メイドインカフェ⑥
今回過去最大ボリュームでメイドインカフェ完結編です。
「顔色悪そうだったけど大丈夫かぁ?」
「ああ、大丈夫だ。それで注文は頼んだのか?」
知らない風を装って尋ねる。
「ヨッシーが今メイドを呼んだところですわ。それにしてもここのメイドは皆さん制服も容姿も可愛らしいですわね」
本物のメイドのいるACにも高評価のようだ。
「ご主人様、お嬢様。ご注文は何になさいますか?」
「オレは萌え萌えオムライス」
「私はメイド特製すうぃ〜とパフェをお願いしますわ」
「俺は……」
何でもよかったので目についたものを頼んでみる。
「ゆないとどりんくで」
ぶー!と諏訪部が口に含んでいた水を突然吹き出した。
「何するんだ?服が汚れただろうが」
「オマエ……マジでそれにするのかぁ?」
「ん?ああ、別に値段もそこそこだし、これでいいかと」
「……勇者だな」
一人で何かぶつぶつ言っているが、まあいいだろう。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「それでお願いしますわ」
「かしこまりました」
メイドは笑顔で答え裏に戻っていった。
「しかし見渡す限り花畑って感じだよなぁ。メアド交換できないかなぁ」
「ヨシノリじゃ無理だろうな」
「何でだよぅ、断られても諦めないからなぁ」
「根性があるのはよろしいですがしつこい男も嫌われますわよ」
「だそうだぞ諏訪部」
「あれ?何でさっき名前で呼んでくれたのに名字に戻したんだぁ?」
「名前で呼んだ覚えないぞ。聞き間違えじゃないか?」
「いやいや、確かにヨシノリって言ったじゃん」
「細かいこと気にするなって」
「いや、細かくないだろうよぅ」
「細かい男の人も嫌われますわよ」
「細かくないだろうよぅ!」
そんなことを話しているとガチャッ、と入口の扉が開いた。珍しいことでもないだろう。黒髪のメイドが目で追えないほどの俊敏さで客を出迎える。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あっちー……ん?ご主人様?」
黒髪メイドが口を半開きで固まっている。余程予想外だったのだろう。客の態度にではない、客の数にだ。
「あれ?ここってメアドカフェだったの?誰か知ってた?」
「俺は知らないッスよ」
「オレも知らないッス」
「まあ飯食えればイイじゃないッスか」
「それもそうだな」
「メイドさんかわいい」
「オメーは黙ってろ」
「あの、ええと……何名様でございますでしょうか」
入口のところで見えるだけでも五人はいる。
「ああ、んと十六人だ」
「じゅ、じゅ、じゅうろくにんですか。少々お待ちください」
対応に困っているのか店内を見渡している。だが次の瞬間その目には強い光が宿っていた。
「十六名様でございますね。どうぞこちらへ」
あくまでここは喫茶店であって食堂ではない。そこまで広くない店内にどうすれば十六人も入るのかと思っていたが、黒髪のメイドはてきぱきとした動作で邪魔な物をどかしていく。だがそれでも空いているテーブルは四人用が三つだ。ただ椅子を増やすだけでは狭くて窮屈になるだろう。
それでも黒髪メイドに迷いはなかった。店の奥から他のものと同じ大きさくらいの簡易テーブルを一人で運んできた。簡易といっても四人用のテーブルだ、それなりの重量はあるだろう。
であるならば、あの黒髪メイドは何者なのだろうか?一連の流れを見るだけでもただ者ではないことは解る。
そんな思考を巡らしている間に十六人の男共が座れるスペースができていた。
「凄いですわね。うちで雇いたいくらいの惚れ惚れする手際でしたわ」
「野球部かぁ、うちのじゃあないよなぁ」
「野球部か」
ジャージを着ていることから何かの部活なのだろうと思っていたが、野球部だったのか。うちの野球部でないのなら練習試合とかだろうか?だが何故諏訪部はわかったんだ?知り合いでもいるんだろうか?まあいいか、特に気になるわけでもないしな。
そのどこかの野球部の入店によりここが修羅場と化すなんて、この時の俺には知るよしもなかった。
「注文いいですかー?」「すみませーん、こっちもお願いしますー」「少々お待ちくださーい!」「ご主人様がお出かけになります」「みるみるパフェです」「美味しくな〜れ」「追加注文いいッスか?」「ただいま参ります」
「カオスだな」
野球部の存在が大き過ぎる。一度の注文で終わらず、量が少ないのか単に腹が減っているだけなのか何度も追加注文している。そのせいで店内は先程のまったりとした雰囲気とはうって変わって、有名なレストランさながらの慌ただしい喫茶店に成り代わっていた。
「メニュー来ないなぁ」
「あの状況ではどうしようもないのではなくて?」
「でもさぁ、野球部よりオレたちのほうが早かったじゃーん」
「俺の目には黒髪メイドが分身しているように見えるんだが……気のせいか?」
「いや、マジで分身してるんじゃねぇか?」
「あの方ならやってのけても不思議ではないような気がしますわ」
少ない人数であそこまで客を捌けるのは大したものだが、現状では捌ききれているとは言いがたい。
だがそんな状況下でまだ一人動ける人材がいることを、今の今まですっかり忘れていた。
「ご主人様、お嬢様。ご注文の品をお持ちいたしました」
こんな慌ただしい中でも落ち着いた話し方とお客様への配慮も怠らないメイドの鑑。だがその声は俺が最近学校で一番聞くことの多い声だった。
「お!待ってましたぁ萌え萌えオムライス〜」
メイド姿の"委員長氏"が萌え萌えオムライスを諏訪部の目の前へ運ぶ。諏訪部と委員長氏の目が合った。
「あれ?もしかして……」
まずいバレる!
「この前走ってたメイドさん?」
バレて、ない……のか?
「こ、この前で……ございますか?」
委員長氏の笑顔がひきつる。彼女は相手がクラスメイトであることに今気付いたみたいだ。
「ええと、あの日!先週の……そうだ!先週の火曜日。下司高校の前走ってたよね!」
「え!えと……」
まずい、委員長氏がおろおろし始めた。このままではバレるのも時間の問題だ!かくなるうえは――。
ガン!
「あっ冷たっ!」
「おっと悪い、大丈夫か?」
俺は少しベタではあるが、諏訪部が飲んでいた水の入ったコップをわざとらしくならないように倒し、諏訪部の服を濡らしたのだ。
「ご主人様、大丈夫でございますか!?」
委員長氏は俺に気づいていないらしく、本気で諏訪部の心配をしている。なんとか俺であることを気づかせられれば!
「諏訪部大丈夫か?今拭いてやるからな。"いつも俺の後ろの席にお前がいる"から前への注意が疎かになってたみたいだ」
「意味わかんねぇよぅ!――っていうかゴシゴシしすぎじゃないかぁ?」
「おお、気づかなかった"ゲーマー魂"に火がついてやりすぎたか」
「だから意味わかんねぇって!」
クラス全体を見ていて、俺と最近一緒にいることの多い委員長氏なら今のキーワードで解るはずだ。
「……枕崎くん?」
耳元で微かに聞こえるボリュームで囁かれる。しかし悪いが今は返事ができる状況じゃない。どうにか打開策を見つけなければ。
「あの『メイド特製すうぃ〜とパフェ』はわたくしので『ゆないとどりんく』は彼のものですわ」
「も、申し訳ありません!こちらがご注文の品でございます」
固まっていた委員長氏が慌ててパフェとドリンクをテーブルに置く。ACが話題を変えてくれたおかげで助かった、はずだった。
「なんだ?このドリンクは?」
『ゆないとどりんく』説明がメニューに小さく書いているのを今さらのように読み上げる。
「……ゆ、ゆなちゃんとドキドキどりんくタイム、だ!?」
何でこんなバレそうなことわざわざやってるんだよ?『"ゆな"いとどりんく』って。それは恋人同士で飲むような両方にストローのついたドリンクだった。
一難去ってまた一難。これを俺と委員長氏で飲むのか?公開処刑じゃないか。
思わず委員長氏の顔を見る。目が合った。その顔が徐々に赤みを帯びていく。さすがの俺も動揺を隠し切れないが、この硬直状態が続くのは非常にまずいためどうにかしないといけない。
このまま飲まずに帰るわけにはいかない。ならば……。
「やるしかないのか……」
覚悟を決めた。不自然さを出してはいけない。あくまでも自然体に振る舞う必要がある、が……。
委員長氏に「飲むぞ」とアイコンタクトで合図。諏訪部とACが自分の料理そっちのけで、固唾を飲んで見ているのが解る。
『ゆないとどりんく』の片方に口をつける。アイコンタクトが伝わったのか、次いで委員長氏がもう片方のストローに口をつける。再び互いの視線がぶつかり、恥ずかしさと興奮で脳が沸騰しそうになる。
通常運転だったはずの心臓もいつの間にか早鐘を打ち始めていた。相手の心臓の音が聞こえてきそうなほど顔が近い。
今聞こえる心臓の音は自分のものかそれとも相手のものなのかも解らない。
喉が乾く。脳が麻痺したかのように何も考えられない。体が水を求め本能的に動き出す。
目の前の少女は顔を紅潮させながらも必死で水を飲んでいる。いつの間にか視線は彼女の唇に集中していた。誘うように動く艶かしいその唇に思わず視線が釘付けになる。目を反らせられない。
ああ、その唇が……。
「……しい」
バタン、と音がしたが、それを最後に目の前が暗転した。
光が射し込んでくる。眩しい。
「う……」
「気がついた?」
目を開けるとそこにはメイド姿の委員長氏が俺の顔を覗き込んでいた。
「俺は……」
回復してきた感覚で今の状況を整理。ここはどこかの休憩室か?そして俺は横に倒れている。いや、寝かされているというほうが正しいか。だが……。
「思い出せない」
「あなたは諏訪部ともう一人の女の子と一緒にここ『まゆうかふぇ』に来たのよ」
「ということはここは『まゆうかふぇ』の休憩室か」
「そう。途中でまゆうさんに暫く裏の仕事してて、って言われたけどあなたたちが来てたからだったのね」
「まゆう?誰だ?」
「あなたも知ってるはずよ。黒髪の人、店長のまゆうさん」
「あの人店長だったのか!?」
道理で手際がいいわけだ。
「その後に野球部が来て人が足りなくなってきたのか」
「うん。人が足りなくなったから私もホールに行ったんだけど、まさか諏訪部くんにメイド姿を見られてたなんて」
「……悪いな、俺も水曜日に言おうと思ってたんだが忘れてた」
酷く疲れているのか冗談を挟む気力もない。
「でも私だということは分かってなかったみたいよ」
「あいつなら気づかなくても不思議じゃないか」
「それだけじゃないわ」
確信があるのかキッパリと俺の目を見て言った。
「『ゆないとどりんく』を飲んであなたは顔を真っ赤して倒れてしまったけど……」
ああ、それで運ばれたのか。情けない。
「その前にあなたはメイドが私であることを気づかれないようにして、助けてくれたわ」
彼女は俺を目から離さない。
「あれは……ただ約束を守っただけだ。別にあんたのためじゃない」
まだ完全に意識がはっきりしていないのか、頭で言葉の分別を考えずに口が勝手に動いている感じがする。
「それでも……嬉しかったわ。ありがとう」
面と向かって言われ気恥ずかしさを覚えながら、どこかこういうのも悪くないと思う自分がいた。
それから俺は店の外で待っていた二人と合流し『まゆうかふぇ』をあとにした。
俺が倒れたあとの話を聞くと黒髪メイド、店長であるまゆうさんが俺を運んでもう一人のメイド、委員長氏がついていった後まゆうさんが二人の相手をしてくれたらしい。
「黒髪さんのケチャップで書いたハートマークがもう!よかったんだよぅ」
「細かい気づかいと行き届いたサービスが大変よかったですわ」
二人とも満足したようでなによりだ。
「でもリンが『ゆないとどりんく』を飲みほしたのは流石だなぁと思った」
「その後倒れてしまわれましたけど」
「うるさい」
飲みほしたのか俺。とにかく今日は波乱万丈の一日だったな。この辺で今日は解散か……そう思ったとき背後から声が聞こえた。
「お嬢様!」
その声にACがビクッと反応しおそるおそる振り向く。それと同時に俺と諏訪部も声の主に目を向ける。
「ソ、ソノラ……」
そこには『まゆうかふぇ』のようなフリフリのメイド服ではなく正に使用人というようなメイドが立っていた。
「こんな所に居たのですか、さあ行きましょう。明後日からは一生徒なるのですから気を引き締めてください」
「わ、わかりましたわ」
生徒?どこかのお嬢様学校に通うのだろうか?ACが小走りでソノラというメイドの元へ急ぐ。
「あ!待ってくださいまし」
金髪の少女はメイドの傍に行ってからこちらに振り返った。
「今日はとても楽しかったですわ」
言って手を振るとメイドと共に大通りへ消えていった。
「俺たちも行くか」
そう声をかけたのだが……。
「ソノラさん……キレイな人だなぁ。まゆうかふぇのメイド服もいいけどああいう本職の人もいいよなぁ」
俺は諏訪部を置いてその場をあとにした。
熟読ありがとうございます。感想などお待ちしております。




