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三/まあそんなことより駄弁ろうか

 八時十五分。そう、僕の腕時計が指し示していた。

 そして僕の通う学校――北日常きたひづね高等学校の校舎時計も、同じく八時十五分を指し示していた。

 見る限り、まだ遅刻への焦りを感じている生徒は流石にいない。僕のように徒歩でゆっくりマイペースに登校している生徒もいれば、大志のように自転車での登校、果ては原付自転車で登校している者もいる。

 丁度、深紅色のスクーターに乗った女子生徒が徐行運転で僕と大志の横を追い抜いていった。

「良いなあ、バイク」

 気付けば僕は、名も知らぬその子の背中を視線で追いかけながら、そんな事を漏らしていた。

「じゃあ免許取ればいいじゃねえか。原付免許なんてすぐ取れるぜ」

 と、何気無い口調で大志はそう切り出した。

「いや、それはいいよ。卒業前ぐらいに車の免許を取るさ」

「早めに取っちまうと皆の足代わりにされるぜえ」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら大志は言った。その『皆』とやらには君も含まれているのだろう、見え見えだ。

「足代を払ってくれるなら別に構わないけどね」

「げっ、有料かよ。お前ほんとケチな」

「ケチとかそういう問題じゃない。君は自分を目的地まで運んでくれるタクシーを無賃乗車するのか? そういう事さ」

「いやいやそれとこれとは話が別でしょうよ……」

「いいや違わないね。そもそもだ、そもそも車は何で走る?」

「何って、タイヤだろ」

 斜め上を行く返答に、僕は思わずズッコケそうになる。

「……~ッ、僕の言い方が悪かった。車は何を燃料にして走るかって話」

「ああ、そういう意味な。そりゃあお前、ガソリンだろ」

「そうガソリン。で、そのガソリン代を払うのは誰だ。他でもない、車の所有者である僕だろ。つまりだな……」

「だーっ、わぁったわぁったから」

 うんざりした様子で話を強制終了させる大志。まだ僕の話は終わっていないというのに失礼なヤツだ。まあ僕を足代わりにするという事がどういう事か、それを少しでも理解してくれたのなら構わないのだけれど。

 しかしよくよく考えてみれば、周りに内緒で免許を取りに行けばいいだけの話じゃないか。それなら足として使われる事も無いだろう。うん、そうしよう。

 僕がそんな作戦を練っているとは露知らず、大志は自転車を駐めるべく二年生の駐輪場へと向かっていく。釣られるように僕もついていった。

「……ま、そういう点じゃあ自転車はすげえよな」

 盗難防止のわっかをタイヤに取り付けつつ、大志はそう言った。先ほどの話の続きらしい。自分で話を中断したクセに。

「まあ、体力と道さえあればどこまでも行けるからな」

「だろ? って事はつまりアレだ、地球と月の間に橋があれば自転車で行けるってわけだ」

 どうしてそう発想がわんぱくなのか。もう立派な高校生、しかも二年生だろう。せめて現実的に、大気圏の下で考えろよ。

「どうつまりなのかはわからないけれど、月に行くまでの食料とかはどうするんだ? 眠くなったらその橋とやらの上でスヤスヤ寝るのか? とても正気の沙汰とは思えないぞ。君は地球でおとなしくしていろ」

「フム、それもそうだな。俺はまだ宇宙に進出するには早すぎる」

 おいおい、進出するつもりだったのか。

 夢も胸も大きい方が良いと白湯の奴は言っていたけど、大き過ぎると冗談にしか思えなくなるんだな。

 せめて宇宙飛行士になるって言った方がいいぞ。という、あまりアドバイスとは言えないようなアドバイスをしようとした時、

「うぃーっす! おはようさんっ!」

 ばしんっ、と。

 僕と大志の肩を叩き(わりと強い力で)、元気溌剌な挨拶と共に彼女は現れた。

「いっ……てえな月見里! 夏休み明けの朝っぱらから物理攻撃加えてくる女子がいるか普通!」

「はぁ!? なんやねん物理攻撃って! アンタの鍛え方が足りひんだけやろ! ウチは普通に肩ァぽんってしただけや!」

「不意打ちに対応できるような鍛え方とかしてねえよ! 戦士か俺は!」

 大志と月見里によって二年の駐輪場は一気に賑やかになった。やめてくれ、周りの視線がこそばゆい。

 朝日に照らされ赤っぽく見える肩ぐらいまでの髪(本人曰く地毛)と、スカートの下から僅かにこちらを覗き込むスパッツ。そして何より、その口調が特徴的な少女――月見里見月やまなし・みづき

 大志より付き合いは短いとはいえ、この僕にこうしてわざわざ挨拶をしてくれる貴重(?)な女子である。

「あーあ、朝からホンマやってられへんわ。こんなアホほっといて行こっ、コウヘイ」

「えっ、ああ……うん」

「誰がアホだ誰が! って、おいちょっと待てよオーイ!」

 僕の右腕を掴み、半ば強引に引っ張っていく月見里。大志の怒声は完全スルーである。

 大志は自転車のタイヤにわっかを取り付けるのに苦戦している為、すぐに追ってくる事はなかった。それもその筈、取り付けている自転車のわっかは一つではなく計八つだからだ。よほど自転車が大切なのか、厳重な管理体制である。いや、学校で盗難とかまず無いだろう常識的に考えて。

 ほどなくして、月見里は僕の腕を解放して溜息を吐いてから切り出した。

「何であんなアホとコウヘイがつるんでるんか未だに謎やわぁ」

「そりゃあ、まあ、悪友っていうか何ていうか……」

 しまった――また『悪友』と口走ってしまった。

 別に悪い意味で言っているわけじゃないのに、何故だか申し訳ない気持ちになる。

「コウヘイは来るもの拒まず去るもの追わずって感じやもんなぁ。どーせあのアホが教科書とか忘れた時にアンタが見せてそのまま曖昧な感じでいつの間にかオトモダチになってたってパターンちゃうん?」

 僕はこの瞬間、女のカンという奴を垣間見たような気がした――否、垣間見た。

 奇妙な事に彼女の言っている事は寸分の狂いも無く、僕と大志の馴れ初め(これだと何か気持ち悪いな)と一致していた。

 うん、まさにその通り。大志が教科書を忘れた時にたまたま席替え後で彼の隣席だった僕は、教科書を見せてくれとせがまれたのだ。断れなかった僕は心の中で「何で僕がこんなチャラ男に教科書を見せなきゃいけないんだ」と思いつつも、教科書を見せてあげたのである。ちなみにこれと同じようなやりとりがその後数回あって、いつの間にか喋る機会が増え、いつの間にか一緒に昼食を食べるようになり、いつの間にか腐れ縁が形成されていたというわけだ。

「凄いな、月見里。冗談抜きでまさにそんな感じだったよ」

「えっ、ホンマに!?」

 目を白黒させて驚きを隠せない様子を見ると、どうやら冗談交じりで言っていたようだ。

「――ぷっ」

 と、線が切れたように、栓が抜けたように、赤髪の少女は吹き出した。

「あっはははははははは! 何やねんそれぇ! アンタらの出会い普通すぎるやろ! もっと何かこう、河川敷でガチの殴り合いの喧嘩して――」


『へへっ……やるじゃねえか……』

『ふん、お前もな……』


「――的な感じやと思ってたわ」

「漫画の読みすぎ。君は僕と大志を一体どういう目で見ていたんだ。てか、何で最初にそれを言わないのさ」

「えっ。あー、いやまあ流石にそんな青春ドラマみたいな展開は無いやろなーと思って」

 一応、常識的な考えができるのか。

「けれど、普通って言うなら僕と君のそれも普通だったじゃないか」

「あー……せやな。でもあん時はホンマ助かったわぁ。コウヘイがおらんかったらウチの高校生活終わってたと思う」

 にこん、と。向日葵のような笑顔で言う月見里。僕にはそれが眩しすぎて、視線を逸らさずにはいられなかった。

「そんな大袈裟な……」

 月見里とはこの北日常高校で出会った。入学式の日に、『ある出来事』をきっかけに知り合ったのだが、その話はまたの機会にするとしよう。先にも述べた通り、あまりにも普通で、どこにでもあるような日常めいたものだから。

「せや。助かったで思い出したけど」

「……?」

 はて。一体、『助かった』というワードで何を思い出したのだろうか。僕には何も心当たりが無い。

「コウヘイ、アンタ夏休みの宿題、全部やった?」

 あれ、デジャヴュ。

 奇怪しいなあ、僕は別に時を操る特殊能力とか持ってない筈なのだが。

 まあ、これはつまりアレですよね。

「君もか……」

 大志もそうだが、月見里も勉強面ではどちらかというと悪い方で、本人曰くクラスでの成績は下から数えた方が早いらしい。

「『も』ってどういう事?」

「月見里と同じような事をついさっき大志にも言われたんだよ」

 そう言った途端に月見里は眉間にしわを寄せ、きょろりとした大きな目を細めて、露骨に嫌そうな表情になる。

 僕は喜怒哀楽の起伏が乏しいので、感情表現の機能がしっかりしている彼女を少しだけ羨ましく思う。

「うっわ何か嫌やわあ。あのアホとウチが同レヴェルって事やんそれぇ」

 まるで自分が大志より勉強できるみたいな言い分だが、どう甘く見積もっても二人は同レヴェルだ。

 確か夏休み前の期末テストでは大志とそんなに大差なかった気がする。

「同レヴェルかどうかはわからないけれど、君も大志も宿題をやっていないのは同じだろ」

「えっ、ウチまだ夏休みの宿題に全然手ェつけてへんねんよかったらコウヘイの写さしてーとか一言も言ってへんで?」

「『夏休みの宿題、全部やった?』という台詞と君の成績面から推測すれば、君が夏休みの宿題をしていないのは容易に予想できるさ」

「ほえ~、凄いなアンタ。まあわかってるんやったら、ハナシ早いわ。夏休みの宿題、写さしてー♪」

 その屈託の無い笑顔は最早、凶悪な武器の領域にあった。これでは脅迫と何も変わらない。

 だが今日の僕は意志が強いのだ。大志の時と同じく、上手くはぐらかして断ろう。

 と、思ったのだが。何か、強い視線を感じる。

「おやおや一之瀬くぅぅぅぅん? まさかレディの頼みを無下にするつもりじゃあるまいなー?」

 矛ヶ盾大志、遅れて合流。帰れ。

 しかし確かに大志の言う通り、女の子の頼みを正面から断るのは正直、やりきれない。

 だがここで月見里の頼みを承諾すると――

「あれあれ一之瀬くぅぅぅぅん? まさか月見里だけに写させるつもりじゃああるまいな? それはちょっと不平等ってモンじゃないかな? 公平に行こうぜ公平だけによお!」

 といった具合に、途轍もなくウザイ感じで詰め寄られて結果として大志にも宿題を見せなければならなくなる。

 どうする僕。いや、自問自答したところで答えは決まっている。

 全くもって本当に、僕は甘い人間だ。マロングラッセよりも甘くて、甘い。

「……わかったよ。月見里、どの宿題をやってないんだ?」

「おぉっ! にっしっし、コウヘイやったらそうゆうてくれると思ってたわぁ♪」

 結局、僕は月見里の頼みを断る事ができなかった。

「あれあれ一之瀬くぅぅぅぅん? まさか月見里だけに写させるつもりじゃああるまいな? それはちょっと不平等ってモンじゃないかな? 公平に行こうぜ公平だけによお!」

 そして予想通りの展開である。しかも何で一字一句として僕の予想と違いが無いんだ。わかりやすいにもほどがある。

「大志、そういう名前のイメージを押し付けるのはやめろって言ってるだろ。写させないぞ」

「ハハッ、悪ぃ悪ぃ。そう恐いカオすんなって」

 悪びれる様子も無く、大志は僕の肩をバンバンと叩きながら(わりと強い力で)そう言った。

 相手が二人になるだけでここまで不利になるとは。

 もし悪徳な訪問販売が二人以上で来られた日には、僕の全財産はあっという間に啜り取られる事になるだろう。

 そういえばよく『セールスお断り』の札を色々な家の玄関先で見かけるけれど、あれにはちゃんと効果があるのだろうか。押し売りしてくるような輩がそんな注意書きを律儀に守るとは思えないのだが。

「で、どの宿題をやってないんだっけ」

 横道に逸れかけた話を戻して、月見里に尋ねる。

「えーっと……まあ、その……全部……かな」

 何故か照れくさそうにしながら、彼女はそう言って舌をペロッと出した。

 これには僕も、苦い笑みをこぼす他なかった。

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