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八/浮遊する夢

 家に帰ると何故か家族である母と妹は不在で、代わりに家族じゃない右左美白湯が僕の部屋にいた。

 例の如く、勝手に本棚から漫画を何冊か取り出して読んだ形跡がある上に、今日はお菓子とジュースまで持ってきてやがる。

 で、当の本人はそれらをよそに僕のベッドで爆睡中である。しかもお腹丸出しにしてるし……お腹壊しても知らないぞ。

「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ……」

 どうやら夢の中でもお腹を壊す危機に瀕しているようだ。にしてもよくそんなベタな寝言を漏らせるな。

 とりあえずこのままだと何も解決しないので、彼女を起こす事にする。

「おい……おいってば」

 呼びかけながら揺らしても、反応が無い。

 随分と深い眠りに入っているのだろうか。けれど寝言を言っていたし、そこまで深い睡眠じゃないと思うのだが……。

 三、四回ほど同じように呼んで揺らしたが、全然起きない。まさか死んでいるんじゃないだろうな。作風を考えてくれよ。

 勿論、死んでなどいない。ちゃんと寝息をすうすうと立てているし、胸も規則的に上下している。

「何なんだよ全く」

 まあ今すぐに退かしたいわけでもないし、また後で起こす事にしよう。

 白湯の事は後回しにして、僕は散らばった本を片付ける作業に入る。作品Aの三巻に、作品Bの九巻。作品Cの一巻と最新刊、その他諸々。くそ、何で同じ作品を続けて読まないんだ。片付けるのが面倒だろうが。

 僕は溜息を吐きながら、一冊一冊本を元の場所へと戻していく。

 片付けは五分とかからなかった。うん、今日はまだマシな方である。

 一段落したところで、不意に覆い被さるように睡魔がやってきた。まさか今の作業で疲れたのか、それとも白湯の寝ている姿につられたのか。

 どちらにせよ、眠い事に変わりは無い。まだ夕飯まで時間あるし、少し寝ようかと思ったが、ベッドには先客がいる。

「……ったく」

 白湯のお腹が冷えないよう、僕は彼女に布団をかけた。この時も全く反応なしである。

 さて、ベッドが既に使われているなら仕方無い、僕は床で寝る事にしよう。

 横になり、瞼を閉じると、僕の意識は眠りの世界へと沈んでいった――。


 ――僕は小学六年生の時、一つ年上の――つまり中学一年生の不良数人に絡まれた事がある。

 今思えば、間違った中学デビューを果たしたカワイソウな奴らだったのかもしれないが、当時小学生だった僕にとっては中学生という生き物は理由なしに恐かった。一つ年が違うだけなのに、全く別の世界に生きているように見えたからだ。

 そんな恐怖の対象である連中に金を強要されたとなると、もはや逆らいようも無い。

 この場を切り抜けるには、もう全財産を献上するしかない。そう思い、決心した時。

『おいコラぁっ! お前らよってたかって小学生にカツアゲなんかして恥ずかしくないのか!』

 救いの声が、千枚通しのように僕の耳に突き刺さった。

 不良達は声のした方を見るなり顔色を変えて、そそくさと逃げていった。現場に残ったのは僕と、

『ふん、ヘタレ共が。あなた、大丈夫? 怪我とかしてない?』

 先ほどの不良達と同じ制服を着た、奇妙なまでに眼鏡が似合う女子中学生だった。

 恐らく、これが僕の初恋だったのかもしれない。

 けれど結局、僕と彼女はそれ以降会う事はなかった。名前も知らない、異常なまでに眼鏡が似合う人。

 以来、僕は彼女の面影と重なる女性――眼鏡をかけた女性を求めるようになった。

 恥ずかしながら、僕は初恋の相手をずっと引きずっているのである。だから僕は、何故眼鏡少女が好きなのかと訊かれると正直に答える事ができないのだ。初恋の相手が眼鏡をかけていたからだなんて恥ずかしくて――否、みっともなくて言えるわけがない。

 この事は大志にも言ってないし、家族にだって言っていない。

 こんな黒歴史は、僕の中だけに留めておけばいいのだ――。


「……ろ~。起っきろ~公平~」

 ぺちぺちと何者かに頬を叩かれ、意識を現実へ引きずり戻される。

 犯人は白湯。まさか起こそうとしていた人物に起こされてしまうとは。

「あ、起きた」

「あ、起きたじゃない。また勝手に僕の部屋に侵入しやがって」

「イイじゃん減るもんじゃあるまいし~」

 ヘラヘラと笑いながら僕の背中をバンバンと叩く白湯。

 確かに部屋に誰かが来たら部屋の一部が欠けていくわけではないが、この場合は減るとか増えるとかそういう問題ではない。

 ハッキリした理由は無いが、何か嫌なのだ。わかってくださいお願いします。

「何かうなされてたみたいだけど大丈夫?」

「だいじょばない。自分の恥ずかしい過去の再放送を強制的に見せられてた」

「え、ナニナニ恥ずかしい過去ってぇ?」

 ずずい、と身を乗り出して眠そうな瞳をLED電球のように輝かせる白湯。

「この流れでその恥ずかしい過去を語り始めると思う?」

「うぇぇ、気になるよ~。聞かせてよ、公平の恥ずかしいハナシ」

 僕の首に腕を回し抱きついてくる白湯。耳に吹きかけられる息が、とてもこそばゆい。

「だぁ~っ! 暑苦しい! 離れろ!」

 力ずくで白湯の拘束を解く。拘束というよりは絡み付いていたと言った方がいいか。

 振り解かれた白湯はこてん、と尻餅をつく。

「ひゃんっ……もぉ~、何すんのさぁ」

「それはこっちの台詞だ。とにかく、起きたのならさっさと家に戻ってくれ。しっしっ」

「何さその扱いー。あたしは犬かよォ~」

 ああ犬さ。普段はおとなしいけど喧嘩になると天下無敵の強さを誇る狂犬だよ。ケルベロスだよ。

 さてこのテコでも動きそうにない黄金色の武神をどう動かそうか。そんな事を考えていたら、

「そういえば、あんたのクラスに転校生が来たんだってね」

 と、唐突に彼女はそう言った。

「……どうしてその事を知ってるんだ」

 別に必要ではないと思ったから白湯には言ってない筈なのに。

 正直、心臓が凍りつくかと思ったが、何とか平静を装ってみる。

「どうしてって、聞いたからさぁ」

「誰に」

 まさかさっき寝ていた時に僕が寝言で言ってたっていうオチじゃないだろうな。

「ん~? えーっと……あんたのクラスにいる子、かな」

「は?」

 ちょっと待て。こいつ、僕のクラスと繋がりがあったのか? そんなの、正真正銘初耳だ。

 勝手なイメージかもしれないが、白湯はあまり他人との交流を好まないものだと思っていた。横の繋がりは勿論、縦の繋がりは言わずもがな。

 まあそれはいい。問題は誰と関わりがあるのかだ。

 真っ先に思いついたのは情報通な猫屋敷瞬火。あいつの情報網パイプは想像を絶するものだからな。あと可能性として考えられるのは、兄や姉がいる奴か。知っているのは喜多村相思きたむら・そうし我孫子巫女あびこ・みこに姉が一人、綿帽子有守わたぼうし・ありすに兄が二人、ぐらいか。

 いや、もしかしたら柔道部での繋がりかもしれない。けれど二年三組に柔道部に所属している者はいないし……。

「クラスにいる子って、誰だよ」

「それはぁ………………………………ヒ・ミ・ツ、だよ~ん」

 玉砕覚悟で殴ってやろうかと思った。

 いや待て。そもそも、どうして僕はこんなに白湯と関わりのあるクラスメイトを知りたいのだろうか。

 冷静になって考えてみると、別に知ったところで何か影響があるわけではないし。

 ただ、気になる。それだけだ。急降下するジェットコースターのように僕の思考は一気に冷めた。

「……言いたくないならいいけど」

 気にならないと言ってしまうと嘘になるが、必死になって知りたいというわけでもない。

 むしろ知らない方がいいのかもしれない。なんて、一瞬だけど思った。

 悪寒のような、小さな予感。

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