ようこそ!コスプレ同好会へ②
扉を開けるときに「私が開けるから待て!」というオーコ会長の声が聞こえたが無視して開けた。
開かれた扉の先には――。
「……意外と普通だな」
「そうね」
委員長氏もそれに同意する。モニターもなければコスプレの衣装もない。ここは本当にコスプレ同好会の部室なのかと疑問を感じたが、ある一箇所を見て納得した。
「馬が居るわね」
「そうだな」
「紹介しよう」
扉を開けられなかったことに傷心していたはずの会長が、いつの間にかその一つの部屋の前に移動していた。
「彼は私の相棒シャルルだ」
その部屋の小さな窓から顔を覗かせヒヒンと嘶いた。
「彼って……」
委員長氏も呆然としている。
正直どうつっこめばいいのか解らない。
「彼の好物はニンジンだ。北の大地北海道から取り寄せているのだ!」
わざわざ北海道から……。
「先輩、校内を馬で走るのはダメですよ」
委員長氏が真っ当なことを言う。
「何故だ? 校則にはそんなこと一切書いていないぞ」
「校則に書いていないですが常識としてわかるはずです」
「私は常識には囚われないのだよ」
「そうですか。……なら私が常識を植え付けてあげます」
「君にできるかな?」
常識人ならここで間に割って入り、二人を止めるのだろうがあいにく俺は常識人ではないため、そのやりとりを無視して改めて部室を見回した。
他の教室よりも五割ほど広く更に並び合った三つの部屋につながっている。
その一つがシャルルの入っている部屋で部室に入って正面の右側にある。
それはそれとしてこの部室、時計以外のものが存在しない。椅子がなければ机もない。これでは快適なゲーム生活が送れないではないか。
待てよ。もしかしたらこの残りの二つの部屋が快適空間なのだろうか?
「オーコさん」
「ん、なんだ?」
会長が委員長氏との言い合いを中断しこちらに顔を向ける。
「この二つの部屋は何ですか?」
「ああ、まだ言ってなかったな」
言って二つの部屋の扉に近づく。
「この左の部屋はクローゼットだ。私が今まで集めてきた王子のコスプレ衣装コレクションを収納している」
「王子のコスプレだけなんだ……」
委員長氏が残念そうに呟いた。
「真ん中の部屋は制御室だ。昼休みに言っていたモニターが並んでいる。他にも色々スイッチみたいなものがあったり操作できるようだが、私にはよく解らない。パソコンや機械に詳しい者ならば分かるのだろうがな……」
「制御室ですか。何故こんな所にあるんですかね」
委員長氏の意見には同意だが、そんなことより今の話を聞く限り寛げる場所は一切ないということらしい。快適なゲーム環境ならどこでもいいとは言ったが、さすがにここではそれを実現するには難しい。
俺は部室を出ようと回れ右をし一歩目を踏み出す、が。
右腕をガシッと掴まれる。
「おやおや枕崎君、何処へ行く気だい?」
後ろに目を向けるとニヤーと笑みを浮かべたオーコ会長が俺の右腕を掴んでいた。
これは言い訳をしても逃れられない気がする。正直に思ったことを口にしよう。
「俺はコスプレ同好会には入りません」
「さっきは入ると言っていたが?」
「まさか理想郷だと思っていたところが荒野だったとは思いもしませんでしたから」
「つまり、何もないから入らないと?」
「そういうことです」
確かに何もないな、と思案顔をする会長。
「なら、持ってくればいい」
「そんな余裕なんてこの同好会にはないでしょう」
「……それならば、金持ちの部員を勧誘しよう」
「まさか、その人に買ってもらうわけじゃないですよね?」
こういうことに関しては本当に委員長氏は敏感だ。どうでもいいが。
「いらない物をちょっと持ってきてもらうだけだ」
「それでも駄目です! そんな目的で勧誘するなんて酷いじゃないですか!?」
「俺は会長の意見に賛成」
清き一票を投票する気持ちで挙手をする。
「はあ!? だから駄目だって言ってんでしょ!」
委員長氏の両手が前から俺の制服の襟に伸び、掴んだかと思うとそのまま前後にブンブンと揺さぶり始めた。
「やめろ、頭がおかしくなる」
「あなたの頭は既におかしいから大丈夫よ!」
こういう風に手が出るのが上に立つ人間として欠点なのでは、と俺なりに分析してみる。してみるが、今この状況を打破する糸口にはならない。
「何で俺だけ、なんだ。やるならオーコ会長にも、やらないとおかしい……だろ」
「目上の人にはやらないわ」
それだけの理由で!委員長氏のショルダーシェイク(?)は終わりを迎えることを知らない。ていうかいい加減頭がヤバくなって来たんだが……。
頭が彼女の手によって何度往復したか解らなくなってきた頃、ようやく助け船がきた。
「その辺にしてやれ指宿くん。彼だって反省しているさ」
肩から手の感触がなくなる。委員長氏の拷問からは解放されたが、未だに脳内は震度六くらいの揺れが続いているためオーコカイチョーが話しているのは解ったが、内容までは把握できなかった。
「先輩も駄目ですよ。不純な理由で勧誘するなんて」
「不純でなければいいのか?」
「……ええ、まあ。そうなりますね」
「ふふふ、そうかわかったわかった」
脳内大地震が治まってきたところでオーコ会長が一つの結論に辿り着いていた。
「ならばコスプレに興味があり且つ金持ちの生徒を引き入れれば問題は解決だ」
「そうですね。頑張ってください」
「何言ってるんだ枕崎くん?君も勧誘するんだよ」
「俺は入らないと言ったはずですし、そもそも入ってないですよ?」
「君だって訳のわからない連中に勧誘される前に、早めに決めておいた方がいいぞ」
「……解りました。仮入部という形でならいいでしょう」
他の行くあてがあるわけでもないし、別にいいのだが。ゲーム環境を整えるところから始まるとは思わなかった。
「ついでに指宿くんも……い、いや何でもない」
委員長氏に睨まれ萎縮する会長。手は出さなくても止められるのは素直に凄いと思う。
「さ、さて、方針も決まったところで今日は解散だ。明日から頑張って行こう! えいえいおー!」
その掛け声に合わせる者は誰一人としていなかった。




