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お嬢様曰わく素晴らしい文化

 金髪お嬢様の登場により俺の発言は強制的に中断された。彼女の様子を見るに急いで追いかけて来たのか、荒い呼吸を繰り返している。


「指宿さん。わたくしのどこがいけなかったのかお教え頂けないでしょうか?あなたを困らせたのはわたくしなのですよね?」


 ACの顔には焦燥感と不安の色が混じり合っていた。


「姶良さん……」


 委員長氏が口を開く。震えるその声は小さいが、伝えなければならないという意思からか聞き取るには問題ないくらい明瞭な声だった。


「あなたは……悪くありません。失敗したのは私です。……あなたの感謝の言葉が心の底から嬉しくて、また何回もお店に来て欲しかった。だから一人一人のお客様を大切にしたくてメイドとして感謝したかったから……」


 指宿柚奈いぶすきゆなは姶良に伝えたいことを相手の目を見てしっかりと言葉にしている。


「でも、私は臆病だからメイドカフェでバイトしていることを知られたくなかった。だからさっき私は……あの場に居ることが怖くて辛くて……」


 委員長氏の目元はうっすらと涙が滲んでいた。


「だから姶良さん!あなたは悪くない!悪いのは私だから!」


 直後、限界に達した涙の漕が決壊し、止めどなく透明な雫が溢れ出る。


わたくしはあなたのことを悪いとは思いませんわ!悪いのは世間です。知識もありませんのに初めから頭ごなしに否定して、偏見を持つことで常識人として社会に馴染んでいく。まるでその行いこそがせいであるかのように、順応して溶け込んでいくあの人達が私は大嫌いですわ!」


 素直に凄いと思った。彼女は自分を信じ強い意思を持っている。だが、持っているだけではあれだけの熱弁を奮うのは不可能だろう。

 俺は強キャラが仲間になった時のような頼もしさを覚え、微かに笑みを零した。


「ACに一つ相談がある」


 金髪のハーフお嬢様は俺に視線を移す。


「何でございますの?」


「コスプレ同好会に入らないか?部員は俺と委員長氏と王子のコスプレをした先輩だ」


 ACは口元に人差し指を当て数秒の思考。やがて結論が出たのか指を放す。


「よろしいですわ。わたくしもコスプレ同好会に入れてください」


 快く承諾してもらいホッと胸をなで下ろす。そしてニヤリと再び笑みを浮かべ口を開く。


「さて、それでだが……残念ながら世間は未だコスプレに偏見を持つ輩が多数いる。そのため委員長氏がメイドカフェでバイトしている事実が広まるのは避けたいところだ。俺の言いたいことは解るな?」


 相手の思考を探るように目を細める。


「なるほど。ようやく『まゆうかふぇ』でのことに納得がいきましたわ。いいですわ、あなたのその意見に賛同させていただきます。ですが、一つだけ」


 そう言って指を一本立てると優しい笑みを口元に浮かべて言った。


「それが終わったら色々聞かせてくださいね」


 ウインクを最後に放ち階段を降りていった。


「なあ、委員長氏。あんたはこれからどうしていきたいんだ?ただずっと秘密を抱えて生きていくのか、少しずつでも自分のことを知ってもらえるように努力していくのか」


「………」


 委員長氏は答えない。まだ答えは出せないってことか。だがそれはつまり先程の問いに対して後者の可能性もあるってことだよな。それなら、今はいいか。


「携帯のメアド教えてくれないか?今回みたいな時、連絡取れた方がいいだろ」


 彼女の顔には既に雫は見られなかった。


「そうね。その方が都合がいいし……」


 ただ、と前置きしビシッと人差し指を俺に突きつける。


「授業中の携帯の使用はダメだからね」


 少し調子を取り戻してきた委員長氏に自然と笑みが零れる。


「はいはい」


 言いながらスマホの赤外線をかざしてやる。


「なに笑ってるのよ」


 涙のあとを残した顔で睨みつけられるが、いつもの距離感を思い出す。


「別にぃ」


 しかしその思いは言葉にせず金髪ハーフの後を追う。


「さて俺達も戻るか」


「戻ったら説教ね……」


 委員長氏が不安そうに呟く。


「大丈夫だろ、加護先生なら。適当に煙に巻いておけば話もズレて俺達のことなんかどうでもよくなるだろ」


「そういう考え方がよくないのよ。私たちは悪いことをしたのだから相応の罰はあってしかるべきだわ」


 委員長モードに入ったのかいつもの毅然とした態度が蘇ってくる。


「ホント委員長氏は真面目だな」


「あなたが不真面目なだけよ」


 そんなやり取りを続けながら俺達は教室に戻った。


 教室の戸を開けると教壇に加護先生の姿はなく、その代わり金髪ハーフのお嬢様が教卓に両手をついてクラスの連中を睥睨している。


「あの……姶良さん、そんな怖い顔してどうしたの?」


 若干引き気味の委員長氏の声には恐怖の色が混じっている。


「何でもありませんわ。ただわたくしはこの日本の素晴らしい文化について詳しく説明させてもらっていただけで、決して自分の価値を強要していたわけではありませんわ」


 あくまでも強要ではなく教養だと言いたいのか、その俺達を見る目には優しさしか映っていない。


「丸く収まるに越したことはない」


 それに俺がやるべきことを代わりにやってくれたのなら尚更だ。


「委員長氏もそれでいいだろ?」


 くっくっ、と喉を鳴らし同意を求める。


「問題は解決したの?」


 委員長モードで聞いているためその声からは何も読み取れないが、内心はおそらく不安でいっぱいなのだろう。


「ええ、万事解決ですわ」


 金髪の転校生は天使のような満面の笑みでそう言った。

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