衝撃!それは真実か?
出口のわからない木々が鬱蒼と茂った密林をさ迷うこと一時間、クルスたちは尚もさ迷い続けていた。
「オイオイオイ、そろそろなんかあってもいいんじゃねーか!?」
半切れ気味にそう言うのは顎に無精髭を生やし赤い髪が特徴の元盗賊――ギリアスだ。
「うっさいわねー!なんでそんなこと聞くのよ。言ってる暇あるなら口動かさないで足動かしなさいよ!」
赤を基調とした派手なドレスに身を包んだ金髪の少女、ベリーことロズアント王国の姫――べリアーナ・フォン・ロズアントは同じことを思っていたことに苛立ちを覚え元盗賊に八つ当たりした。
このように二人が口喧嘩するのは日常茶飯事とはいえ、一時間も歩き疲労を蓄積した今の状態では、流石の若き司令塔であるクルスと言えども耳を塞ぎたくなってくる。
顔に思っていることが出ていたのか、横からぬっ、と巨大な黒い影が現れた。図体の大きな斧使いでハンターをやっているバギロは心配そうにクルスの顔を覗きこむ。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
「本当に大丈夫か?疲れてるなら休憩を取ったほうがいいぞ。二人もあんな感じだしな」
そう言って後ろの二人を親指で指す。クルスの意識がそっちに向いてる間に、バギロはクルスの顔を間近で見るため手を伸ばすが、最近浮上しているバギロのホモ疑惑のことをクルスが思い出し、怪しまれないようにやんわりと手を払った。
そんなことをしているせいで気づかなかった。
「……リーダー前を見てください。広いところに出ますよ」
常に冷静で無口な魔法少女――イルはその一言で全員の視線を前方の一点に集中させた。
ひらけたところに出るとメンバー全員が絶句した。
「な……!」
それはクルスとて例外ではない。何しろそこには場違いなほど真紅に染まった巨竜が待ち構えていたのだから。
「全員武器を抜け!」
だが、やはりその沈黙を破ったのは司令塔クルスだった。武器を抜いて戦闘態勢に入る。
「みんな準備はいいか?」
SAVEしますか?YES NO
YES
「よし、取り敢えずここまでだな」
ゲーム機の電源を切り鞄にしまう。
「……あの、枕崎くん?」
教壇に立つ眼鏡の女性教師が恐る恐るといったように俺に尋ねる。
「何でしょうか?」
なに食わぬ顔で聞き返す。極めて冷徹に。
「……う、ううん何でもないの。何でもないんだけど、授業中にゲームは――」
「先生」
注意とは程遠いか細い声音で指摘する女教師を一言で黙らせる。
「は、はい!」
目を閉じて死を宣告するかのように、ゆっくりはっきりとその先を口にする。
「先生がコスプレしているのを見たことがあります」
「えっ!」
予想通りの反応。先生がコスプレイヤーかどうかはともかく、実際俺が見たという事実はない。つまりただのはったりだ。はったりのはずだった。
「あの噂本当だったんだ」「マジでコスプレしてんの?」「でも先生なら似合うかも」「先生のコスプレ超見てー!!」
あれ、おかしいな? 俺はただ話題を逸らせればそれでよかったんだが……まあ、いいか。これはこれで面白い展開になりそうだし。表情を変えずに状況を楽しんでいると。
「ちょっと静かにして! まだ授業中よ、それに先生も困ってるじゃない!」
一人の少女の発言はその場に沈黙をもたらした。
やっぱこうなるか……。入学してから一ヶ月、クラス内が騒がしくなったときに必ずあいつが注意してきた。
クラス委員長の肩書きを下げ真面目で強気な性格、というのが俺の印象である。
静寂で埋めつくされた教室にチャイムが鳴り響く。
「……これで授業を終わります」
その前方から発せられた蚊のなくような小声で生徒たちは徐々に散開を始めた。
次の授業は理科室で実験をすると言っていたか。教科書類一式を持って教室を出る。
「枕崎くんちょっと話が――」
後ろで声が聞こえたが目の前の事態にそれどころではなかった。
「はいやー!」
それはほんの数秒で眼前を通過していった。
白馬に乗った王子様? いや、こんな時代に居るわけがない、ましてやここは日本だぞ。突っ込みの箇所が多すぎて、俺は考えることを放棄する代わりに、後ろでポカンと口を開けている委員長氏に質問を投げ掛ける。
「何だ今の?」
彼女は自分が呆然としていたことに気付き、慌てて言うべき言葉を探しているようだった。
「あんたにも解らないか」
関わることもないだろうから別にかまわないが。
「そんなことはどうでもいいわ!」
探した挙げ句その答えか。どうやら彼女も思考を放棄したらしい。
「そんなことより!」
綺麗な人差し指を俺の顔に突き付ける。
「人を指で差すのはどうかと思うぞ」
通じるとは思えないが正論を言ってみる。
「授業中にゲームをやっている人に言われたくはないわ」
「ごもっとも。それで俺に用があるんだろ? 次は理科室で授業だから早くしないとあんたのほうが困るだろ」
彼女は両目を閉じ片手で頭を押さえながら口を開く。
「言いたいことは山ほどあるけど、今は時間がないから大事なことだけ」
「あるけど」の部分で右目を開き鋭い眼差しで俺を睨む。それから左目も開き先ほどと変わらず強い口調で注意する。
「授業中のゲームは禁止! それと先生の根も歯もない疑惑を植え付けないこと、いいわね!」
根も歯もないか。案外そうでもないような気がするが……。それと俺は話を反らすために放った一言であって、ああいう展開になったのは全くの偶然だ。
注意するだけしていった委員長氏は理科室に足を向けて既に5メートルほど先を歩いていた。そんなに俺の行いが気に入らなかったのか、離れた先でも彼女から憤怒のオーラが伝わってくる。まあ俺もあいつとはあまり関わりたくないから、これ以上刺激するようなことは言わない。今後はバレないようにゲームをしよう。
「さて、理科室に行くか」
委員長氏の姿が見えなくなった所でやれやれと肩をすくめ俺は歩き始めた。