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九/ボーイ・ミーツ・ガール

 翌日。白湯の話が気になった僕は、結局のところ一睡もできなかった。

 盛大な不特定多数のツッコミが聞こえてくるような気がしたが、恐らく気のせいだろう。

 授業の内容は右から左、左から右の縦横無尽。交通規制なんて一切ない真っ直ぐな一本道。右耳から棒を突っ込むとそのまま左耳から出てくるんじゃないかと思えるほどに、何も頭に入ってこなかった。

 そんな感じで、ノートも真っ白なまま昼休みをむかえたわけなのだが。

「――思ったんだけどさ。何で和式トイレと洋式トイレはあるのに、中式トイレは無いんだろうな」

 僕の前の席に座っている大志は授業が終わった途端にくるりと身体ごと振り返り、唐突にそんな事を言い出した。

 相変わらず平和的というか、アホがバレてしまいそうな疑問だが、確かにどうして和・洋と来て中が無いのだろうか。

「そりゃあ、爆発するからじゃないのか」

 と、数秒だけ思考を巡らせて出た答えがこれだった。何か、こういうイメージが強いのである。

「あー、なるほどな。確かに爆発されると困るよな」

 何で納得してるんだよ。

「あとはまあ、ブツが脱線したら担当の人が埋めてくれたりとかな」

「何の担当やねん!」

 僕のテキトーな発言にツッコミを入れたのは月見里。

「そりゃあアレだろ、掃除婦さん的な……」

 彼女の問いに答えたのは、僕ではなく大志だった。

「じゃあ掃除しろや! 埋めるってなんやねん! 犬か!」

 掃除婦が犬……そのキーワードに何かいかがわしい想像が働きそうになったがやめておこう。

「最終的にはウォシュレットのボタンを押したらミサイルが発射されたりとか」

「それ中式トイレちゃう、北式トイレや」

「トイレの壁が壊されたりとか」

「それは独式トイレ……って、大喜利か! ウチが止めな止まらんやろこの流れ!」

 確かに僕の知識が続く限りこの流れは止まらない。印式トイレやら尻式トイレやらといった風に。

 だがこうして他愛の無い雑談をしたところで、やはり僕が抱える懸案事項は欠片も解消されない。

 昨日の白湯の一言の所為で、クラスメイトを今までどおりに見る事ができなくなってしまった。

 大志も、月見里も、我那覇首里がなは・しゅりも、多々良日傘たたら・ひがさも、二階堂地下にかいどう・ちかも、平穏路翡翠へいおんじ・ひすいも、小太刀諸刃こだち・もろはも、湯乃鷺美鶴ゆのさぎ・みつるも、国木田善臣くにきだ・よしおみも、生田目総一なまため・そういちも、袈裟丸数珠けさまる・じゅずも。みんな、みいんな、昨日とは全く違う人物に見えてくる。

 疑心疑心ぎしぎしと、僕のメンタルはゆっくりとしかし確実に音を立てながら軋み、歪んでいく。

 誰なんだ。白湯と関係を持っているのは一体誰なんだ。いや、別に気になってるわけじゃない。けれど、だけど知っておかないと気が気じゃない。小骨が喉に引っ掛かっているような心地の悪さを、これから先ずうっと感じ続けなければならないなんて、マゾでもない限り乗り越えられない。

 どうする、一人一人訊いていくか? いや、そもそも僕の性格からしてそういう積極的な行動はあまり得意ではない。

「おーい」

 という、大志の声によって僕は我に返る。

「……え? あ、ああ、何? トイレの話だっけ」

「いや、それはもういいって。それより大丈夫か公平。さっきからボーっとしてよ」

「そんなにボーっとしてたのか、僕」

「そりゃあもう心ここにあらずって感じだったぜ。どうせまた不死原の事でも考えてたんだろ? 好きだね~お前も」

 いや流石の僕でも四六時中二十四時間年中無休で不死原の事は考えてないよ。気持ち悪いだろうが。

 そりゃあ彼女の姿が視界に入ったら小一時間ほどは色々と妄想したりはするけれど……うん、流石にそりゃないぞ大志。

 ……そういえば。

 その不死原は何処へ行ったのだろう。教室中を見渡しても、彼女の姿は無い。

 またあの『特等席』にでもいるのだろうか。

 僕はおもむろに席を立つ。

「あれ、どこ行くん公平?」

「ん――トイレだよ」

 適当な嘘を吐いて、僕は不死原がいるであろう場所へ向かった。


 案の定、不死原は食堂外にある自販機コーナー横に設置されているベンチで本を読んでいた。

 文学少女的な見た目も相俟って、その光景自体が一つの作品として完成しているような気がして、僕は数秒見蕩れてしまった。

 この数秒を彼女に捧げられた事を僕は光栄に思う。

「やあ不死原。今日も読書に精が出るね」

 僕がそう呼びかけると、彼女は顔を上げてうっすらと笑みを浮かべて口を開いた。

「一之瀬くん。そうね、今日は比較的過ごしやすい日だし」

「夏休みも終わったし、いよいよ夏も終わりそうな感じだね」

「夏の次は秋ね。秋は涼しくて良いけど私は春の方が好き」

「そうなのか。でも、秋も春も過ごしやすさで言えば同じようなものじゃないか?」

「確かにそうだけれど、秋は春より殺風景なイメージでしょう? 春は桜が咲くから好きなの」

 なるほどそういうところはやはり乙女な感性を持っているんだな、と僕は納得した。

「ちなみに不死原はその、好きな花とかあるの?」

「好きな花? そうね……強いて言うなら薔薇かしら」

 何故か緩みきった顔で言う不死原。そんなに薔薇が好きなのだろうか。

「ふうん、やっぱり女子って花とか好きなんだな」

 なんというか、僕の身の回りにいる女性は皆そういうものとは無縁なような気がして、不死原の花好きには新鮮さを感じられずにはいられない。ますます好きになってしまうじゃないか。

「一之瀬くんは……一之瀬くんは好きな花とかあるの?」

「好きな花は特に無いけれど、君という花が好きかな……」

 なんて、考えるだけでも恥ずかしさのあまり死んでしまいそうな台詞は口が裂けても言えない。

 しかしここで好きな花は特に無い、などという話題をへし折るような事も言いにくい。

 そこで僕はふと、ガーデニングが趣味である母が庭に植えている花の事を思い出した。まあ見た目も嫌いじゃないし、ここはあの花で話を合わせておくことにしよう。嘘も方便という奴だ。

「うーん、そうだな。僕は……百合が好きかな」

 瞬間。「ブフォッ!!」という音が辺りに響いた。はて、いったい何の音だろう?

 誰かのくしゃみだろうか。何やら不死原がいる方から聞こえてきたような気がしたが、まさかあの不死原が「ブフォッ!!」などという音のくしゃみをするなんて僕には考えにくい。恐らく彼女のくしゃみは「くちゅんっ」とか「しゅんっ」とかそんな感じだと思う。そんな感じだと信じたい。

 という、現実逃避にも似た思考を巡らせていると、不意に不死原が意識の外からこう問いかけた。

「そう……じゃあ、一之瀬くんは好きな女の人のタイプとか、あるのかしら?」

 なるほど好きな女性のタイプか。

 いやいやいやなるほどじゃねえ! 一体何を言い出すんだこのお方は!

 待て落ち着け気を確かに。こういう時こそ冷静になれ、クールにいこうぜ一之瀬公平。

 まず僕の経験則から言わせてもらうと、女性が男性に好きな異性のタイプを訊くのは下調べ的なものが含まれていると思う。いや童貞だからわからないのだけれど。

「一之瀬くん?」

「えっ、あ、ああごめんごめん、好きな人のタイプだっけ」

 またボーっとしていたわけではないが、考えに没頭するあまり完全に不死原の存在を意識の外へやっていた。

 考えても仕方無い。質問された事には正直に答えるのが一番だ(僕が言うな)。

「第一条件として、眼鏡をかけている人が良い。僕は眼鏡っ子が好きだから」

 不死原は自分がかけている眼鏡に一瞬だけ気を移して、

「……どうして?」

 と言った。

 僕は逡巡して、声に出そうと思ったけれど出なくて、力を振り絞って言葉を紡いだ。

「初恋の人が、とても眼鏡の似合う人だったから」

 言ってしまった。

 相手が、不死原だからだろうか。何故だか彼女には、話してもいいと思えたのだ。

 それだけ不死原三途という存在が、僕の中で特別なものになっているのかもしれない。

「小学生の頃、不良に絡まれていたところをその人に助けられてさ。お前らよってたかって小学生にカツアゲなんかして恥ずかしくないのかーっ、て言いながら現れてさ。凄い迫力だったよ。それ以来、その人と会う事は一度としてなかった。名前ぐらい訊いておけばよかったな……。っとまあ、こんな感じかな、僕が眼鏡っ子好きな理由は。はは、笑っちゃうだろ?」

 苦笑い交じりに僕の過去を語ってみたが、不死原の表情にあまり変化は無い。

 せめて笑ってくれると救いになるのだけれど、鼻ですら笑ってくれない。なんだか全力でスベッた気分になる。

「その話……」

 と、不意に不死原が静かに切り出した。

 このような下らない話に何かしら評価をしてくれるのかと思いきや――。


「その、一之瀬くんを助けた人って、私だよ?」




「――えっ?」

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