五月の空と陰鬱な彼女
俺は片手を頭に当てうなだれる。
「何やってるんだよ……」
委員長氏はようやく事態を理解したのか徐々に顔を青ざめさせていく。
「あ……あ、あ、あ……」
「指宿さん?」
様子がおかしい委員長氏にACが心配そうに声をかける。それが合図だったかのように委員長氏はすくっとその場で立ち上がると、普段のしっかりとした彼女からは想像つかないほどの慌ただしさで、机や椅子に身体をぶつけながら奇声を上げ全力疾走で教室を出て行った。
「あああああああああ!」
再び教室が静寂で満たされる。しん、と静まり返った室内で誰もが茫然としている中、居ても立っても居られなくなった俺は委員長氏を追いかけるため教室を飛び出した。
「あいつどこ行ったんだよ……」
廊下を歩きながら右へ左へと首を動かしながら委員長氏の姿を探す。やがてチャイムが校内に鳴り響くが見本となるはずの彼女が戻ってくる気配はない。
とはいえ彼女の居場所に当てが全くないわけではない。この校内で一人になれる場所は多数あると思うが、ではどこかと問われれば正直一つか二つくらいしか思い浮かばないのだ。
「可能性があるとすれば……やっぱり上か」
既に授業が始まっているだろうが、そんなことはどうでもいい。今は委員長氏の方が心配だ。決意を明確にしサボリ慣れた堂々とした足取りでこの校舎の最上階もとい、屋上を目指した。
屋上へ続く戸を開けると爽やかな五月の風が頬を撫でる。頭上に広がるのは澄み切った雲一つない青空。やはりここは何度来てもいい場所だ。ゲームをするときも落ち着いてプレイすることができる俺のお気に入りスポットの一つである。
そう屋上に思いを馳せながら入り口から離れたフェンスの方へ目をやる。
居た。茶色混じりの艶やかな長い黒髪を風に靡かせ、魂が抜けたかのように茫然とただ中空を見つめている。しかしその視線は定まっておらず、見つめているというよりは視線を投げながら思いに耽っている様子だった。
「やっぱり私には無理だったのよ、初めから……」
「何が無理だって?」
振り向いた委員長氏の顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「あなた……なんで?授業は?」
「サボるのは慣れてる。それよりあんたがサボってる方が問題じゃないか?ま、それはそれとして……」
あんたのことが心配だから追いかけて来た、とは言えず別の言葉で言い繕う。
「あの時に言ったはずだ。あんたの秘密は守るってな。あのタイミングで俺があんたのことを無理やりにでも連れて行っていれば、バレることもなかった。責任は俺にもある」
少々強引な理屈だっただろうか?それ以外の言葉も思い浮かばず言ってしまったが、俺にも責任があると思ったのは事実だ。
「あなたのせいではないわ。ただ、私が迂闊だっただけ。慌てて余計なことを言ってしまったのは私なんだから……」
常に毅然とした態度を崩さずにクラスの中心となって教室をまとめていた委員長氏。しかし今は普段の彼女からは想像できないほど弱りきっていた。
「まさかあんな言葉を真っ直ぐに言われると思ってなかったから、すごく嬉しくなって……もっともっと喜んでほしいと思ったら……ついバイトの時のモードに変わっちゃって……ごめん……」
今にも消え入りそうな声で呟き再び顔を俯かせる。普段と違う弱々しい姿を目にし俺は……これ以上こんな委員長氏を見ていられなかった。
「さてと、これからどうすっかな?」
「えっ?」
彼女は驚いたように俯かせたいた顔を上げ、俺の真意を探ろうと瞳の奥を覗く。俺まで弱気になっていてはいけない、と決意を固めた。
「言っとくが俺は諦めてないからな。どんなに不利な状況下からでも考え方次第でその実状を覆したり、窮地から脱する方法、突破口を見つけ進むことができると信じている」
考えろ枕崎麟。現在教室内で広まっている事実を整理し、そこから言葉をうまく繋ぎ合わせ別の真意を作り上げる。俺がネトゲをしていた頃にはこのような難題が日常茶飯事の如くありふれていた筈だ。今だけでもあの感覚を思い出せ!
「キーワードはまず『まゆうかふぇ』。この時点でいくら勘の鈍い諏訪部でも二日前のことだと気付くだろう。ACも放っておくわけにはいかないだろうし、この二人をどうにかしないことにはどうしようもない」
冷静に考え、一つ一つ問題を潰していく。
「その二人ををどうにかしてもまだ油断は出来ない。クラスの連中の中にも『まゆうかふぇ』を知っている奴が居る可能性がある。それと委員長氏の発言からもメイドの言葉だと感づく奴だって少なくないだろう。その問題を同時に解決させるには……まあ何とかやってみるか」
こういうものは俺の場合、今考えてもどうしようもないのだ。その場で考えを纏め勢いで納得させる。
「よし作戦はこんなところか。あんたがサボったことに関してはうまく言っておくから暫くそこにいな」
困惑気味の委員長氏から視線を外し下り階段へ向かって歩き始める。
「なんで?」
背後から消え入りそうな声が聞こえ足を止める。
「なんで……そこまで……してくれるの?」
その言葉により全身に動揺が走る。正直ここまで秘密を守らなければいけない理由はないし、委員長氏の発言は彼女のミスだ。それを何故俺は庇おうとするのか……?。今回の問題の解決に思考を巡らせた直後、これ以上取り繕うほどの余裕が今の俺にはなかった。
「俺は……委員長氏のことが……」
両目を閉じ少しずつ言葉を紡いでいく。
「俺は……!」
その直後だった。
「指宿さん!」
俺が向かおうとしていた階段の前には、先程委員長氏に感謝の弁を述べた金髪お嬢様ーー姶良・C・クレメンティーナが息を荒らげながら立っていた。




