るく尋ねた。
「新体操部もいいけど水泳部もいいよなぁ。いや、シンプルに陸上やバスケというのもいいかも知れない」
最初は俺に話しかけていたようだが、次第に声が小さくなり遂にはぶつぶつと独り言になっていった。
こいつの頭の中は常時煩悩だらけなのだろうか。これ以上独り言を聞いてもメリットはなさそうなので前に向き直るが……。
「麟はどの子がいい?」
いきなり下の名前か。俺は今までの麟と呼ばれたことは片手で数えるくらいしかないぞ。女っぽい名前だから呼ばれないほうがいいが。
「特にいない、というかあまり興味ないな」
俺はゲームができればそれでいい。
「それより部活の話じゃなかったか?」
どこからずれたのか解らないが、脱線した話題を元の位置に戻す。
「興味ないとか言って、ちゃっかりあの子と仲良くなってんじゃないかよ」
軽く肩を小突かれる。正直うざい。本当のことを言ってもなんとなくこいつならポジティブに考え、更に面倒臭くなりそうなので、思っていることを臆面に出すことなく再び話題を戻そうと試みる。
「心当たりないな。で、部活はどうした?」
笑みは消さない。
「話反らすなって。指宿柚奈だよ」
話反らしてるのはそっちだろ。……って指宿柚奈? 指宿……指宿……ああ! って。
「何故そこで委員長氏の名前が出てくるんだ?」
「とぼけるなって、二時間目終わったあと話してたし、三時間目の理科の実験でも夫婦漫才やってたじゃないかよ」
「あれのどこが漫才だよ」
っていうか気づいてたのかよ。
「いいなあ、オレも授業中ずっと視姦されたい」
諏訪部は両目を閉じてニヤニヤしている。
「俺としてはいちいち突っかかってきて面倒な女というイメージしかないがな」
「ああいう感じオレは好きだな、もっとオレを虐めて〜、って。でもよ、性格云々抜きにしても、あのスタイルはいいだろ。出てるところは出て引っ込んでるところは引っ込んでる、まさに典型的なモデル体型だ」
「喋らなければ、いいとは思う」
「それにスタイルだけじゃない。あの真っ直ぐな瞳に茶色がかったストレートロングの艶やかな髪。このクラスでも美少女ランキングトップスリーには確実に入るな」
胸の前に握りこぶしをつくるあたり、かなり自信があるらしい。
「あいつのことよく見てるんだな」
感心半分呆れ半分の割合で言う。
「男子たるもの、女の子のことは常にチェックして当然だ」
全ての男子がそうではないだろう。
「それで部活はどうするんだ?」
表情から笑みを消して三度目の呆れ気味に話題修正。どうしても聞きたいわけでもないが、女の良さの話をされてもいまいちピンとこない。
「ん?ああ、そういや部活の話だったな」
幸い三度目の正直で話題修正は成功した。
「逆に聞くけどよ、麟はどうなんだ?」
俺は再び口角を上げる。
「俺は特にないな。どうしても入らなければいけないというのなら、快適にゲームができる環境さえ整っていればなんでも構わない」
「麟はホントゲーム好きだな」
「ああ、唯一の趣味だからな」
それだけはハッキリと言い切れる、嘘偽りない本音だ。
そこでチャイムが鳴る。友達と話していた者、廊下に出ていた者が次々と自席に座り四時間目の準備を始めた。俺の机には既に教科書とノートにが乗っている。次の授業の準備として俺は鞄から携帯ゲーム機――ドリームステーションポータブルを取り出した。