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四/変態生徒VS鬼教師

「せや、そういえば今日からウチのクラスに転校生が来るらしいで」

 下駄箱で上靴に履き替えている最中、不意に月見里がそんな事を言い出した。

「テンコウセイ? テンコウセイって、もしかしてあの転校生?」

 聞き慣れない――と言うよりは、今まで僕とは縁の無かった単語に、僕は思わず物珍しさを感じた。

 これまでに隣のクラスに転校生がやってくるなんて事は多々あったが、僕が所属するクラスに転校してくるというのは初めてなのだ。

「どのテンコウセイがあんねん。まあ、その転校生や」

 と、呼吸のようにツッコミを入れながら月見里は答えてくれた。

 しかし何故、僕と同じクラスである彼女が(ちなみに大志も同じクラスだ)、そのような情報を持っているのだろうか。先生から訊いたのか? 何にせよ、クラスメイトが知っていて僕が知らないというのは、いささか引っかかるものがある。

「どうして転校生が来るって知ってるんだ?」

「ん? ああ、昨日ニャンコから聞いてん。ホラ、ニャンコってそういう情報には敏感やろ」

 誤解を招くような台詞だが、別に月見里は猫と意思疎通できる特殊能力を持っているわけではないし、『ニャンコ』というのも本物の猫の事ではない。そもそもその辺の猫がウチのクラスの事情など知る由も無いわけで。

 彼女が言う『ニャンコ』とはクラスメイトの一人、猫屋敷瞬火ねこやしき・またたびのいわゆるあだ名である。由来については、まあ言うまでも無いだろう。

 情報通な猫屋敷と、おしゃべり好きな月見里。おのずと二人の相性は良いというわけだ。

「ふうん、なるほど。転校生ねえ」

「おいおい公平、転校生が来るってのにテンション低すぎだろ」

 既に上靴に履き替えた大志は、僕と月見里の後ろから会話に割り込むようにしてそう言った。

 ちらりと月見里の表情を窺うと、これまた嫌な顔をしていた。

「失礼な。これでも少しはテンション上がってるさ」

「気の抜けた炭酸みてえな声で言われても説得力ねえよ」

 ふむ、どうやら僕が少しテンション上がってる時の声は気の抜けた炭酸みたいな声らしい。覚えておこう。

 しかし正直、クラスメイトが一人増えたところでテンションを上げる必要があるのかどうか。

「確か、転校生は女の子らしいで」

「うほォッ! マジかよ! 可愛い子だといいな公平!」

「うんそうだね良かったね」

 月見里の補足に反応したのは大志だけだった。そして何でいちいち僕に話を振るんだ。

 別に可愛いからって僕のテンションが変化するわけじゃないぞ。大体、


「ほんで、眼鏡っ子らしいで」


 前言撤回。超撤回。

「お、おおおおおおい月見里! その情報は確かなのか!? 転校生は! 本当に眼鏡っ子なのか!?」

「ひゃっ!? えっ、ま、まあニャンコの情報は信憑性あるし、ホンマやと思うけど……」

 確かに、猫屋敷がもたらす情報にはいつだって間違いは無かった。

 僕とした事が、冷静さを欠いていたようだ。彼女の情報を疑ってしまうとは。

「――――フ」

 意識せず、息が漏れた。息というよりは、笑い声に近かったと思う。

 ああ――僕は笑っているのか。そう理解した途端。

 僕は、弾けた。

「はははははははは! あっはははははははは! 最高だ! 最っ高じゃないか眼鏡っ子な転校生なんて!」

 駄目だ、駄目だ駄目だ。堪えきれない。頭に直接麻薬を注入された気分だ。物凄く、昂る。

「こ、コウヘイ? どないしたん」

「あー、月見里は知らなかったっけ。公平って超ド級が付くほど眼鏡っ子好きなんだよ」

「そ、そうなんや……。眼鏡っ子が、好きなんや」

「てか止めないと止まらないな。おい落ち着け公平ー」

「これが落ち着いていられるか! 転校生だぞ! 否、眼鏡っ子だぞ!」

「眼鏡っ子でテンションがそこまで上がるのは少なくともウチのクラスではお前だけだぞ」

 何だと? それはつまり、眼鏡っ子の素晴らしさを理解していないという事じゃないか。

「だったら教えてやる! 眼鏡っ子の素晴らしさを! 良いか、まず眼鏡はかけるものじゃない、ぶっかけるものだ!!」

 瞬間、大志と月見里が凍りついたように硬直した。

 言ってる意味がわからなかったのか? いやわかるはずだ。だって、誰しも一度は思う事があるはずだ。好きな人の私物を汚したくなる事ぐらい。それが普段から身につけている物ならなおさらだ。ぶっかけるしか選択肢はあるまい。

 しかし妙だな。二人の視線は僕に向けられているというか、僕の後ろに向けられているような――、

「い゛ィィちィィのせェェェえええ? ナニ夏休み明け初っ端の朝っぱらから変態発言してんだ、ああ?」

 この巻き舌交じりでドスのきいた女声を、僕はよく知っている。

 しまった、そういう事だったのか。大志と月見里は僕の発言で凍りついたのではなく、僕の背後にいた彼女を見て凍りついたのだ。

 我がクラスの担任、佐々木未咲ささき・みさきの姿を見て。

「あ……オハヨウゴザイマス佐々木先生」

「おうオハヨウ。早速で悪いけど生徒指導室いこっか♪」

 『♪』と付いているがその顔は、泣く子も黙るどころか更に泣き叫ぶ勢いのそれだった。

 いや、笑顔なのだけれど……笑顔なのだけれど、あくまでそれは表面上のものに過ぎなくて……。

 がっし。

 と、先生に襟首を掴まれ、僕の思考は強制的に中断。ずるずると引きずられる形で僕は先生に連行される事となった。

 遠くなっていく下駄箱の前には、ご愁傷様とばかりに合掌する大志と、心配そうな面持ちでこちらを見つめる月見里の姿があった。大丈夫、死にはしないさ……多分。


 僕のクラス、つまりは二年三組の担任である佐々木先生。生徒思いな良い先生で、二年の教師陣の中では若い方なので(二十代後半らしい)男女問わず人気がある。担当教科は国語だ。

 そんな佐々木先生だが、ひとたび怒るとマジで恐い。女だからと言ってナメてると痛い目に合う。

 間違っても、結婚はいつするのかとかそういう系統の質問は禁句中の禁句である。痛い目に合うから(物理的な意味で)。

「全くオマエは……。夏休み前と何一つ変わってないな」

 呆れたような口調で先生がそう言ったので、僕は引きずられながら、

「人はそう簡単に変われませんよ先生」

 と返した。

「やかましい。それは変わろうとしない奴の言い訳だタコ」

「……手厳しいですね」

 徐々に荒くなっていく口調は置いといて、確かにそれは一理あるな。流石は国語の教師と言ったところか。

 ふと、さっきまで気になっていた事が浮上してきた。

「あ、そうだ先生。今日、ウチのクラスに転校生が来るんですよね?」

「あん? オマエ、何でその事を知ってんだよ」

「猫屋敷から聞いた月見里から聞きました」

「伝言ゲームかよ。ま、秘密にする理由も無いしな。うん、まあ来るけど」

「転校生の席って、もしかして僕の隣ですか?」

「あー……そう、なるな」

 何故か途中から嫌な事を思い出したかのようなトーンになる先生。何かあったのだろうか。

 現在、二年三組の生徒数は二十九名。教卓から見て縦五列横六列となっており、左の一番後ろの席が無い状態である。そしてその隣席が僕の席。つまり必然的に席を増やすにはその空いたスペースしか無いというわけだ。これはもう向こう半年の運を使い切ったのではないだろうか――否、半年で足りるかどうか。

「ちなみにすぐ席替えするぞ」

「はァァああああああッ!? 何でだよああいや何でですかァァァァ!! 奇怪しいでしょォォォォ!!」

「口答えすんじゃねェェェェェェェェ!」

 何を思ったのか、先生は襟を掴んでいた右腕に渾身の力を込め、僕をボーリング玉のように思いっ切り投げたのだ!

 夏休み前の大掃除でワックスがけしたお陰か、廊下は思いのほか滑る滑る。十数メートル滑ったところで僕の身体は制止した。

「って、あっつい! 背中あっつい! いや何これ痛い!?」

 摩擦熱が僕の背中に灼熱の洗礼を浴びせてきた。

 これギャグ小説だから笑い話で済むけれど、リアルだと保健室沙汰ですよ……。

「良いお灸になっただろうクソが」

 ぱんぱん、と両の手で汚れを払うようにしながら、こちらへゆっくりと向かってくる佐々木先生。完全にヤンキーです。

「荒療治すぎるでしょう……てか、何でもう席替えするんですか。あと半年ぐらい今のままでいいじゃないですか」

「半年経ったらオマエは三年生だろうが。それとも何だ、オマエだけ留年したいのか? ん?」

「すいませんでした」

 この人なら本当に成績関係無しに留年させてくるかもしれない。権力とかじゃなく、暴力で。あくまでイメージだが。

「ま、時期も時期だしな。それにオマエの隣に眼鏡っ子を座らせると何をしでかすかわからんからな」

「そんな殺生な……」

 よくもまあ自分の教え子を性犯罪者予備軍みたいな言い方できるなこの人は。

 別に如何わしい事なんてしないさ。転校生が居眠りでもしていたら眼鏡を触ったり、その触った指を舐めるだけだ。

 ホラ、あまりにも無害だろう。誰も怪我をしていないから平和としか言いようが無い。

「何にせよ、とりあえずオマエはここでみっちりしごいてもらえ。な?」

 ビシッと先生が指差した方を見ると、そこには生徒指導室が。

 ま、まさかこの人、丁度ここの前に来るように力を加減したというのか……!? 馬鹿な馬鹿なそんな馬鹿な。

 がっしと再び僕の襟首を掴み、生徒指導室の扉に手をかける先生。まずい、夏休み明け初日からこの展開は面倒極まりない。

「そ、そうだ、もうすぐチャイム鳴りますよ先生。ホームルームを始めないと……」

「ひゃっはっは、安心しろ。遅刻はつけないでおいてやるから。先生の粋な計らいというヤツだありがたく受け取れ」

 ありがた迷惑すぎる。もっと別の機会に遅刻を免除してほしい。

 とか何とか考えている間に、先生の手によって地獄の門が勢いよく開かれた。見ると室内には四、五人ほどの生徒指導の教師がいた。どいつもこいつも生徒からあまり好かれていない生真面目な奴らばかりだ。

「すいませぇん、またこいつに健全のなんたるかを叩き込んでやってくださ~い」

 先生は知り合いの家に猫を預けるような気軽さで頼み込みやがる。僕は人間だぞ。

 生徒指導の連中は「またか……」みたいな空気を漂わせつつも、僕に説教を垂れる準備はできているようだった。

「ちょっ、マジですか先生」

「おうマジだ。それじゃ、よろしくお願いしま~す♪」

「えっ、ちょっ、まっ……アッーーーー!!」

 業腹ながら、僕の夏休みはこんな感じで明けてしまったのだった。

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