ようこそ!コスプレ同好会へ
放課後になってから二〇分俺はB棟に続く廊下を歩いていた。隣には委員長氏がいるが玄関前からここまでで一度も言葉を発していない。最後に俺が話した言葉は委員長氏に感謝されてから言った「とりあえず、部室、行くか?」という片言のようになってしまったものだ。
それを合図に無言で歩き始めたが、ここまで会話がないとは思わなかった。
無駄に入りくんだ廊下を歩きながら「あと何回曲がれば着くのだろうか?」と考えていると、四回目の左折をしたところで嫌でも目立つ先輩が待っていた。
「来たか。待っていたぞ」
「Kitaca? 持ってないぞ」
「誰もKitacaの話はしていない」
「そうですか」
冷静につっこまれた。
「そんなことより、その……部室はどこですか?」
これまで無言だった委員長が本題に戻す。
「ああ、そうだったな。ついてきてくれ」
会長は言うと、王子のマントを大袈裟に翻し続く廊下を歩いていった。
これまで無言だったため息苦しかった俺は、部室までの間を埋めるように会長へ質問する。
「オーコ会長は何故王子のコスプレをしてるんですか?」
「知りたいか?」
これまでこういう話をしたことがないためかその質問をされ、心底嬉しそうに目をギラギラと輝せて詰め寄ってくる。その様はまるで、主人の持っている骨をくれるのを、今か今かと尻尾を振って待ち望んでいる犬のようであった。
さて、俺をこの学校に通わせた"あの女"は俺にもっと人と関われと言っていた。あいつの言うことを聞くのはしゃくだが、たまにはゲーム以外のことで楽しむのもいいだろう。
「ええ、是非聞かせてください」
その瞬間、犬のような先輩は満面の笑みを浮かべ「そうかそうか、聞きたいか」と呟くと鼻息荒く語り始めた。
「まずはそうだな。王子という存在を初めて知ったところから話すとしようか」
長くなりそうだな。
「先輩、話すのは歩きながらにしませんか?」
委員長氏が本筋から逸れないよう注意する。
「おっと、すまない」
オーコ会長は前を歩きながら話を再開する。
「王子に出会ったのは今から十三年前――私がまだ四才の頃だ」
「出会ったって……実際に会ったわけではないですよね?」
この人ならあり得るかもしれない、とでも思っているのか委員長氏がそんな質問を投げ掛ける。それより人が増えるとわざわざ俺が話す必要がなくなるから楽だな。
「まあ絵本の話だが……出会ったことに変わりはない」
そうか?
「十年以上前のことだからおぼろげにしか覚えていないが、オーソドックスなストーリーだ。よく母に読んでもらったのを覚えている。その内容だが、王子が森を散歩をしていると隣の国の姫が動物たちと遊んでいた。邪魔をしてはいけないと思った王子は、姫にばれないように木の影から彼女を見守っていた。日が暮れかかってきたところで姫は動物たちに別れを告げ森を去っていった。次の日も王子は昨日の姫のことが気になり森を訪れた。記憶を頼りに森を進んでいくと、昨日と同じ場所で姫が動物たちと遊んでいた。その光景を見て王子は決めた。彼女の笑顔を守り続けたいと。王子はそれからも毎日森を訪れては、彼女の邪魔をする者が現れないように見張っていた」
ただのストーカーじゃないか?
「暫くの間姫を見守っていたが、ある日を境に彼女は森に姿を現さなくなった。王子は不思議に思いはしたものの、何かの用事で来れないだけだろう、明日には来るはずだと考えその日は早めに森を後にした。しかし一日、二日待っても彼女は森に現れなかった。不審に思った王子は姫の城に行くことにした」
「随分自由な王子だな。そんなんでいいのか?」
「このくらい自由でも大丈夫だろう」
王子好きのこの人に言っても無駄か。
「王子が姫の城の兵士たちに彼女の行方について聞くと、森に現れなくなった日も姫は森に行くと言っていたらしい。王子は来た道を引き返し森の中をくまなく探した。あの日姫に何かあったのは間違いないだろう、と考えた王子は手がかりがないか目を皿にして探し続けた」
王子は一人で何やってるんだ? 他の兵士とか連れてくればよかっただろうに。
「一時間ほど探していたが手がかりは見つけられなかった。ここではないのだろうか、と思い別の場所を調べるか考えていると、木々の隙間その向こうにキラリと光る何かが見えた。訝しげに思い王子はゆっくりとそれに近づいた。果たしてそこにあったのは姫の付けていたネックレスだった」
姫ってネックレスしてたのか。
「だが事実はそれだけではなかった。そのネックレスが掛かっているのは、石になった姫の首だったのだ」
石になってたのか! 随分急展開だな。
「こんな内容だったはずだ」
「えっ! そこで終わりですか!? 続きは?」
俺が思っていたことを委員長氏が代弁してくれる。
「初めの方はよく覚えているのだが、後半部分はあまり記憶にないのだ」
「ってことは話事態がオーコ会長によって脚色されている可能性も否めないと?」
「……否定はできない」
「やれやれ……それで、初めて王子という存在を知ったあとどうしたんですか?」
「それから多くの本や映画を見て王子という存在に惹かれていったのだ。ここまでカッコいい存在がいると知ったときはとても驚いた」
「親御さんも驚いただろうよ。王子に惹かれても恋絡みではなく憧れの存在なんて」
「現実の王子はそんなにカッコいいわけではないと思います」
「それでも構わない。私はただ理想の王子を目指すだけだ!」
「「……………」」
「ふ、二人ともなんで黙っているんだ?」
「そんなことよりオーコ会長。部室はどこなんだ?」
「ああ、ここだぞ」
右の扉を指さす。
「立ち止まったと思ったら道理で」
会長が取っ手に手を掛ける。
「さあ皆準備はいいか」
「クルスみたいなこと言わないでくれよ」
「なんのことだ?」
「こっちの話」
「あなた会長だって一応先輩なんだから敬語くらい使いなさいよ
「一応ってどういうことだ?」
オーコ会長が委員長氏に振り向く。
「オーコさん、もう開けていいですかね」
いつまで経っても開かない。開かずの扉を思い切り横に引いた。




